「誤認」怪物 U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
誤認
凄い作品だった。
エンドロールが終わり、館内が明るくなるまで席を立てなかった…呆然としただただ脱力してた。
ラストカットを見ながら浮かんだ言葉は「ごめんなさい」だった。
タイトルの「怪物」
前半に感じたソレと、ラストに感じたソレは全く違うモノだった。同じ言葉で表せるも本質が違う。脚本の内容ともリンクするとても優れたタイトルだった。
冒頭から兎に角惹きつけられる。
というか…目を背けられないのだ。ショッキングな事柄ではあるのだが、ほんの些細なキッカケで起こりうる事ばかりで、身近に潜む事ばかりだ。
なんという狡猾で優れた脚本であろうか…冒頭の数分間で、ものの見事に意識が作品に囚われてしまう。
この社会に「怪物」はいる。
ずっと昔から。でもここまで育ってしまったのは何が原因なのだろうか?誰のせいなのだろうか?
…おそらくならば大人とカテゴライズされる人達だ。
育てるにあたり与えた原料は色々ある。
保身だったり、体裁だったり、先入観だったり、隔離だったり、噂だったり、無言だったり。
社会を滞りなく収める為の術を餌に「怪物」は育っていく。それこそ宇宙のように無限に拡張し続ける。
何回も食い止める機会はあったはずだと考えさせられる。瑛太氏を通して語られるソレらは、会話や対話の必要性を訴えてくる。
誤解と先入観が産む『思い込み』
点在し独立する立場による視点を前半は描いていく。
安藤さんからの視点を思えば違和感だらけだ。
彼女は「何故?」を問いかけ訴える。その解明を妨げる『前例』と『マニュアル』彼女は一方的にモンスターペアレンツの烙印を押される。
そして瑛太氏は責任を負わされ解雇される。
何も解明されぬまま1人の人間の運命が狂わされる。
そこから展開される瑛太氏の視点。
表面化されない事のオンパレードで、彼の行動原理が説明される。冒頭に出てきた「ガールズバーに居た」って話すら、火事の時に遭遇した生徒の「近くで先生に会ったよ」から派生した『噂』なのだろう。
それを吹聴した途端にその正誤を担うのは事実よりも、語り部との関係性に転嫁される。
勿論、その『噂』に真実味を与えてしまう人間性もありはするが、それこそ曲解でしかない。
瑛太氏は瑛太氏で、結婚まで考えている彼女から間違った『先入観』を植え付けられる。
各々が振り翳している斧は『自己防衛本能』と『正当性』なのである。
次は校長の視点なのかなと思っていたのだけれど、展開されたのは当事者である子供達の視点だった。
あぁ、なるほど、と単純な事を複雑化させている存在に気付く。大人である僕達だ。
子供の感性を僕達はいつの頃からか亡くしてしまっている。子供達の間で交わされるそれぞれはとても尊いものから発生している事ばかりだ。
思い遣りや、友情や、冒険心やら…だけど、その視点を大人達は共有出来ないから、自分達の納得できる理由を押し付けてしまう。それは親としての責任感でもあるのだろうし『答え』を無理矢理にでも見つけないと不安に耐えられないのだろうとも思う。
昨今、浮上している性同一障害を絡めているのは、流石と思えてしまう。
そして、ふと立ち返る。
コレが現代の現状なのか、と。
なんという悍ましい世界を、今の子供達は生きているのだろうか、と。
大人達が導き出す最善策に子供達の意思は全く反映されてはおらず、むしろ蹂躙されてるんじゃないかと思う。子供の視点からすると『大人達』こそが怪物だ。
子供達がやってる事は、今も昔もそうは変わらない。秘密基地を作ったり、友情を育んで、今に一生懸命で。
ただ不憫で仕方がないのは『親』から『普通』を押し付けられる事だ。
湊は性同一障害を。
依里は、きっとIQが高すぎるのだと思う。
『普通』なんて曖昧な価値観は唾棄した方が賢明だと俺は思う。周りと較べる事でしか生まれない価値観であるといい加減気付くべきだし、そんな事に左右される程愚かで悍ましい事はない。
『普通』なんてものは管理する側が管理しやすいようにする為に拵えた檻でしかないのだから。
作中で明確に語られる悪意は『親』と『イジメ』だけだと思う。
その他のモノは悪ではない。
『イジメ』の主犯である彼にも『親』によって労働を科せられ自由を抑制されるストレスの源が提示される。
新聞にチラシを挟み込んでるのが彼ではないかと思うのだけど…違うかな。
なんせ、今作には発露に至り関与する原因なり源が無数に散りばめられてるような気もしてて、2回目を観たら驚く程緻密な仕掛けにぶったまげるんじゃないかとも思ってる。
土砂に埋もれた窓を親と先生が必死になって取り除こうとする絵が印象的だった。
掻き出せど掻き出せど、泥は流れ込み、どんなに踠いても泥が無くなる事はない。コレはなんの揶揄なのだろうか?現状に抗い必死に子供達を救い出そうとする人達が置かれている環境そのものなのだろうか?
とめどなく溢れ出す川の防波壁なのかな?それにも無力さを感じとってしまう。
そしてラストに至る。
台風一過。
快晴の眩い光の中に駆け出す湊と依里。
青々と生い茂る草っ原を、笑いながら走ってゆく。
彼らが走っている場所は『大人達』によって危険と判断された柵の向こう側ではなかったか。
実に逞しく、実に楽しげで、彼等を取り巻く様々な厄介事をまるで歯牙にもかけず、一心に突き進む。
ここに至り、タイトル「怪物」が示す事に気付く。
恐怖や脅威を内包する存在も「怪物」だし、突出した才能を有し前人未踏の記録や功績を残した者も「怪物」と呼ばれる。
後者は傑物と同意であると思うし、すべからく一般の人々が想像する理解の範疇の外にある。
全ての子供達には、後者である傑物としての「怪物」になりうる可能性があり、大人達が張り巡らした鎖を破壊し続け成長する「怪物」でもある。
そんな希望を抱いたラストでもあった。
そして、こんな社会にしてしまった後悔に苛まれた。俺もそんな社会を作った『大人達』の一員だからだ。
なので…俺はこの作品を作り上げた怪物達のせいで、呆然とし、エンドロールが終わって館内が明るくなって尚、席を立てずにいた。
「次回上映の為、館内の清掃を行います。お客様におかれまして速やかに退出いただきますようお願い致します。」
映画館のスタッフが毎回言うのであろうアナウンスを初めて聞いた作品にもなった。
今年のアカデミーは今作が総ナメだろうと思われる。
坂本龍一さんの奏でる音楽は、凝り固まって沈殿するドス黒い何かを、解きほぐすかのように優しく静かに、染み渡っていくようであった。
🔳追記
他の方のレビューを読むに子供死亡説なる解釈もあるようだ。なるほど、ソレも無くはないと唸る。
考えてみると台風一過の時間経過があり、廃バスから脱出してくるってのは不可解なタイミングでもある。
だとするなら、そんな未来を摘み取ったのは誰だってオチにもなりはするのだが…現代に蔓延る怪物は、その全容を把握できないほど巨大で邪悪で凶悪な代物で、無慈悲な公平さを擁し、突如襲いかかってくるのであろう。
僕達はなんてものを産み出してしまったのだろうか…。
死亡説に感化された訳ではないのだが、その方向の感想もしたためずにはおられなかった。
自分は1回目は、あんな土砂崩れがあった後で、土砂に埋もれてない水路なんてある訳ないと思っていて、完璧に死亡説でしたが、2回目を観て、「生まれ変わり」を否定し、「捉え方を変えることで、現実のまま生き延びることを選んだ」映画的な表現と感じました。
自分は、それでもモヤモヤが残ってしまいましたが、ご指摘されているところはその通りで、とても納得しました。
コメントありがとうございました!!
そうですよね。普通が正解ではない。仰る通りです。私も同感なのですが、、現実問題、特に子の事になると、、あまり悪目立ちしてくれるな泣 普通にしていておくれ泣 と思う自分もおります( ; ; )
Uー3153さんのレビューで、自分を疑ってみる事、俯瞰して物事を捉える事の大切さを思い出させてもらいました。
私にはレベルが高い作品でしたが色々教えて頂き、謎が解けた様な感覚です!
長々とお付き合いありがとうございましたm(_ _)m
又お邪魔させていただきます♪
前略!! m(_ _)m
き、来た!!正解が来た!!
冒頭からいきなり「ごめんなさい」うっっ早い!刺してくるの早いです泣 今の私のメンタルで拝読できるか?!大丈夫か?!と一瞬たじろぎましたが、読まない選択肢はありませんでした。
突然ですが私は妊娠、出産を経験し、只今子育ての難しさに直面しております。妊娠中は「どうか元気に、健康に生まれてきてくれさえすればそれで良い!母体も問題なければ有難い」本当に純粋にただただそれだけを願っていました。しかしその望みが叶ったというのに、成長していく子の過程で思うのです。
「あれ?!落ちつきがなさ過ぎる?!」「いつまでぬいぐるみで遊ぶの?!」大丈夫なの?!そして「普通」でないのでは?!と焦る。。子のありのままを肯定してあげられていなかった事に背筋が凍りました。。本当に「普通」って何なんでしょう。個性だ!と言うくせに右にならえを良しとする矛盾。
「普通」なんて管理する側が管理しやすい様にする「檻」だ!のお言葉。仰る通りで考えさせられました。早織の「湊が結婚して普通の家庭を持つまでお母さん頑張る」や保利の「男だろ」「男らしくないぞ」発する大人はこれは「愛情である」と自分の理想に導こうとする。押し付けも度を越せば悪だ。だけど私もそうなのでは?とレビューを読んで、気付きたくなかった事実に直面し恐怖に襲われました。
「怪物」「傑物」のくだりも、ほほう!ほほう!!と首振り過ぎて頭もげました。そして実は小説も読みました。作中での湊と依里の嘘がなぜ保利に向けられたのか?やラストの解釈もより詳細に語られていました。生存、死亡についても決めつけこそが「怪物」を育てる原料になり得る。作品でも敢えてあやふやに描かれていたので、それぞれの解釈で良いですよね。加えて湊、依里の秘密が、本人達の望まない形で暴かれなくて良かったと思ったのと、ラスト2人の楽しそうな笑顔を見られた事が救いでした。
中々読み解きが困難な本作でしたが、私の中の疑問や上手く処理出来なかった部分をわかりやすく言語化して下さり感謝です!当初の思いとかなり違う作品になりました。
Uー3153さんのレビューはいつも答えをくれる。答え合わせが楽しいのです。そして鑑賞する側の人間も読み解く努力が必要なんだと感じています。感性って育つって聞くので、、私も頑張ります^ ^長文乱文失礼しました!
U-3153さん
本当に心揺さぶられるラストシーンでしたね。
感覚的に受けとめていた様々な事柄を明文化して頂いたような U-3153さんのレビューを読ませて頂き、この作品に込められた思いがよりクリアに整理された気がします。有難うございます。
「 子供の感性を僕達はいつの頃からか亡くしてしまっている 」… 本当にそうですよね。
今の子供達は、情報過多の世の中だからか、生まれた時から常に頑張る事を課されているような気がします。その一方で過保護な親が多いようにも。
身内の人生を台無しにしてしまうような事件が、ほぼ毎日のように起きている事を、子供達がどんな思いで受けとめているのかも気になります。
子供達が伸びやかに過ごせる場が少しでも増えるといいですよね。