劇場公開日 2024年5月17日

ボブ・マーリー ONE LOVE : インタビュー

2024年5月23日更新

“人間”ボブ・マーリーの真実の姿を見せたかった――息子ジギーが気鋭監督&主演俳優と目指したものは?

ジャマイカが生んだ伝説のレゲエミュージシャン、ボブ・マーリーの伝記映画「ボブ・マーリー ONE LOVE」が5月17日に公開された。全世界を熱狂させ、36歳の若さで夭折したレジェンドの波瀾万丈な人生のなかで、本作がフォーカスを当てるのは、「ワン・ラヴ・ピース・コンサート」出演に至るまでの、TIME誌が「20世紀最高の音楽アルバム」と評した名盤「エクソダス」の製作過程。プロデューサーにボブ・マーリーの妻リタ、息子ジギー、娘セデラが参加し、“人間”ボブ・マーリーの真実の姿を映し出す。

ボブ・マーリーの母国ジャマイカでは史上最高の初日興収を叩き出す大ヒットを果たしたほか、全米及び14の国と地域で初登場No.1を記録した。

監督は「ドリームプラン」のレイナルド・マーカス・グリーン監督。そしてボブ・マーリーを演じるのは「あの夜、マイアミで」でマルコムXを演じたキングズリー・ベン=アディル

誰もが神格化するレジェンド、ボブ・マーリーの人間的な側面をどのように探求し、映画に落とし込んでいったのか。本作公開に合わせ来日を果たしたレイナルド・マーカス・グリーンキングズリー・ベン=アディル、そしてジギー・マーリーに語ってもらった(取材・文/ISO、撮影/間庭裕基)。

【「ボブ・マーリー ONE LOVE」あらすじ】

(C)2024 PARAMOUNT PICTURES
1976年、カリブ海の小国ジャマイカは独立後の混乱から政情が安定せず、2大政党が対立していた。30歳にして国民的アーティストとなったボブ・マーリーは、その人気を利用しようとする政治闘争に巻き込まれ、同年12月3日に暗殺未遂事件に遭う。2日後、マーリーは怪我をおして「スマイル・ジャマイカ・コンサート」に出演した後、身の安全のためロンドンへ逃れる。名盤「エクソダス」の発表やヨーロッパツアーを経て、世界的スターの階段を駆け上がっていくマーリーだったが、その一方で母国ジャマイカの政情はさらに不安定となり、内戦の危機が迫っていた。

●描いたのは伝説ではなく、“人間”ボブ・マーリーの真実

――ボブ・マーリーの映画と聞いて、1978年のワン・ラヴ・ピース・コンサートが核の作品とイメージしたのですが、実際にフォーカスされたのは名盤「エクソダス」誕生のプロセスだったのが新鮮な驚きでした。ボブ・マーリーの人生からどのようにエピソードを選択し、この部分にフォーカスすることを決めたのでしょうか?

レイナルド・マーカス・グリーン(以下、レイナルド):実は本作の仮タイトルはアルバム名でもある「エクソダス」だったんです。フラッシュバックで彼の幼少時代も描きつつ、基本的にはボブの人生の特定の時期に焦点を当てる作品にしたいというのは最初から構想としてありました。そのうえで私たちが惹かれたのはボブの人生の中でも、彼の音楽が世界中に響き渡り、最もインパクトがある時期である「エクソダス」発表の過程でした。その頃は彼が人間として、父親としてどういう人物であったかを示す、彼の人生を凝縮したような豊かな時期でもあるのです。だから我々はこの映画でその時期に焦点を当てようと思いました。

レイナルド・マーカス・グリーン
――作中にも登場する母のリタや姉のセデラがプロデューサーとして参加していますが、家族と共にボブの人生を語る上で、ジギーさんが意識したことはありますか?

ジギー・マーリー(以下、ジギー):伝えたかったのはとにかくあるがままの父親の姿です。色々気にしすぎると、これは言っちゃいけないとか描いちゃいけないと考えてしまうので、真実を描く以外はあえて何も意識しないようにしたんです。レイ(監督)や俳優たちがどんなニュアンスで表現するかは彼らに任せました。私はただ人々が映画やテレビで観るような伝説ではなく、“人間”ボブ・マーリーの真実の姿を見せたかったんです。

あと父だったら必ず入れて欲しいと思ったであろう要素は入れるようにしました。最も重要なのはラスタファリですね。父はいつもそのことについて話していましたから。だから映画が父の望んだようなものになるよう、そのシーンはしっかり描くようにしました。

ジギー・マーリー
――ジギーさんはそれまで父親としてボブ・マーリーを見ていたかと思いますが、この映画に参加する中でボブという人物について新たな発見はありましたか?

ジギー:製作に参加するなかで、意識したことがない父の一面を感じることができました。キングズリーが彼を見事に再現したことで、彼がこの時期に感じていたことや、抱えていた重圧にかつてないほど共感を覚えたんです。何よりこれまで考えたことすらなかった彼の痛みも感じましたし、本作を通じてより深く父とつながることができたような気がします。

ボブ・マーリーになりきるため、キングズリーがした作業とは?

(C)2024 PARAMOUNT PICTURES
――キングズリーさんはマルコムXやオバマ大統領など実在の人物を演じてこられましたが、中でも熱狂的な人気のあるボブ・マーリーを演じるのは相当なプレッシャーがあったと思います。出演するに至った決め手を教えてください。

キングズリー・ベン=アディル(以下、キングズリー):ボブ・マーリー役のオファーを受けないなんて馬鹿ですよね(笑)。もちろんうまくいかないリスクも考えましたが、より高い次元の仕事を求められて迷ったときは挑戦するべきなんです。怖がってちゃいけません。重圧がのしかかってきた時は、とにかく仕事に邁進してベストを尽くすことだけを考えました。

でも今思うとプレッシャーにはうまく対処して演じることができたと思いますね。キャストやクルーの皆には本当に感謝をしていますよ。楽しく遊びながらやるだけではボブの真実を表現することは難しく、時には演技を突き詰める努力のために居心地の悪い空気になることもあったと思いますが、皆がそれを理解し支えてくれたんです。

昨日、私の妻がこの映画を観て涙を浮かべながら「人としてのボブ・マーリーが、あの時代にどういう痛みを抱え、何を考えていたのかが伝わった」と言ってくれました。製作中から彼の人間的な部分をどう見せていくかを突き詰めていた私たちにとって、その言葉こそ目指していたものでした。彼も一人の人間であるということが、観てくれた方には伝わるんだなとそれで実感しましたね。

キングズリー・ベン=アディル
――名曲「エクソダス」セッションシーンや流暢なパトワ語などボブが宿ったような名演を披露していましたが、キングズリーさんの中でどのようにボブを探求し、形成していったんでしょうか?

キングズリー:オファーを受けてすぐ、本作のプロデューサーでもあるボブの娘、セデラ・マーリーからYouTubeにもUPされていないようなボブのインタビューをたくさん受け取りました。それで最初の半年くらいはギターの勉強もしつつ、ひたすらボブの話を聞いていました。来る日も来る日もボブの言葉や話し方に耳を傾け、やがてそれを書き起こして、さらにパトワ語に訳すことも始めたんです。その繰り返しが技術的な主な作業でした。それは撮影中も続けていましたよ。というのも私とボブの声はトーンが違うんです。僕の声は深すぎるから、そのままではうまく表現することは難しい。だからボブの話し方や調子を学ぶことがとても重要だったんです。

ジギー:父を演じる人をあちこち探した末に、キングズリーをキャスティングしたのには理由があります。感情的なつながりを演技を通じて感じさせてくれること、それがボブ役に最も重要なことでした。単純に見た目が似ているとか、素振りが上手というだけでは、私たちや観客と感情的なつながりを見出すことができません。それができる人物として、キングズリーを選んだんです。

●音楽はパワフルなツール、だからこそ正しく使う

(C)2024 PARAMOUNT PICTURES
――音楽も本作の大きな見どころだと思いますが、楽曲の使い方のこだわりについて教えてもらえますか?

レイナルド:私が映画を作るうえで意識しているのは「音楽はそのシーンから自然と流れ出るもの」ということ。後からわざとらしく音楽を付け足したように感じるようなものは嫌なんです。本作はミュージカル映画ではないので、音楽が流れるたびに立ち止まる必要もありません。なので音楽はすべてそのシーンから有機的に生まれたもののように設計しています。例えばボブがステージやベッドルームで演奏するときは、その時の生の演奏をその場で聴いているような感覚を目指しました。

私たちは非常に才能のある俳優に恵まれたので、作中の演奏シーンでもごく自然に撮影することができました。おかげで音楽を映画のストーリーに織り込むように、本当にその場で流れているように進めていくことができたんです。だから本作においては最初から最後まできっちり曲が流れることはほとんどありません。ごく自然にシーンから音楽が流れ出し、自然に消えていくように作り上げていきました。

(C)2024 PARAMOUNT PICTURES
キングズリー:ボブの素晴らしい演奏を録音した音源はたくさんあるのですが、その中の一つである「Mother B's Bedroom Tapes」では、ボブは明らかにただの部屋で演奏して歌っている様子が録られています。そこでは途中で歌うのをやめて話している声や何かを書いたりする音、初期段階の楽曲もたくさん聞くことができるんです。その様子は演じるうえですごく助けになりました。ベッドルームの演奏シーンでは、ジギーもその場にいて音楽が生まれていく様子をリアルに感じられるようサポートしてくれました。シンプルなシーンですが、あの素晴らしい瞬間に至るまでには莫大な作業を要しているんです。私はミュージシャンではありませんから。

――ボブ・マーリーの音楽は政治・社会に大きな影響を与えましたが、音楽が政治や社会にもたらすパワーについてどのように考えますか?

ジギー:音楽は最もパワフルなツールです。私はこれまで音楽が人々のファッションや話し方、行動を変えるのを見てきました。更にいえば音楽は世の中をも変えうるパワーを持っていますが、ポジティブな変化だけでなく、ネガティブな変化をもたらす可能性も孕んでいます。だから私たちは世の中をより良くするポジティブなかたちで音楽を届けたいですね。パワフルなツールであるからこそ、正しい使い方をしなければいけません。

――世界中で分断や争いが起きる中、平和の象徴たるボブ・マーリーの伝記映画が公開された意義は非常に大きいですよね。

レイナルド:たしかに。私自身もボブの音楽に大きな影響を受けていますし、多くの人にとってもそうですよね。そんな彼の素晴らしい音楽を次の世代の人々と分かち合うことが、この映画の本当の目的なのです。彼が歌っていた愛や平和、そして希望といった現代にも通じる普遍的なメッセージが、この映画を通じてボブや彼の音楽を知らない人たちに届くことを願っています。

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