正欲のレビュー・感想・評価
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枠外の者たち
人生のテンプレートに当てはまらないと生きにくい。
誰からも強要されてないし、好きに生きればいいと思っていても日常の中に潜む棘が歩くたびに少しずつ傷をつけていく。
なぜ逮捕されたのか、そんなもんなのかもしれない。
水がどうとかそんなやり取りを見たところで、そのうちの一人が児童買春の犯罪者ならお前らもそうなんだろって。
水の繋がりより、小児愛者の繋がりの方がテンプレートにはめやすい。
分からない人にはどうしたって分からない、だから誰にも迷惑はかけないからそっとしておいて。
私達はそうやって生きていくから。
そんな感情が最後の新垣結衣の演技に表れていた気がした。
画一性と千差万別の難しいテーマを扱った作品
「分かり合える人と暮らしています」のセリフが泣けた。
普通といわれる世の中に混ざれない感覚を疑似体験できた。
娘にチャンネル権を譲らない我儘な母親や、息子と妻を思い通りにしようとする不機嫌な父親には憤慨した。
桐生夏月(新垣結衣)と佐々木佳道(磯村勇斗)が初セックスをしようとするシーンが素敵で泣けた。
マイノリティ同士の絆の強さも描写していて、希望を感じる。
観る人全てに問いかけるよう
採点3.8
生きづらさを抱えてる人達の偶像劇。
フェティズムに翻弄される様が静かで丁寧に描かれ、何だか見入ってしまいました。
主演の磯村勇斗とガッキーは中々に良い組み合わせで、ブラックなガッキーの芝居も見応えがありました。
ゴローは(個人的に)正直微妙でしたが、そこを宇野祥平がうまくフォローしてたように見えました。でも役所にはすごくマッチしてましたね。
そんなゴローの「綺麗なのは奥さんが頂くと良いですよ、ご主人に黙って」この一言に作品の色々が詰まっていた気がしました。それくらいハッとしたシーンでした。
ラストは重いものが残ったまま、正しさとは何か?と観る人全てに問いかけるような作品でした。
炙りだされる価値観
嗜好と簡単に言葉で括るには、あまりにも人格が多様であると謳われている時代。
LGBTQのように安易にカテゴライズして理解しようというのが、今の流れなのだろうが
残念ながら他人の嗜好など理解できるはずもない。
いや、正確には認識や理解はできるが、それを受入れたり共感したりすることとはまた別なのだ。
今作ではマイノリティーであることの生きづらさが、非常に薄い氷の上を歩くかのような危うさと共に全編に散りばめられている。
時代はマイノリティーであることを半ば強制的に共有させ、理解できる形で消化しようと促すが、それは果たして誰が得するのだろうか。
本当の意味での理解や「分かる」というところはまだまだ先である。
その上で今、この映画が生まれて広く世に知らしめたことは、本当に意味のあることだと思う。
ただ他人と違う。それがどれだけ深い意味を持つのか。
そこに生きづらさを感じたことのある自分からすると、今作は大きな光に感じ、
安らぎにも似た感覚を覚えた。
いびつな話ではあるが、他人が他人を理解しようなどと考えること自体が、そもそもおこがましいとさえ思うのだが。
それでも尚、殺人犯を含む犯罪者の嗜好や倫理観を共有したいと思うのが、日本人らしい。
この国の裁判では、他国に対して類を見ない「動機」が裁量に関係するのだから。
結果に対して原因を見て、判断をする。そんなことが本当に人間にできると思っているのだから、ちゃんちゃらおかしな話である。
作中の検事が社会性の代表として描かれる中、理解することの難しさはさておき、そこに対する努力や歩み寄りを感じたいと思うのが、人間であり日本人などだろうと改めて感じた。
多様であることと社会的生き物であること
今世の中で多様性がよくうたわれている。
思っちゃいけない感情なんてない。作品の中でそんな言葉があった。一方で、不倫であったり、発言であったり、社会が監視する目は日に日に厳しくなっている気がする。
社会でいきていく中で、他人に迷惑をかけるような行動は規制せざるを得ない。これは人間が、過去の歴史から積み上げてきた経験値だと思う。一方で、社会と個人の間にある法律ではなく、倫理と言うものがあまりにも曖昧で、何がよくて何が悪いのか、これを規定できるものはないんだろう。
そういった難しさを最大限表現できている気がする。
インターネットはそういったマイノリティを繋ぐこともあれば、孤独を感じさせるものにもなったいるのだろう。
新垣結衣、磯村勇斗、稲垣吾郎良かった!
いつも思うが普通ってなんでしょうね
万人に理解されない人たちがいる、もちろん犯罪は許されないが、それ以外その人の嗜好や生活習慣をとやかく言う権利ってないよね…
ってガッキーの虚ろな目を見ながら思った
こんな新垣結衣が見たかった
溌剌として明るいガッキーより、この新垣結衣が好きです
あと、磯村勇斗は上手いですね、そして苛立つ稲垣吾郎も上手かった
邦画も時々見たくなる
“なんであくまで自分は理解する側だと思ってるんだよ”
水に興奮する?
そんなのありえない。
口にしないまでも、いったい何人の人がそう思うんだろう。
映画を観終わった時はクソつまらんと思った。
理解できなかった。
でも、「君たちはどう生きるか」の時と同じで、レビューするのにいろいろ思い返したり調べたりする中で、この映画の深さが少しわかってきた。
たぶん本当の意味で理解はできてないんだろうけど。
ここで、このレビューのタイトルをもう一度見てほしい。
何が“正しい”のか。
何が“普通”なのか。
マイノリティやダイバーシティって言葉だけじゃ片付けられない。
例えば、誰しも他人には言いにくい黒い部分だったり、共感してもらえないかもって胸の奥に閉じ込めてるものがあると思う。
それを誰かに打ち明けるのってめちゃくちゃ勇気がいることだし、決死の思いで打ち明けたのに、「キモっ」「ありえない」って返されたらどう思うだろう。
唯一、マジョリティ側である寺井を演じた稲垣吾郎が良い味出してて、「社会のバグは本当のいるの!悪魔みたいな奴がいるんだよ、これが現実なの!」って叫ぶ姿が悪魔みたいに見えた。
タイトルの「正欲」が、性欲、正しい欲、明日を生きる欲と複数のキーワードにかかってるのもすごい。
本当にいろいろと考えさせられる映画だった。
気持ちいい映画ではないのでご注意を。
最後に心に残るもの
面白かった。
よくある邦画の、弱火でコトコト煮るようなあの靄のかかった救いのない、
はっきり言えば何が起こることもないのにずっと変容を待っている退屈さではなく、
頭から最後までしっかり物語にリズムがあるのは、
しっかりした原作と、バランス感覚のある制作陣と、高い演技力のある演者さんたちの力なのかもしれない。
人とは外れた趣味趣向は、果たして異常者だから持つのか、ごく普通の人にもあるものなのか、
そう重くもないテンションで考えさせられる。
内容に興味を持てない人も、稲垣吾郎、新垣結衣という誰もが知るこの名前だけで再生してみても良いと思う。
そうすればいつの間にか、最後まで見てると思う。
無理やり暗く描かなくても
それでももっと楽しく生きられるでしょ。
無理やり暗く暗く描かなくても。
ここまで特殊な世界に同調はできない。
ダメでしょうか?
何か押し付けられている様です。
またyoutubeをやりたい男の子の家庭の話は、主題と何の関係があるのかわからない。
また日本映画の悪いところを見せられた感じ。
でも、俳優の方々は、皆さんとても頑張ってました。
吾郎さんもいいと思いますよ。
流水のように…
両手ですくった水が隙間から溢れおちるように、今日も社会のなかで息苦しさを感じている人たちがいる。
「普通」の生活を生きられる人々には、彼らの生き方は逃げや言い訳にしか聞こえない。「私たちだって頑張っているのに、なぜあなたたちは…」と。
徹底した社会の効率化やデジタル化した、SNSのなかに入り込んだ「個」の世界の住民は、同質化できない異質なものを排除する。
一方で、SNSでしか繋がれない関係性もある。
社会からわかりあえないとはじかれた人が、わかりあえる人と一緒に生きていく。
もういなくならないから。
誰もひとりでいないでいいよ。
ps.やさぐれたガッキーが魅力的。
ヒトを理解すること・・・
ガッキー目当てで見た作品です。
「せいよく」という意味深なタイトルから、あわよくばエッチな場面が見られるかなと・・・
冒頭で自慰と思われるシーンもありましたが、期待したエロではなかったです。ただ、深く考えさせられる作品で、じっくりと魅入っちゃいました。
人それぞれの性癖、或いは個性について問いかけるような内容ですかね。
それぞれ、人によって感じる部分が有るわけで。例えばそれが普通の人と異なる場合は、知られないようにしなければならない。
人には、普通でありたいという強い意思があり、自信を守るために、異となる思想を否定したくなる。否定されないために隠さなければならない。
その隠された想いを共有することができれば、これ程幸せなことはないのかもしれない。
あれ程、可愛いガッキーなのに、最初の頃は華が全く感じられない。むしろブス(こんな言い方は失礼だが、すみません。自分には語彙力がありません)に見える。これが、共有者を得たとたんに輝いて見えるのだから、その演技力なのか、映し方なのかは定かでないが、ホンッと素晴らしい。感動でした。
同じ性癖(個性、趣味)を理解し合える人が身近にいるということは、この上ない幸せなのかもしれない。また、理解できないまでも否定されなければ・・・
家族という血の繋がりの中でも、一人の人として、その部分は尊重していかなければと、深く考えさせられました。
マイノリティと性加害は違う
生きづらさを抱えてる人間同士の心情を優しく描き、繋がって助け合っていける世の中になるなら幸せだなと思って観ていたら、最後ガッカリ。
小児性愛と一緒に描いたら、それはごっちゃにしちゃダメだろ、ってなった。
小児性愛者にも同じ種の苦しみはあるのかもしれないけど、それは誰かの一生の傷を残す犯罪だから少しも肯定できない。
ガッキーの演技すごい!
普通のこと
「普通」ってなんですか
「普通は〜、、」って言う人って
「自分は普通だ」と思って生きている
全員普通じゃないのにな
「普通」な人なんてどこにもいないのに
比較的多くの人がそうってだけで
普通なんてものはない
世の中にはどこかの誰かが決めた基準が「普通」と
されているのかもしれない。
基準があることも大切なことだけど
すべてにおいて「普通」が「正しい」とは限らない
そんな「普通」に苦しんできた彼女が
「普通」を言い張る刑事に
「普通のことですよ。」と彼への伝言を頼むシーン
それが今の刑事にとっては「普通」ではなくて
モヤっとがスカッとジャパンされました。
誰でも一度は経験する気持ち
多様性とか少数派とか
言われ過ぎて違和感
そもそも、みんな違うのに
でも、こんな厭世的な疎外感、
少数派じゃなくても
経験する気持ちだと思った
結局1人じゃ寂しいってことかな
誰かと一緒にいて、誰かと抱き合っていれば
大したことじゃなくなるのかな
でもガッキーも磯村くんも
そんなに暗くなる必要ないかな笑
今の世の中だったら
もっと受け入れてもらえるよ
上から目線で言うと
自分に置き換えて彼 彼女らを見るとその心の有り様は苦しく閉ざすのはよくわかる
そこから離れて上から考えてみるに
自分を受け入れてくれない人を
自分もまた受け入れられない
という様相と苦悩なんですね。
「わからないことはわからない」と理解出来れば人への怒りや閉塞は和らぐのではないかなと思います。
つまり自分で問題をつくり苦しみを生み出している ということ。これもまたわかればわかるし わからなければわからないということ。ただ自分に付き合うしか手立てがないのが歯がゆいですが。
秀逸なカメラと破綻した物語。
カメラと照明は、立派ですね。この光の撮り方は精密で手堅いし、きちんと同時代の記録になりおおせているとも思います。ここは大きなプラス要素です。
しかし、物語が支離滅裂。演技もそれを支えていない。おそらく物語構造そのものがダメなのではなく、演出がヘタクソすぎるのです。部下から新聞記事を渡されて声に出して読んでみる検事、いるか? 会話の撮り方も、ほぼ全滅です。オープニングのベッドでの自慰シーンも、悪いけど水が満ちてきたから何?としか思わない。そもそもショット割りが下手すぎて自慰だかなんだか分からない。「インティマシー・コーディネーター」が入ってコレなら、もうどうしようもないのでは。
こんな作品を評価してしまうというのは、つまり「映画」というものを真面目な芸術形態ではなくて、中学生に見せる性教育ビデオのようなものとしか考えてないからです。ただの社会改良の道具にすぎないと。それはそれで好きにしたらいいんだけど、映画を批評するのはお門違いですね。
作り手は、「生きづらい」「違和感」「多様性」とかの言葉をちょっと気楽に考えすぎじゃないでしょうか。そうした言葉の意味をきちんと精密に真剣に考えていれば、こんな薄っぺらい作品にはならないと思うんだけど。この映画では、ただなんとなく辛そうな登場人物が出てきて、彼らが脈絡なくリンクして、もわんふわんと終わってしまう。演出側が、それなりに優れているカメラと照明・美術を、まったく活かしきれていない。
このあたりはニューヨークやパリでの大方の評価ですね。見た人はみんな呆れてるし、作品としてはほぼ完全に無視されました。
ちんぷんかんぷん
ぼちぼち評価が高い中、私は⭐︎0で提出します
頭が少々悪めの人には何にも響かなかった
水そのものに性的興奮する事にびっくりしただけの感想
小説凄い売れてたよね
本屋さんで働いてた時いっぱい売れた
えっちな小説かと思ったけどまたちょっと違ったね
理解されなくていいが、理解されないという苦しみは存在する
これは自分自身がセクシャルマイノリティの人間だから共感できた作品なのかもしれません。
そうでなくとも人間は誰しも何かしらの性癖や欲を抱えて生きているものだと思っていますし、人から理解されにくいことに対しての苦しみが痛いほど伝わります。
自分はアセクシャルの人間なので、性的欲求がありません。かといって恋愛ができない人間なのかと問われれば、アセクシャルは性的欲求がないだけで恋愛自体に興味がないわけではないので、お付き合いをした経験はあります。
残念ながら未だ「結婚(もしくは恋愛)していない人間は不幸せ」という風潮が根強く、「恋人いないの?」「結婚しないの?」という質問に疑問を感じたり、苛立つことがあります。
人間は必ずしも誰かと恋をし、結婚し、子供を産み育てなければいけないのか。
恋人が自分にいなかったり結婚していないことに対して悪態をついたところを「妬ましい」と思っていると勝手に解釈され苛立つ主人公の気持ちに共感しましたし、車のシーンもそうですが、実際にあんな風にもうどうにでもなれと突発的な行動を起こしたくなる気持ちも理解できました。
これはあくまで個人的な意見ですが、特殊性癖を抱えていることや他人から見て変わった欲があること、セクシャルマイノリティに属していること自体が悪いとは思いません。
性癖が犯罪に繋がってしまうことは断じて許されることではありませんが、人様に迷惑をかけずただその性癖を抱えているということは悪くないと思います。
それは人知れず抱えたそれに本人が一番苦しめられているかもしれないから。
何が「普通」なのか。人は「普通は」とよく口にしますが、その多くの人が口にする「普通」ってなんなんでしょう。
それが繊細に描写されている作品でした。
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