バビロンのレビュー・感想・評価
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体感2時間20分 狂乱のハリウッド絵巻
文字で説明することが憚れる狂乱の宴にまずは圧倒される。高音で鳴り響くトランペットに合わせて全裸・半裸の男女が踊りまくり、酒・ドラッグ・セックスあらゆる欲望が吹き上がる。日本のバブル狂騒が可愛く見えてしまう。
時は1926年、狂騒の20年代の真っ只中で、繁栄に酔いしれているアメリカのエネルギーがハリウッドに押し寄せている。
IMAXで鑑賞したのは正解だった。大スクリーンと12.1chのサウンドでとんでもない狂騒ぶりが体感できる。
1920代後半は、サイレントからトーキーに移り変わっていく時代でもあり、声の演技ができない俳優は消えていくしかない。『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』でトーキーについていけない女優の様子を見た記憶が蘇ってくる。
サイレントで栄華を極めたジャック・コンラッド役は、ブラッド・ピット。わずかなチャンスをモノにしてスターダムにのし上がっていくネリー・ラロイ役はマーゴット・ロビー。
マーゴット・ロビーの怪演ぶりを見るだけでもチケット代は回収できる。トーニャ・ハーディング、ハーレイ・クインとぶっ飛んだ女を演じてきてるが、さらに振り切ったマーゴを見せてくれる。ガラガラ蛇のシーンは、驚くやら笑うやら忙しい。ファーストテイクでOKだったのかな?
終わってみるとハリウッド栄枯盛衰物語。奢るサイレント俳優久しからず、バクチとドラッグに狂うスター女優の運命やいかに。ゴキブリのように生き残る業界人が語り部となる。
ラストはデイミアン・チャゼルのマジックが炸裂する。映画ファンにとって夢のような映像が続く続く。瞬きなんかしてられません。目をカッピラいて脳に焼き付けました。
体感2時間20分。狂乱のハリウッド絵巻でございます。
ふむふむ…なるほど
音楽と共に、時代を駆け抜ける
音楽の疾走感とともに、彼らは時代を駆け抜けていく。音楽と映像が呼応し合い、唯一無二の、もはや無敵な作品をデイミアン・チャゼル監督始め、製作陣、キャストが完成させた。「音」が映画に吹き込まれる時、ジャックとネリーの居場所は無くなってしまった。時代に、そして映画に振り回され、取り残された。その姿は見ているのが辛くなるほど、痛々しかった。しかし、ジャスティン・ハーウィッツの音楽があることによって、その様子が「哀れみ」と感じられることなく、むしろ、1920年代を生き抜いた賞賛へと変わった。
サイレントを生きた彼らは、とにかく素晴らしかった。音のない世界は、騒々しく、荒々しく、そしてカオスだ。しかし、あまりに自由で、刺激的で魅惑的な世界である。音がなくなると、途端に臨場感も立体感もなくなるが、そこには現実にはない、彼らにしかみれない「夢」があったはずだ。
トーキーの誕生は、彼らの人生を大きく変えたが、今作の「音楽」はその人生を美しく彩り伝説にした。映画音楽の魅力を改めて感じさせる、素晴らしい一作だ。
私には無理だった
とにかく汚すぎるシーンが多い
私は潔癖症ではないけど
吐き気がしそうだった
男性器を模したものが何度も表現され
大便、小便、精液、吐瀉物、血液、
いろんな人が被って汚物まみれになる
クスリをやり、そこら中でセックスする
生きたネズミを食べるところを見て興奮する
戦前のアメリカ映画界は本当にあんなだったの?
あれを観て面白いと言うなら
私には無理だ
それなのに
主人公4人は汚物を一切被らない
セックスシーンもない
胸も出さないお尻すら出さない
どうして?
面白いと思ったのは
前半の映画を撮っているシーン
サイレント時代は撮影中現場で静かにしなくてよかったから余計にエネルギッシュさが溢れていた
最後のジュラシックパークやアバターからの様々な映像
意味不明
面白いと言う人と
面白くないと言う人にわかれているそうだ
それはそれで興味深い
豪華絢爛なカオス
ハリウッドで名を馳せようとする者とスター俳優。
それぞれの栄光と転落を描いた作品なんだけど、想像以上に好き嫌い分かれそう。
当時はそうだったと言われれば言い返せないが、想像以上に下品でビックリ🫢
でも、豪華絢爛な狂乱は見応えあるし、3時間の中にど迫力展開盛りだくさんだったから退屈せず観ることができた。
サイレントからトーキーに切り替わりによってのしあがるものもいれば、淘汰されていく者もいる。
アーティストを想起させられたが、今作はきれいに纏めず
かなりゴリ押し。最後急に感動展開来たがそこは合わなかった。
変化していく業界を望んではいるが、変化についていけない…その悲哀をプラピは見事に表現していた。
マーゴットロビーのどうしようもない、イカれ具合は嫌悪感凄いがハマり役。
ディエゴ・カルバは存じていなかった。二人に振り回される弱々しい感じも、のし上がってビジネスファーストな冷酷さも上手く演じていて主役の一人としてちゃんと張れていた。
ここまで映画への愛を語った作品を私は知らない。
個人評価:4.3
ラ・ラ・ランドと同様に、冒頭シーンで心を鷲掴みにされた。あの酒池肉林なカオス。獣の様なマーゴット・ロビーの舞。今までのデミアン作品では見られなかった、ハードで泥臭い物語が今始まろうとしているのだ。
監督の映画への愛が溢れんばかりに詰め込まれ、ラ・ラ・ランド以上に雨に唄えばへの敬愛が込められている。タランティーノがワンハリでハリウッド映画への愛を語った様に、本作ではデミアン風にハリウッドへの愛と讃歌が込められている。
ジャスティン・ハーウィッツの音楽は今回も素晴らしく、鑑賞後もあのリズムとメロディーが頭から離れない。
今回も十八番の夢追い人の男女を描く構図に加え、ここまで映画への愛を語った作品を私は知らない。
映画の持つ力を信じさせてくれる
これ、面白いの?
前提知識が必要な映画
『当時のハリウッドは開拓時代の西部のように何もかも許される無法地帯でした。それを、この映画で観客に肌で感じてほしかった』というデミアン。
聖書に出てくるバビロンがインモラルな罪深き都であり、それを当時のハリウッドに重ねているという前提を知らなければ、ただただ不快感しかないかもしれない。
サイレントからトーキーに変わる中での様々な苦しみや、ハリウッドの品行方正な表の世界ではなく、オーディエンスに知られてこなかった穢れた裏側がクローズアップされていて、そこに人種差別、LGBTQを盛り込んだ『大作』となっている。
20年代は無法地帯で自由奔放なハリウッドも1929年の世界大恐慌を迎え、モラルの取り締まりが厳しくなり、30年以降のトーキー時代の到来と共に倫理規定がハリウッドにも適応された。実際にブラピ マーゴットが演じる役柄も時代の流れについていけなくなった役者達をうまく演じており、語られなかったハリウッドの裏側にスポットが当たった作品となっている。
音楽はまたもやジャスティンハーウィッツで、意図的なのか、重要なシーンで使い古されたメロディが耳障りだった。冒頭の曲は乱痴気騒ぎを盛り立てる新鮮さがあったが。
偽善的なハリウッドらしいゲームチェンジではあるが、行き過ぎたポリティカルコレクトネスなど、オーディエンスは求めていない。特にここ数年の作品群は配慮が作為的すぎて気味が悪い。映画のクオリティをさげるポリコレは不要である。
監督のエゴが剥き出しなので、刺さる人には深く刺さる、そんな映画なのかもしれない。
【華麗なるギャツビーと比較になる(ディカプリオ版)】ブラピ初の「ハズし」か?有機的結合が❓❓
3時間超え、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー
事前の大作感が半端ない。
結論から言うと、1920の時代考証的に
ディカプリオ「華麗なるギャツビー」に圧倒的に軍配。
当時の空気、服装、アナログ感
全て「華麗なるギャツビー・ディカプリオ版」が遥かに正確で当時の空気が漂ってくるようだ。
本作はその意味において、女主人公の髪型といい
1920年代をあんまり感じない「現代版1920」の感じ
言いたいことはわかりますよ
無声映画から出発した映画の変遷
当然トーキーに移行の段階で振り落とされたものたくさんいたでしょう、そこはリアル。
飽きることは無いてんこ盛り作品ではある
でも、なんか話、エピソード広げすぎて、有機的に結びつかない。
想像だけど「ストーリーをリアル😊、人間性、キテレツ追求しすぎて失敗してるような・・」
イヤイヤ、最後は正統派でうまくノスタルジックにまとまっている。
テンポも画面構成もエピソードも「怖いもの見たさ」を満たしてくれて良い。
だが、有機的結合が無いのだ。
ブラピ【不敗伝説】に陰りか?
【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド】
の「かたやぶり」なブラピ はやや継承してるが、1960ではなく1920はブラピの良さが
イマイチ発揮できてない。
意外に、黒人のトランペット吹く人、この人が、当時の苦悩を表現していて
「わかるわかる!その悔しさ❗️」的なカタルシス。
マーゴット・ロビー 今までの人生で実体験含め、最大レベルのゲロ、それは良い
ディエゴ・カルバ の好青年もまあ良いですね。
ただブラピの本来の実力はこんなもんじゃ無いだろう❗️
時間は短く感じます、誰でもわかる。でも面白さが❓❓の作品。必見の問題作。
あと、一度は必見ですが、二度は必要ない作品と感じました。
流れゆく映画業界の価値観
え、やりすぎじゃない?とまず思った。
序盤のとんでもパーティからただならぬ映画であることは実感した。
無声時代に人気があったジャックやネリーもトーキー映画で多少の成功を収めたマニーも時代にのまれて成功と挫折を味わいまくっている姿に痛いほど感情移入できた。
自分がいける!と思った映画や演技が時代の流れの中で笑われ評価を失う様が酷すぎた。
そんな目まぐるしく変化するハリウッドで自分の実力による成功の実感、確かな人生観なしに生き残っていくのは本当に難しいんだろうなあと思った。
あっさり別の女性と家庭を持つマニーの未来が、ララランドであっさり別の男と家庭を持ったミアとなんだか似ているようにも思えた。
よかったです
長い!…けど
最初の感想はやっぱり長い!ですw
ただ、それを感じさせない程の熱演。
思わず見入ってしまうほど。
トーキー映画への切り替え時期、それぞれの想いがあったり、華やかな面、薄暗い面がそれぞれ描かれていており、内容としては興味深いものではありました。
成功する者もいれば、時代の流れに乗れず落ちていく者。
ある意味自分の想いを貫く者。
様々な、人達が絡み合い、時代が流れていく様が見えます。
まぁこういう映画なので、好き嫌いは分かれそうですね。
パーティシーンや撮影シーンなど派手なところもあるのですが、ストーリ的な面白さ、ワクワクするような事はあまり無いかな。
観終わってまず頭に浮かんだのは
昨秋、(マーゴットも出演する)『アムステルダム(22)』を観た後、その時点における95回アカデミー賞予想を調べてみると『アムステルダム』『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け(23)』は既に候補から外れていることに驚きました。そして、さらに『バビロン』も苦戦しているとあってちょっと信じらとすら思っていたのですが、、、実際ノミネーションが発表されみると確かに前者二作品は名前なく、また『バビロン』も主要賞に引っ掛からずに、美術賞、衣装デザイン賞、作曲賞の技術賞のみ。
それでも、デイミアン・チャゼル、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビーはいずれも監督、俳優としてだけでなく、プロデューサーとしても実績があり、まさに本作品で語られる「映画への愛」が感じられる信頼のメンバーで非常に楽しみにしておりました。
ちなみに、ブラッドとマーゴットの共演で映画業界を回顧する映画ということで、誰しもがどうしても『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド(19)』を比較すると思いますが、私としても観ていてやや「既視感?」と無意識にも感じてしまう部分は否めません。
ただ、特に前半の華やかなパートは観ていて楽しいし、ブラックなギャグも笑えるし、何と言ってもブラッド、マーゴットの素晴らしさにお礼を言いたくなります。ちなみに、主役はこの二人にかき回されるマミーを演じるディエゴ・カルバ。この人、本作がハリウッドデビューとのことですが、いい表情もするし、味もあって楽しみな俳優さんです。
さて前述にて「前半の華やかなパートは」と断りを入れましたが、この作品の難はやはり「189分」という上映時間の長さです。この映画、基本的にテンション高めで音楽も鳴り響き、興が乗りすぎてカオスになっていく状況を背景に、さらに上乗せでブラックなギャグを連発するという味の濃さが「良さ」でもあるのですが、終始これの繰り返しで後半は疲れるし、正直飽きます。何なら、彼が悪いわけではありませんが、シーンとしてトビー・マグワイアのパートはごっそり無くてもいいと思えるくらい。ちょっとしつこいかな。
観終わってまず頭に浮かんだのは、少々残念なことに「疲れた」でした。。。
映画の歴史をエキサイトに
意欲作では有るが「バビロン」という題名が惹起する毒気が足らないのと最後が甘い。
①途中から、これは「裏『雨に唄えば』だな」と思っていたが、最後に本当に『雨に唄えば』が出てきたのにはちょっと驚いた(+ちょっとエヘン!)
②「ハリウッド・バビロン」という本がある。
本当の意味でのハリウッドの黄金期である1920年代~1950年代(本作の背景と重なる)、表向きは“夢の工場”であったハリウッドの裏がいかに背徳と退廃とにまみれていたかを描いた所謂一種の暴露本ではあるが、特に1920年代のハリウッドの裏側が如何に乱れていたか、乱痴気騒ぎや酒池肉林で爛れていたかを描いた辺りを本作は冒頭のパーティーシーンで上手く描写・再現している。デブの俳優がセックスプレイの挙げ句、端役女優を死なせてしまう件(くだり)は実際にあった事件を下敷きにしているし、余りにスキャンダルが続くので1930年代にハリウッドに風紀取締組織が出来たくらい。
ブラッド・ピット演じるジャック・コンラッドは、監督によるとダグラス・フェアバンクスやジョン・ギルバート(声が高過ぎてトーキーに移行するときに人気が落ちて自殺した)をモデルに造形したと言っているし、ネリーはジョーン・クロフォードをモデルにしたのではないかと私は思うし、レディ・フェイはサイレント時代の人気スターだった中国系女優アンナ・メイ・ウォンをモデルにしているのも一目瞭然(因みに日本人の早川雪州もサイレント時代のハリウッドスター)。
女性映画コラムニストのエレノアは、映画スターの生殺与奪を左右したとも言われるルエラ・パーソンズがモデルだろうし、当時はいなかった筈の女性監督も登場する(アリス・ギイへのオマージュ?)。
他にも実在のハリウッドスターの名も頻繁に登場して、黄金期のハリウッド映画が好きな私としてはその虚実混じった世界は楽しめた。
③カメラの調達が何とか間に合って落日寸前に撮影が出来たシーン、ネリーがその扇情的なダンス(ジョーン・クロフォードだね)といつでも涙を流せる演技で見事代役を務める撮影シーンも映画好きとしてはたまらない。
が、ここまでの熱量は確かに凄かったのに、あとはだんだん熱量が落ちていく。
④本作の中心プロットとしてはサイレント映画の大スターだったジャック・コンラッドが過去のスターとして没落していく姿と、映画界に夢を求めた二人の若者が夢を叶えた後堕ちていく姿を平行して描きながら“映画”というものを描くことだと思う。
(観る前は、第一次世界大戦で疲弊した欧州を抜いてアメリカが世界の大国として躍り出て繁栄を極めたローリングトゥエンティであり、映画というものが大衆文化として確立し映画スターがセレブとなった狂乱の1920年代を舞台にした映画だとてっきり思っていたが、トーキーを経て1952年―『雨に唄えば』が公開された年―までが描かれるとは思わなかった。)
ブラッド・ピット扮するジャック・コンラッドは映画スターというものの神話性と通俗性とを表裏一体で体現している存在として描かれているけれども、最後に自殺するところは余りに予定調和的過ぎて面白味がない。
マーゴット・ギター扮するネリーがセックスシンボルとしてスターダムにのしあがった後転落する様も(転落するところは、ジョーン・クロフォードではなくクララ・ボウがモデル?)これまた在り来たりの流れ。
マーゴット・ギターも『アイ、トーニャ』や『ワンス・アポンナ・タイム・イン・ハリウッド』では良かったのに、最近は似たような内容のない役ばかりでどうかな、と思う。
マーニー役をメキシコの俳優に演じさせた意味もあまりよく分からないし。
⑤懐かしいところでは、ルーカス・ハースがかなりオッサンになって登場。
妹のジュリア・ロバーツと違ってすっかりB級映画専門になってしまったエリック・ロバーツがネリーの父親役で久々にA級映画に出演。
⑥ハチャメチャでも退廃的な映像なら良いのだが、象の脱糞シーンに始まってネズミを生きたまま食べたりとか汚いシーンが散見されるのにもやや辟易。
上流階級のパーティーでネリーが料理を食い散らかした後噴水のようにゲロを吐くシーンは(どんだけ食うてんね)『エクソシスト』のパロディ?
⑦ハリウッドを再訪したマーニーが偶々入った映画館で上映されていたのがなんと『雨に唄えば』。その中のサイレントからトーキーに移行したときの撮影所のドタバタを描いたシーン(『雨に唄えば』を観てもらえば分かりますが、かなり笑えます)を観て、かって自分が映画界で働いていた時のこと、サイレントからトーキーに移行した時の大変だったこと(そう言えば、ジャックから『ジャズ・シンガー』を観るようにNYまで観にいったのはマーニーでしたね)(本作では7テイクでやっと録り終えたシーンを丁寧に描いていたが最後にスタッフが死んでしまったことで笑うに笑えない苦いエピソードになってしまった)を回想して涙ぐむところは、本来であればしみじみと胸を打つシーンになる筈なのだろうが、『ニューシネマ・パラダイス』『カイロの紫のバラ』のパクりかい、という思いが先立ってしまった。
⑧根本には“映画愛”があるのだとは感じるが、1950年代まで引っ張ったことで映画が間延びしてしまった。3時間長の尺にする必要があったのかも疑問。
1920年代のハリウッド草創期の狂乱を描くに留めた方が映画としてカッチリとしたものになったように思う。
全393件中、281~300件目を表示

















