シモーヌ フランスに最も愛された政治家 : 映画評論・批評
2023年7月25日更新
2023年7月28日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほかにてロードショー
自分を裏切らない強さ。アウシュビッツを生き抜いたシモーヌの人間力に迫る力作。
実在人物を描いた作品の面白さは、主人公が魅力的であるかどうかで決まる。慧眼を持つ優れた監督は、自分が追う人物が観客の感情を高め、言葉にならない感動をもたらすことを知っている。
マリオン・コティヤールを国際的に知らしめた「エディット・ピアフ 愛の讃歌」(2007)の監督オリビエ・ダアンが選んだのは、サブタイトルにもある“フランスに最も愛された政治家”シモーヌ・ヴェイユだ。鑑賞後、彼女のことをもっと知りたくなった。こんな時代にこそ、否、いつの時代にあっても必要とされる人がいることを改めて痛感したからだ。
作品の礎となる自著「シモーヌ・ヴェーユ回想録―20世紀フランス、欧州と運命をともにした女性政治家の半生」(原題はUne vie:「ある人生」を意味し、モーパッサンの名著「女の一生」にちなむ)には、率直で誠実な言葉が並び、巻末には人生のターニングポイントで語られた5つの演説が収録されている。
シモーヌを突き動かし続けたのは、ユダヤの血が流れるフランス人としての誇りだ。1927年に生を受け、母から「学び働くべき」と教えられて育つ。17歳の時にゲシュタポに検挙され、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所に移送。地獄のような環境下で母を亡くすが、姉と共に奇跡の生還を果たす。帰国後、司法官を目指して大学へと進む。19歳でアントワーヌ・ヴェイユと結婚、三人の子を産んだ後、1957年に司法省刑務所管理局に配属され、囚人たちに対する劣悪な環境改善に取り組んだ。
1974年に保健大臣に抜擢されると、社会問題化していた避妊に正面から向き合った。翌年、通称「ヴェイユ法」と呼ばれる人工妊娠中絶法案の合法化を実現する。(「あのこと」(2021)で予期せぬ妊娠に直面した主人公が生きた時代は 1960年代だった。)
1979年、直接選挙によっての初代欧州議会EC(現在のEU)議長に選出される。ユーゴスラビア紛争が起こり、エイズが世界に蔓延した頃だ。任期満了後、社会問題・保健・都市計画大臣。1995年にユダヤ人迫害の国家の非を認めたシラク大統領の演説を受け、2001年に設立されたショア記憶財団、記念館の代表に就任。他にも多くの団体や活動に協力、支援を怠ることはなかった。同時に自分には不向きと判断した際の引き際も見事だった。
シモーヌ・ヴェイユには自分を裏切らない強さがある。教養に裏打ちされた分析で状況判断するや、自らの体験に即した迅速な行動で対処する。絆を重んじ、正義を貫く。政治的タブーにも揺るがぬ信念で向き合い、理不尽な暴力には全面的に反対し、諍いを撲滅させるために連帯すべきだと訴えた。正すべきことには一切妥協しない。使命と義務を見極め惜しみなく身を捧げた。悪夢のような体験を恥じることなく、隠すことなく、次世代に伝承すべきだと自らに課した。負の歴史をポジティヴに受けとめ、未来への希望を願い続けて89年の生涯を生き抜いた。
シモーヌの言葉に耳を傾けた監督は、「伝達」をテーマに、時制が行き交う編集で綴られた140分の力作を仕上げた。自叙伝が発表された2007年から親交があった主演のエルザ・ジルベルスタインは、2017年、葬儀に参列し、今こそシモーヌの生きた軌跡を伝えるべきだと感じたという。敬意が満ち溢れたこの映画には、明日を信じる人間力の逞しさが宿る。自分を裏切らない強さとは、嘘をつかないということだ。
※「シモーヌ・ヴェーユ回想録―20世紀フランス、欧州と運命をともにした女性政治家の半生」(パドウィメンズオフィス刊)の表記は書名に準じています。
※エイズは1981年にL.A.で初の症例が報告され、その後10年で100万人を超える感染者が報告されている。
(髙橋直樹)
「シモーヌ フランスに最も愛された政治家」 配信中!
シネマ映画.comで今すぐ見る