クリード 過去の逆襲 : 映画評論・批評
2023年5月22日更新
2023年5月26日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
「ロッキー」のスピンオフが、真の「クリード」の物語となるとき
自身の輝かしいキャリアが、誰かの犠牲のもとに成り立っているとしたら――。ロッキー・バルボアの衣鉢を継いだ、王者アポロの息子アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)の物語。その最新作は過去のおこないに対する責任のドラマを描き、三部締めのニュアンスを濃厚にただよわせる。そしてキャラクターの内面へとカメラは深く迫り、「ロッキー」フランチャイズ史上最大の深刻なテーマを形成していく。
ボクシング界で成功を得たアドニスの前に、忽如として姿をあらわした旧友デイム(ジョナサン・メジャース)。先輩ボクサーとして王者を目指していた彼は、かつてアドニスの犯した暴行罪をかぶり、18年の服役を余儀なくされたのだ。アドニスはそんなデイムの現役復帰へのサポートをするが、夢を壊され、自分がいるべき地位に彼がいることへのわだかまりは、復讐と呼べるレベルでアドニスの栄光に揺さぶりをかけていく。
これまでのシリーズにおいて、アドニスは偉大な父のレガシーと向き合い、映画はそれを受容することに焦点を当てていたが、今回は自身の、若き日の過ちが試練となってのしかかる。延いてはそれが、アドニスの成功に対する再考をうながし、はたして自分がそれらに値するのかという葛藤へとリンクしていく。
こうして本作は、ロッキー神話との関係を最小限にとどめ、アドニス自身のエピソードを主体に繰り広げられていく。シルベスター・スタローンと製作サイドとの確執がその起因とも言われているが、バックステージがいかにあれ、先述の要素がこの映画に、完結編としてふさわしい独立性と達成感をもたらしているのは疑いようがない。
だがいっぽうで、しっかりと継承している要素もある。スタローンがシリーズを経て監督を兼ねたように、アドニス役のマイケル・B・ジョーダンも同じ轍を踏んでいる。日本のボクシングアニメに刺激を得たと公言し、なるほどトレーニングモンタージュのグラフィカルな構成や、心情を視覚化する大胆な映像演出にその影響をうかがうことができる。特にアドニスがデイムとグローブを交わしたときの、スタジアムが無観客になる幻想場面などは、その戦いがタイトルマッチではなく、自分自身との対峙であることを表象する優れたものだ。
本作によって、「クリード」は「ロッキー」のスピンオフ以上の存在になり得たのだ。そこにあるのは、アドニス・クリードの個人史に自覚的な、挫折と復活の壮大なクロニクルだ。
(尾﨑一男)