「基本ネタバレ無し。最終段のみチョットネタバレしてます。」イノセンツ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
基本ネタバレ無し。最終段のみチョットネタバレしてます。
ヨアキム・トリアー監督の「テルマ」「わたしは最悪。」の共同脚本で注目を詰めたノルウェーの鬼才エスキル・フォクト監督による長編監督2作目となるサイキック・スリラー。郊外の団地を舞台に、大人の目の届かないところで不思議な超能力を身に着けた子どもたちが、無垢ゆえの残虐性でその危険な遊びをエスカレートさせていくさまをリアルな筆致でスリリングに描き出します。
そんな超能力映画ではあるものの、ハリウッドのスーパーヒーロー映画のように、人が空を飛んだり、ビルを破壊したり、天変地異を引き起こしたりする描写は一切出てきません。それなのに、あらゆる場面に静謐かつ繊細な緊迫感がみなぎっている独創的なスリラーでした。
●あらすじ
ノルウェー郊外の団地。両親と引っ越してきた9歳の少女イーダ (ラーケル・レノーフ・フレットゥム)は、自閉症で言葉が話せない姉のアナ(アルヴア・ブリンスモ・ラームスタ)ばかり優遇されていると感じて不満を募らせていました。そんな時、不思議な能力を持つ少年ベン(サム・アシュラフ)と知り合い、仲良くなります。
一方アナは、離れている相手と意思疎通できる少女アイシャ(ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム)と仲良くなっていくのです。
ベンは念じるだけで物を動かす力を、アイシャはアナとテレパシーで話す力を持っていました。
やがて4人は一緒に過ごすようになり、互いに自分たちの不思議な能力を磨き、次第に思い通りに使いこなせるようになって無邪気に戯れ合っていました。しかし次第にベンの「力」が暴走を始めだします。ベンが力を母親に向けたことから、悲劇が始まるのです。 さらにいじめられっ子のベンがそのパワーを悪用したことで、イーダらは危機的な事態に陥っていきます。
●サイキックスリラーというよりホラーに近い怖さ
子供たちが超能力で戦う物語は、SFやサイキックスリラーと呼ばれるジャンルですが、印象はホラーです。道徳観念に縛られず、純粋だが残酷で、無邪気さが一瞬で悪意に転じる子供の世界が怖いところ。
団地とその周辺が世界の全てで、大人のルールや概念は通用しません。戦いは善悪の彼岸で展開するのです。
好奇心に満ちた遊び盛りの子供にとって、念動力やテレパシーは魔法のようなもの。その半面、超能力は人を傷つける暴力にもなりうるものですが、まだ思春期に至らない4人には物事の正邪の区別がつかず、人知を超えたパワーを制御することもできません。「わたしは最悪。」で米アカデミー賞脚本賞にノミネートされたフォクト監督が探求を試みたテーマは、まさにそこにあったのです。
●隠されたテーマとして描かれる子供の変化と成長、未知なる“覚醒”
主人公のイーダは親の目を盗んで姉に意地悪したり、ミミズのような無力な生き物を踏み殺したりする女の子として登場します。彼女には悪意も敵意もありません。純真無垢であるがゆえの子供の残酷さの表れです。
フォクト監督は大人の目が届かない子供の生態をリアルに描きながら、4人のうち唯一超能力を持たないイーダが、ベンとの闘いの中で責任感や他者への思いやりに目覚めていく姿を映し出す。超能力をメタファーにして子供の変化と成長、未知なる“覚醒”の可能性を描いた作品でもあるのです。
●リアリズムに徹した演出
演出は北欧独特のリアリズムを継承しています。超能力での戦いもハリウッドのようにCGで派手には描かれません。すぐ近くにいる大人たちが気づかないほど地味なのです。それがかえって異様なまでの緊迫感を生んでくれました。
陽光きらめく団地や森の風景をカメラに収めつつ、不安定に揺らぐ子供の感情と、風のざわめき、水面の波紋などの自然現象を共振させた映像世界が胸騒ぎを誘うのです。
優れた撮影、音響効果に加え、子役たちの迫真の演技も特筆ものです。
ただ、猫を団地の高層階から突き落とすという動物虐待の直接的描写は不快でした。リアリズムのためのあえての描写で、実際に虐待しているわけでもないでしょうが、気持ちが萎えました。
●日本のマンガ作品にインスパイア
本作はフォクト監督が1990年代後半、大友監督の映画『AKIRA』に衝撃を受け、マンガを探して、その原型となったマンガ『童夢』に出会ったのです。なので巨大団地、子ども、超能力という舞台装置は、「童夢」とそっくり。
しかし激しいアクションが描かれた「童夢」と違い、画面は終始穏やか。それでも、団地が持つのっぺりした無機質な空間と、家族連れが和やかに遊ぶ温かみの双方を生かした演出がたくみです。空を飛んだり殴り合ったりはせず、戦いは平穏な日常の裏でひそかに繰り広げられます。アクションを抑制したからこそ、不穏な空気と迫り来る脅威を、ヒシヒシと感じさせてくれたのです。
フォクト監督はこう語ります。「爆発なんてやったら、いま氾濫しているスーパーヒーロー映画と似たものになってしまう。逆を行って、観客が息を殺して見入ってしまうスリラーを作りたかった。小さな石や葉っぱ1枚が震え、砂や水面がざわつく。子どもたちだけが気づき、見つめるミクロな世界。そこに、リアルと地続きのファンタジーがあるんだ」と。
●最後にチョットだけネタバレ(これからご覧になる人は読み飛ばしてください)
撮影監督は北欧で評価の高いシュトゥルラ・ブラント・グロブレン。子供たちの超能力対決を印象的に切り取りました。
アナとイーダ対ベンの最終決戦は、母親たちが買い物でいない午後に決行。ベンに操られると、母親も危険な存在になりかねないのです。背景の高層階のベランダから両者の対決を意味ありげに見下ろす子供たちも、正面と肩越しでしっかり押さえます。
両者池を挟んで向き合い、犬がほえ、砂が巻き上がり、赤ん坊が泣きごえをあげます。最後はブランコに座ったベンが邪気を送り、アナとイーダは手をつなぎ必死の防戦。姉妹の足元の砂が動き、緊迫感がマックスに描かれていくのです。
そしてどちらかがガックリと頭を垂れた瞬間、特撮がらみの引き画で遊具がバタバタ倒れ、どちらかの勝利を知らせるのです。そんな周囲の大人たちが知るよしもない子供どうしの真昼の念力合戦が撮られました。