「声帯手術を受けた犬。」生きててごめんなさい レントさんの映画レビュー(感想・評価)
声帯手術を受けた犬。
小さな出版社に勤める作家志望の修一は自分に自信がない。そんな彼が居酒屋に勤めるダメ店員莉奈と出会い同棲関係となる。
莉奈はいわゆる社会不適応者で何をやっても長続きせず、結果修一の家に転がり込み毎日ごろごろしている。一見、莉奈に優しい態度で接する修一はそんな彼女に文句の一つも言わない。
そんなふたりの同棲生活を変える出来事が起きる。ダメ人間と思っていた莉奈の独特な感性が大物作家の目に留まり、彼女はアシスタントに誘われる。それを快く思わない修一は彼女に冷たく当たってしまう。
作家志望でありながら応募作品を書き上げられず、くすぶった人生を送る修一にとっては、一見ダメ人間の莉奈は羽を切った文鳥の如く遠くへ飛んで行かない自分にとって都合のいい存在だった。あるいは声帯手術を受け吠えることのない犬のように。
そんな彼女が自分より才能を見出されて行くことに堪えられない修一の本音が出てしまう。修一の態度にショックを受ける莉奈。
弱いもの同士の恋愛はけして長続きしない。一見、優しい修一も自身の弱さを隠していただけに過ぎなかった。
不器用で何をやっても長続きしない莉奈は親からも見放され、親しい友人もいない。やれ生産性だの、自己責任だのと叫ばれる現在の不寛容な社会で自身の声もあげれず居場所がない彼女のような人間は生きづらい。
そんな彼女は言う。ダメ人間とか誰が決めるのか、生きてるだけでいいのではないかと。彼女は生きづらさを感じながらもけして自己否定はしなかった。そんな彼女が上げていたツイッターが注目され一躍時の人となる。
声帯手術を受けながらも微かな声で吠え続けた犬のように彼女の声は同じく生きづらさを感じている現代社会の住人たちには響いていた。
まさに今の社会で生きづらさを感じる若者像を描いた、単なる恋愛ものとは異なる一段レベルの高い作品。
今泉作品で常連の穂志もえかが儚くも健気な莉奈を見事に演じた。彼女の最高傑作とも言える作品ではないか。
本日本命二作品鑑賞のための時間調整で観た本作が本命を食ってしまった。ただラストは莉奈のトークショウを見に来た修一の後姿で終えてほしかった。二人が再びくっつくような期待を匂わすラストでは甘い感じがする。人生において自身の未熟さから失ってしまったものの大きさを修一が嚙み締めるラストでないと人生の苦みを表現した作品としては弱い気がする。