「青年の映画への目覚め」フェイブルマンズ Uさんさんの映画レビュー(感想・評価)
青年の映画への目覚め
最後は母のことも父のことも、家族も恋人も友人も、いったんは心の視界から消して、映画の世界に溶け込むシーンで幕。あっ、ここで終幕とは物足りないなと、瞬間的に思った。でも父のバートが好きなことにエンドははないと言い切ったように、ここは開幕のシーンなんだと思い直しました。
この青年の幸運は、一途な母と、更に一途な父のもとに育ったこと。
家族キャンプを撮影したことで、サミーは撮影と映画の魔力に憑かれてしまう。善悪とか倫理とか感情とかも超えた、このシーンのドキドキ感に本当に胸を打たれました。人の目ならば気づかないであろう母と叔父の接近を、カメラは捉えていた。サミーは鼓動を高めながら、カメラ越しでなければ見つからない真実に驚愕する。
そして卒業記念のイベントを撮影すると、映画の中でヒーローに昇格した友人もすっかり戸惑ってしまっていて、それほどにカメラは真実をも呑み込んだ嘘もつけるのだと、サミーは知ることになる。
母ミッツイは少女みたいに可憐で、女神のように神々しく、妖精のように奔放だったりする。シースルーのダンスがまともに見られないぐらい妖しかった。でもサミーは、これはカメラに収めておかずにはいられなかった。
映画は言葉より雄弁だと知った、青年の瑞々しい映画への目覚めが、この作品のメインテーマ。その主題に、監督の自伝と言う特殊性が寄り添う映画だったように感じました。
サミー役のガブリエル・ラベルが、感受性が強くひ弱なのに、強情かつクールな青年を演じていたと思います。映画を観る人たちの想いを想像することが、次の作品への起点になると肌で感じ取っていった、若き日の天才。
コメントそして共感ありがとうございます♪
ハイスクールのヒーローのローガンのこと、Uさんは、
すっかり戸惑ってしまった・・・と表現なさってますね。
悔し泣きしてましたものね。
分かりやすい映画のようで楽しくスイスイと観てしまいますが、
水平線の「上にあるか?下にあるのが面白い映画で、
真ん中にあるのは、詰まらない」でしたか?ね。
この言葉も謎のようでしたね。
スティルバーグ青年の「映画への目覚め」
本当にそうでしたね。
もう25歳位で、監督として完成してましたものね。
いつも考えるキッカケをありがとうございます。
勉強になります(^。^)
Uさん、共感&コメントありがとうございます。
貴族の肖像画や社長の銅像のように、ある程度のキャリアを積んで実績を残した人は、それを何らかの形にして自分の存在証明として残したくなるのかもしれませんね。でも本作は、スピルバーグの自己顕示欲の表れのようなものではなく、彼のノスタルジーと映画のもつ魅力を伝える、誠実な作品に仕上がっていたと思います。
コメントいいねありがとうございました。スピルバーグ、当たり前ですが主人公の青年に自己を投影してますね。それに肌の色や人種に関係なく誰でも両親や兄弟の影響はモロ受けますから、共感しました。ただスピルバーグ、エピソードのそれぞれに【真実だ❗️】とは多分言ってないので 盛っている 可能性がありますねぇ!まさに虚と実。映像の素晴らしさと残酷さ。最後はおっしゃように【もう少し・・】で締めるスピルバーグの巧みさに感心です。ありがとうございました😊。