劇場公開日 2024年5月31日

「黒澤明監督を継承する者」マッドマックス フュリオサ ドミトリー・グーロフさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5黒澤明監督を継承する者

2024年6月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

本作鑑賞中、まず思い浮んだのが、同じく最近観て記憶にも新しい旧作の数々——『用心棒』、ドル3部作(『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』)、そして『ソイレント・グリーン』だった。

多くの人が指摘するとおり、「対峙する2派を争わせる」「野良犬が手首(足首)をくわえてくる」「囚われた瀕死の主人公が姿をくらます」など、黒澤明監督の『用心棒』そのものだし、クロサワつながりだと“弾薬畑”の落下門は映画『乱』の城門を連想させる。
そもそも本作は、「《物語》をたどる醍醐味が存分に味わえる」点において、1960年代半ばまでの黒澤作品に相通ずるものをつよく感じさせる。

それにしても、魔改造カーアクション全開のバイオレンス作品を、クランクアップ時点(2022年)で御年77歳のジョージ・ミラー監督が撮ったんだと思うと、75歳で『乱』を撮った黒澤監督の枯れっぷりが改めて実感される。

このほか、「“ウォー・タンク”にバイク集団が襲いかかる」「丘を駆け上がり、敵を狙撃する」などのシーンでは、セルジオ・レオーネ監督の《ドル3部作》が思い浮かんだ。さらに「イモータン・ジョーの“子産み女”」や「ディメンタスお抱えの“ヒストリーマン(老賢者)”」は、リチャード・フライシャー監督の『ソイレント・グリーン』にでてきた「“家具”=囲われた若い女性」や「“本”=学識ある老人」を連想させる。

そんな他の旧作との結びつきだけにとどまらない。これもすでに言われていることだが、本作は前作『怒りのデス・ロード』から一転、神話的な作りを前面に押し出している。黒澤監督がシェイクスピアやドストエフスキーに範をとったように、本作では数々の神話や聖書、古典のエッセンスを随所に織り込んでいる(…といっても、ぼんやり見当がつく程度なのだけど)。

冒頭、禁断の果実に手をつけたことに端を発する、少女の「楽園追放」で始まり、ラストは、映画『ミッドサマー』の熊に埋め込まれた彼氏よろしく、果物の木の栄養分(?)になったのじゃ、とヒストリーマンの口伝で締めくくられる。この語り口がすでに一種の流離譚であり神話なのだが、劇中も各人のセリフをはじめ、母親の磔殺、壁いっぱいに模写された絵画「ヒュラスとニンフたち」…等々、神話や聖典などを仄めかす描写が散りばめられる。
なお先の絵画は英国ラファエル前派の代表作だが、その延長線上でいうと、休戦協定の取引条件でイモータン・ジョーに譲り渡される少女フュリオサの容姿や身なりは、ラファエル前派が好んで描いた絵画からそのまま抜け出してきたかのようだ(…イギリスにロケハンした『天空の城ラピュタ』のシータにもどこか似てるが)。

と、ここまでくると、同じアニャ・テイラー=ジョイの出演作で神話や伝説、英雄譚に材をとった『ノースマン 導かれし復讐者』を引き合いに出したくなる。がしかし、あちらは神話的叙事詩をリアルなアプローチで描いた重厚な作品。『フュリオサ』における戯画的なキャラ立ちやカーアクションに顕著なぶっ飛び感、狂騒はゼロだから、両作の印象はまるで違う。

最後に、議論をよんでいる「AI技術を用いた大幅補正」についてひとこと。
本作はフュリオサの少女から大人への移行にAIを導入、「35~80%の割合でアニャ・テイラー=ジョイと子役の顔を少しずつ混ぜていく」方法が採られたとのこと。そんなこととは露知らず、こんなに似た子をよく見つけてきたもんだねと感心しながら観ていた。

AIで主役の顔を大幅修正した作品としては、近年『インディ・ジョーンズと運命のダイアル』(2023)や『アイリッシュマン』(2019)などが注目を集めたが、「当人を若返らせた顔を作る」「本人とスタントマンの顔を差し替える」など、鑑賞中はともかく後で考えたら「そりゃそうだよね」と勘づくものが大半だった。
しかし、本作のケースはおそらく言われなきゃ気づかない。また複数人の顔を混ぜたり、笑顔を泣き顔に変えるなど、実写撮影を根底から覆すような事態も今後予測できる。ギャラなど俳優の労働条件にも関わるだろう。なにより作り手の《倫理》が問われないと、この先わたしたち観客は安心して映画館の暗闇に身をまかせられないよ。

コメントする
ドミトリー・グーロフ