落下の解剖学のレビュー・感想・評価
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物の見方
人の意見に左右されずに物事を俯瞰的に見るということは、得てして難しい。一つの映画を観るにおいても、他者の意見を見ることで納得し、落とし所を得たつもりになってはいないだろうか、と物語を通して己の主体性のあり方を見つめ直した。
ニュースひとつ見て顛末を決めつけることは簡単だが、果たしてそれは誰の意見か。まさかやたらと説得力のあるネットコメントの赤の他人の意見ではあるまいな。
死人に口無し、言葉を紡げるのは生者のみである。
果たして私は誰の立場に立ち、物事を考えたか。彼が目を開いて世界を見た時、あの真白な世界は果たして、本当に美しい姿をしていたのだろうか。
勝った時はご褒美があるのかなって
良いです
微妙に退屈だけど乗り越えました。検察側が証拠に出してきた録音も、夫があまりに精神不安定、最初は冷静に対応してた妻もしつこ過ぎる挑発にキレただけだし、基本的に妻が全然怪しくない。そこを見せたかったわけじゃないのかな、と自分に言い聞かせました。検察官もちょっと分かり易すぎる悪役感、前にも法廷もののフランス映画観たけどその中でも検察官は勧善懲悪の悪役のような芝居がかった話しぶりだったけど、陪審員の心象操作のためにフランスでは常識なのかしら?だとしたらこれも文句言うことじゃないね。という感じで思い返すと減点ポイントばっかりだったのになぜかその印象がないのは役者の力でしょうか。メインの役柄3人、お母さん息子弁護士が邪魔にならないさらっとした演技をしてる。特に息子役の子いいわー、素朴なのに説得力がありました。
深読みすべき作品 (2度目のレビューを追加)
(追加分)
YouTubeでこの作品に関する誰かさんたちのレビューをいくつか見たことで、もう一度この作品を考えて見たくなった。
誰かさんの一人が話していたのは、撮影時にサンドラには「事実」が教えられることなく演技をさせられていたようで、この演出が多義的解釈となってしまうのは間違いない。
多義的要素が多分にあるが、これには必ずたった一つの事実があることで、推理妄想が止まらなくなる。
夫サミエルの転落死の謎 事故・自殺・他殺
検死結果ではそれはわからなかった。2階なのか屋根裏部屋なのかさえ明確ではない。
裁判となってしまい、この家族が解剖されるように様々なことが出てくる。
そして俯瞰的なカメラワーク
さて、
1回目に見た時とまったく違う考察になった。
この物語は、サミエルによって仕込まれたサンドラへの復讐だったのではないだろうか?
概ね半年前からこの計画をサミエルはおぼろげながらも描いていたのではないだろうか?
大量に服用したアスピリン 嘔吐と気絶
そして嘔吐物を犬が食べたことで起きた異変
サミエルはその時自殺を図ったのかどうかわからないが、裁判でサンドラは初めてその事を考え、その可能性を示唆する。
ダニエルはまったく知らずにいた夫婦関係のことや犬の異変の出来事を想い巡らせながら、マルジェに言われた通り自分の頭でこのことを考えようとする。
マルジェは言う「フリではなく、決めろといったの」は、視聴者にこの多義的な物語には事実があるからそれを考察せよと言ったのかもしれない。我々視聴者にこの物語が何かを決めていいと言っているように感じた。
サンドラの小説
そこにあるのは実体験とフェイクを織り交ぜたもので、実体験があるからこそ際立つフェイクがヒットとなる。
その手法を次々と次回作にも応用する。
サミエルの本心は隠し取りした音声によって明らかになるが、死の前日の口論を録ったUSBは、明らかにサミエルから仕掛け、いつもと同じような態度のサンドラの反撃にいつも以上に大きく反応した口論を残したと思われる。
サンドラの小説こそ、サミエルが最も腹立たしかったものではないだろうか?
彼が感じている彼の現状は、確かに彼によって作られたものかもしれないが、彼が抱え込んだそれはもう限界を超えていたことが窺える。
その彼が見ている現実を、彼は妻にも味わわせたかったのかもしれない。
この物語は、サミエルによる復讐を「作品」と言いう形で表現したのかもしれない。
勝訴の後、サンドラは車の中で「地下鉄に乗って笑うよりも、車の中で泣いていた方がいい」というセリフは、「貧乏」に関する有名小説の言葉だ。
これが彼女のスタンスで本心だ。貧乏だけは絶対に嫌 これだけは絶対に避けたい。
彼女が一心不乱に執筆をつづけたことは誰にも責められるいわれはない。
その事はサミエルにも解っていたことだろう。
しかし、
想いと裏腹に、現実の状況はどんどん彼をひっ迫させる。
息子の事故 妻の浮気 金欠 引っ越し 教師と執筆と改装工事…
夫として、そして父親としても無能と無力さを、彼は突き付けられていたのだ。
そしてそれを突き付けている人物こそ自分自身であることも、頭の隅では理解していたはずだ。
現実と、プライドとの葛藤
これこそがサミエル自身が絶対受け入れられない両面で、全ての元凶だったように思った。
彼のプライドはこの世界に「自分の足跡」を残すことを選択した。
この落下死は、サミエルからサンドラを通して世間に見せつけた「作品」
サンドラの作家活動の根本的材料である「実体験」
冒頭の学生のインタビューにサンドラが話を変えたのは、もうすでに材料がなくなってしまっていたからではないだろうか?
鋭い彼女のインタビューに答えることができないほど、アイデアが枯渇していたのかもしれない。
サミエルは、学生とのインタビューのタイミングを計った上で音量を大きくした。
息子も外に出すためだ。
やがて学生が返り、サンドラが彼に文句を言うのを待っていたのだ。
そうして仕掛けた落下死 つまり自殺
この出来事という実体験を彼は彼女に「作品」としてプレゼントした。
彼も知らなかったかもしれないサンドラの本心を、彼は天から見たのだろう。
そして、犬
最初からスヌープがカメラに抜かれている。そこには意味がある。
犬は知っていたのだろう。
サミエルがダニエルに、スヌープの賢さを褒めていた。
サミエルはスヌープにこの計画を話していたのかもしれない。
最後にサンドラのそばに来たスヌープは、サミエルの表現した作品が終了したのを教えに来たのだ。
そこにあった一枚の写真
これは、最初の映画公開時のポスターに作われたもので、これこそがこの作品の正体。
つまり、あの写真が本来の二人の姿だったこと。
夢 事故 お金… 次々と重なる不幸が、この出来事を招いた。
その責任は回りまわって全部僕(サミエル)の所為
でもどうにもならないプライド
彼の差し出せた最後の資産こそ、命という対価の保険金だったのだろう。
この保険金の言及はないが、借金を返せるくらいはあったのだろうと思われる。
同時に彼もサンドラのように、自分の作品を世間に残したかったのだ。
サンドラは弁護士のベンに言う。「思っていたのと違う。もっとホッとすると思っていた」
このセリフはこの物語を読み解く上で非常に大切な部分だ。
サンドラはとにかく必死で無罪を勝ち取った。
ところが釈然としない。
それは、「じゃあ、なぜサミエルは死んだの?」という至極純粋な疑問をようやく自然体で考え始めることができたからだ。
彼女は事故の可能性を否定しつつも、その可能性を屋根裏部屋で探していたが、結局誰もそれを見つけることはできなかった。
では自殺ということになるが、その理由をサンドラはまったく思い浮かばない。
そして、「いまは考えずにいよう」となった訳だ。
ダニエルが夜中に帰ってきた母に「ママが返るのが怖くて」というセリフがあるが、おそらくそれは、知らない母 知らなかったことが多すぎて母をまるで他人のように感じてしまう自分がいること。ママはママじゃないの?という不安。
法廷で明らかになった母のこと。父のこと。そしてその全てがダニエル本人の所為だと言われているように感じること。
サミエルのこの「作品」は様々なものを浮き彫りにした。
私(サミエル)の苦悩と本心
妻サンドラの事実と本心
息子ダニエルの心の傷をつけた。
背景にあった事故とお金の問題 やりくりの問題 プライドの問題
これらすべてが実体験(この出来事)の下地となる。
そして、サンドラとダニエルにはまだ着地点が見つからないことも、問題だろう。
もし、
サンドラがほんの少しでもサミエルの気持ちに寄り添うことができた時、その時サンドラはサミエルの死が、彼によって作られた作品だったことを知るだろう。
おそらくそれを知ったとき、彼女はこの実体験をようやく小説にできるのかもしれない。
落下の解剖学 (初回のレビュー)
落下とはサミエルの死の原因ではなく、人生の落下を描いているように思った。
サミエルの死は事故か自殺か、それとも他殺か?
凶器が見つからないまま、状況証拠だけが積み重なっていく。
さて、
夫サミエルと妻サンドラの口論の録音
裁判で最も白熱したシーン
サミエルの主張とサンドラの主張の対立
それは真っ向からぶつかっているように見えるが、サミエルの主張には自分勝手さが多いように思う。
サンドラは至って冷静だが、冷酷でもあるように感じた。
正論ほど冷酷なものはない。
息子ダニエルの事故の原因
サミエルは書くのに夢中になってしまい、迎えに行けずメイドに依頼した。
帰宅途中で起きた事故で、ダニエルの視神経が損傷し、ほとんど見えなくなってしまう。
この事故を引き起こしたのが自分の所為だと嘆くサミエル
すべての元凶であり、彼の人生の落下地点でもある。
息子の治療費のために教師になり、息子の世話をしながら執筆活動するが、やがてお金の問題を抱えフランスに帰省し、山小屋を買って生活費を抑えるが、山小屋購入分の借金が重くのしかかってくる。
山小屋の修繕に加えB&B開業へ向けての改装
気づけば全く書く時間がないことに気づく。
これが本人を深く傷つけることになる。
サンドラは執筆活動で成功
この差がサミエルの新しい苦悩となる。
そうした背景があって、あの録音された口論となった。
検察は、
そうした状況からサミエルの死を、サンドラによる殺人だと追及する。
さて、
最終的にダニエルの証言が功を奏し、サミエルの死は「自殺」だったと結論付けられた。
彼の遺体の状況から、3階から落ちたのは間違いないようで、彼の人生の落下ポイントが実際に「落下」死ということで終焉する。
解剖されたのは落下そのものではなく、サミエルという人物とサンドラという人物像だったというのがこの作品の締めくくりとなっている。
しかし、
裁判が終わった後の余韻が妙に長く、真実が最後に出てくるのではないかと期待したが、そんなものは出てこなかったことが少し拍子抜けした。
この変な余韻に隠されていたのが、サンドラがようやく自由になれたことで、それが大きな喜びのように感じると思っていたが、実際に安堵感はあったものの自分という人間を世の中にさらけ出してしまったという恥にも似た感覚だったのだろうか?
さて、、
深読みをしてみる。
ダニエル
彼はいつも両親の口論を聞かされていた。
その根源が視力を失う事故に由来する。
失明 高額な治療費 父の人生を大きく曲げたこと 両親の不仲
おそらく彼は家庭崩壊を間近で見続けてきた。
家族の落下を俯瞰的に解剖できる唯一の人物
そして倒れている父の第一発見者
ダニエルは証言する前に、監視人のマルジュに相談を持ち掛ける。
彼女は「自分で決めるのよ」と進言した。
ダニエルには確信がない。
しかし彼女は「確信がなくてもどっちか一つに決めろ」と言った。
「母はやってない」
これはダニエルの希望的観測だ。
これに加わったのが、父と一緒に犬を病院へ連れて行った時の父の話だった。
それは聞きようによっては自殺をほのめかしている。
これが裁判で決定打となった。
そうして無罪を勝ち取ったサンドラは弁護士と一緒に祝杯を挙げるが、気分は思ったほど良いものじゃないと打ち明ける。
それはすなわち、サンドラはサミエルを突き落としたことを、自分だけには隠しようのない事実だと知っているからだ。
良心の呵責
決して晴れることのない心の闇を彼女は同時に持ってしまったと解釈した。
また、
酒と一緒に薬を飲めばどういうことになるのか、大人であれば知っている。
サミエルが酒を飲んで嘔吐して、その中にあったアスピリンの粒という彼女の証言
その嘔吐物を犬が食べた後に、サンドラがそれを片付けた。
ダニエルはその証言を聞いて「何を信じたらいいのかわからなくなった」と言った。
ダニエルは犬がゲロ臭かったのと、その後の犬の様子を思い出す。
当時そのような出来事があったことをサンドラはダニエルには話していない。
犬も頻繁に嘔吐する特徴を持つ。
なのにサンドラは何故それが夫のものだとわかったのだろう?
酒臭かったからか?
しかしダニエルは犬が酒臭かったとは話してない。
単にゲロ臭かっただけだ。
嘔吐物が酒であれば犬はそれを食べたりしないだろう。
このことから、夫は酒と一緒に大量のアスピリンを飲んだのではなく、単にアスピリンを大量に飲み過ぎて倒れ、そこで嘔吐したと考える。
しかも嘔吐物の中には錠剤痕はなかったはずだ。
アスピリンを飲ませたのはサンドラだろう。
つまりサンドラは、当時すでに殺人未遂をしたことになる。
一度やって成功したのではなく、2度目でようやく成功したのだろう。
裁判を乗り越えられたのは、その精神力があったからだ。
つまり裁判後の長い余韻は、サンドラの良心の呵責を描いている。
いま彼女は「これでよかったんだ」と自分に言い聞かせている時期だが、これが彼女に起きた人生の落下地点になるのだろう。
人としての問題です
一人で観に行くべきだった
映画に期待すること
付き合い半分で予備知識ほぼゼロで鑑賞。
カンヌ作品なんですね。
映画という芸術表現としてのアプローチは良かったです。ただ、大衆娯楽やエンターテインメント側から考えると、少なくとも日本人には歓迎されないのかなと感じました。
裁判の擬似体験を味わえる作品だと感じました。面と向かって浴びせられる事実無根の誹謗中傷。本作の主人公は小説家なので、メディアも大注目。センシティブな話も公然に晒され、その結末は?
派手さも大袈裟な演出も何もありません。
ただただ淡々と物事がじっとり進みます。
この「じっとり」感も。意図的なものでしょう。
観ていてすごく神経すり減ります。
気持ちに余裕ない時に観るものでもなかった…。
あと。印象でつけたキーワードがネタバレです。
何ら得るところのない、無駄な時間の浪費
まあ見応えはありました
あぁ、やっぱりフランス映画という事
休日の暑い午後の話💬
前日に車を購入したので浮かれていた所為かもしれない😐
こういう日こそ苦手なフランス映画でも観なきゃ、みたいな気分になり「落下の解剖学」をチョイスしました☀️
しかしマ王、どうしてもフランス映画との相性が良くない😑
それかサスペンス映画という前フリがアカンのかもしれない😶
また151分という長丁場に大した抑揚が感じられないのも原因なのだろう🤔
夫殺しの疑いを晴らすための法廷劇⚖️
コレもマ王がハリウッド馴れしているからかハラハラもドキドキも無い🌀
極々普通の一般的な裁判物語だけに考えてるモノは存在しないからね💦
しかも裁判後の虚無感までも描き切っているから観てる側からすれば「最後に何か起こるかも」みたいな期待が生まれるもんで、気分としては椅子があると思って座った感じのひっくり返り方をしてしまった💨
見所は最新の法廷事情が垣間見えるトコぐらいかな😅
物的証拠無しの事案がこんなにも立証困難な事、そんな事案では如何に証言者の言葉が大きく左右するかという事、更にはフランスではバイセクシャルという事実が案外簡単に受け入れられてる事(好奇の目で見られない)
加えてサンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネールらの演技が上手かったくらいかな(あとスヌープ)
兎に角、サスペンスフルな映画では無いのでその点を注意して観れば、或いはフランス映画好きには堪らない作品だとは思う😁
マズい事にカンヌ国際映画祭でパルムドールを獲っているので、賞とかに疎い人は騙されないようにかなと🥸
マ王昼前(10時00分くらい)にスタートして休憩挟みつつの鑑賞でしたが(正味4時間強)でなきゃ100%昼寝に移行してました🤤
疲労困憊時には鑑賞を控えて下さいな☺️
映画館での鑑賞オススメ度★★☆☆☆
名演技を見たいなら度★★★★☆
ハラハラドキドキ度★☆☆☆☆
心理戦の駆け引き&心証で、判決が決まるなんて‼️
無罪・有罪が息子の証言で、決まった感があります。
証拠がない、
自白もない、
あるのは夫婦間の諍いからの軋轢。
やはり主演のサンドラ・ヒュラーが上手いのか、
妻のサンドラが悪妻に見えてしまう。
ともかく可愛げないお顔もあり、なんか憎たらしい。
なかなか引き込まれる映画でした。
美しいフランスの雪山に建つ素敵な山荘。
まるでスキー場のロッジのようです。
そこの住人の3人家族のお父さんが、屋根裏部屋から真っ逆さまに
落下してしまう。
発見したのは視覚障害のある11歳の息子ダニエルと、
盲導犬風の黒白の犬のスヌープ。
遠く引いたカメラに倒れた大男と、頭付近の血溜まり、
山荘そして雪原・・・と、サスペンス感が高まります。
解剖の結果、
頭を殴打された疑いの出て、お母さんのサンドラが
逮捕されてしまうのです。
(屋根裏部屋に争った形跡もないのに、逮捕はやや強引!!
ですよね。
そして次々と仲の悪い夫婦の特にサンドラのボロが次々と
出てくる。
極め付けは夫の録音した夫婦喧嘩の音声です。
何度も言いますけれど、証拠がないのです。
そんな最後の最後に12歳になった息子ダニエルの証言。
☆母親思いの優しさか?
☆頼る人は母親だけ・・・そんな計算
(すみません、脚本が意地悪いせいです、私も意地悪に・・・)
サンドラ・ヒュラーは主演女優賞ものですが、
息子役のミア・マジャド・グラネールの無垢に見える演技。
そして犬のスヌープの名演技!!
(ちなみにアスピリンは100錠飲んでも死ねません)
真相は《藪の中》でしたね。
犬の演技が素晴らしかった
夫婦は仲良くしよう
邦題から想定するとどんでん返しのサスペンス映画?と思いきや、真相は分からず仕舞いの法廷が中心の会話劇であり、カンヌのパルムドールも獲った一流のヒューマンドラマでもあった。
不審死であった夫の死因は(おそらく)妻のみが知っている。私は絶対に妻が怪しいと思うのだが、決定的なシーンは描かれない。視覚障がいのある息子も母が怪しいと思ってるだろうが、母が捕まればひとりぼっち(有能な愛犬はいるが)になるので、父が自殺したであろう訳を法廷で吐露する。
主演の女優は「ありがとう、トニ・エルドマン」に出ていたが、父親を受け付けないいけすかない娘を演じていたその演技は抜群に上手かったことを思い出した。今回は犯人なのか?悲劇の妻なのか?優しい母なのか?それとも、、。素晴らしい俳優だと思いました。
ひとつの出来事をひたすら突き詰める脚本
ほぼ法廷と山荘のシーンしか出てこなくてこないが引き込まれる画像
フランス映画の面目躍如を示した作品といえます。オススメです。
新感覚アトラクション映画
まずこの映画スッキリしない
モヤモヤしたまま終わる映画です
特にエンタメ好きな人であればあるほどスッキリしない
映画慣れしてる人であればあるほど
いつどんでん返しされるのか
いつゴーンガールになるのか
いつカイザーソゼが出てくるのか
って思っているとそのまま終わります
視聴者は拍子抜けします
その後犯人はやっぱりこうなんじゃないか?
いや旦那の自殺なんじゃないか?
みんな思い思いに考察に耽ることでしょう
ですがそれすらも監督にコントロールされているとしたら?
つまりはこの映画見た後の考察班まで
手のひらで転がされる映画なんだなと
不振な点は沢山あるけども
全部机上の空論で事実は犬がゲロっただけ
唯一の事実に基づくと無罪です
でも視聴者含め世間は奥さんが犯人だと面白い
奥さんに会いに来た女子大生が犯人だと面白いから考察をします
約1時間の法廷シーンは視聴者を混乱させるためだけの
1時間。
答えは冒頭のシーンと犬のシーンだけで十分な映画です
この映画立ち返ると
身の回りでも同じようなこと多いなと
例えばSNSで○○と○○は実は裏では仲が悪いらしいとか
ニュースの情報だけであの芸能人は実は○○らしいとか
なぜならそっちの方が面白いからです
この状況下を2時間の映画で作り出した脚本は天才的だなと新しいどんでん返しの形を見た気がします
脚本賞おめでとうって感じです
全310件中、41~60件目を表示