「アイナ・ジ・エンドという生き物」キリエのうた サプライズさんの映画レビュー(感想・評価)
アイナ・ジ・エンドという生き物
一概に音楽映画だと片付けられない。
人生は音楽のようなもの。キリエ、そしてアイナ・ジ・エンドという生き物の全てが詰まっている。歌しか歌えない。歌"でしか"歌えない。彼女の壮絶な人生は、言葉を羅列して語れるものではない。音楽こそ、彼女にとっての居場所であり、人生そのものだ。
洗練された178分。
決してあっという間ではない。キリエの想像を絶する人生を目の当たりにしたため、そう思うのも必然だろう。だが、無駄も一切ない。むしろ、よくこの短い時間でまとめたなと。ドラマだったら3~4話分になるわけだから、そう考えると見事だなと思う。単に時系列をバラバラにさせるのではなく、映像の透明度で過去と現在を表現するという綺麗な演出を取り入れており、流石、岩井俊二といったところ。おかげで、全くもって退屈する場面がなく、行間ですら愛おしい映画だった。
本作はなんと言っても、アイナ・ジ・エンドだ。
演技初挑戦でありながら、作中に登場する曲の作詞・作曲も手掛け、果てしなく響き、尋常じゃなく胸に刺さる歌声を披露。こんな偉業、彼女にしか成し得ない。とんでもなく繊細で、上品な演技。そして色気も半端じゃない。本作の主人公・キリエと共通する部分が多いのも、彼女の魅力が存分に発揮された理由だと思う。キリエとルカが、姉妹でありながら全く違う人物に映るのもすごい。監督の見せ方あってのことだろうけど、アイナ・ジ・エンドの"声"を使った表現がとんでもなく美しいから、ここまでハッキリと違いを感じられる。後半なんて、彼女を見ているだけで泣きそうになる。
キリエの歌う曲は哀愁漂う、寂しい曲調だが、歌詞はとても前向きで、後ろを振り返らない強い人物像が表れている。過去の苦しみから逃れたい、ものすごく心の弱い人物とも考えられるが、彼女は違う。後悔以上に、感謝で溢れ、姉のことをずっと心に刻んでいる人生だと思うから。この映画に登場する人物全て、結局どんな人間なのか全然分からない。だが、そこには何らかの愛があり、音楽という名の人生があり、キリエという人間が心に残っている。その前、その後、どんな人生を送ったのかさっぱりだが、誰しもキリエに愛がある。背中を押すわけでも、寄り添ってくれる曲でもない。たまたま隣に居て、自分の気持ちを代弁し、手を振ってそっと消えるような、儚い存在。だから、イッコは彼女が遠くに行きそうで怖かったはず。もう、自分のことを過去の人物にされそうで。
鑑賞から2日が経過した。
未だにレビューが書けていない。それも、暇さえあればひたすらスマホとにらめっこしているというのに、この映画を表す言葉が思い浮かばない。でも、キリエのうたを聴いていると、自然と心が救われ、涙が込み上げてくる。そう。この映画を見る前は、数多くある音楽のひとつだと思っていた彼女のうたが、鑑賞後には歌詞と音の1つ1つにドラマがあるんだと気付かされる。音楽を通して人生が見えてくる。そういうことだ。なにも、この曲に限ったことじゃない。全ての曲に、歌う人、作った人のこれまでがある。冒頭に音楽映画と片付けていいのかと書いたが、本作は音楽がもつ力と輝きを知れる、究極の音楽映画だと思った。
まだまだ書きたいことが沢山あるが、とにかく見に行って欲しい。かなり長い尺だし、東日本大震災の描写もしっかりある。受け入れられない人だっていると思う。だが、これまでの当たり前がこの映画で変わるはず。岩井俊二最新作「キリエのうた」。監督の集大成で、人間ドラマのゴールと言える作品。歌を聴く時、歌う時。泣きたい時や苦しい時だって、自分はこの映画を思い出すだろう。