「エゴは誰かのしあわせにも、救いにもなれる。」エゴイスト ゆちこさんの映画レビュー(感想・評価)
エゴは誰かのしあわせにも、救いにもなれる。
驚きました。浩輔(鈴木亮平)と龍太(宮沢氷魚)の物語だと疑わなかったので。
この作品は浩輔と龍太の母妙子(阿川佐和子)との物語でもありました。
前半は浩輔と龍太の物語です。
「できることなら何でもしてあげる」それが浩輔の愛の形でした。龍太が性的な仕事を脱し、龍太と持病を持つ妙子の生活を守るためには金銭的な援助しか解決方法がなかった。龍太は関係を続けるために頼らざるを得ないとしても、至極心苦しかった。それゆえ限界まで過労を続けてしまった。
疑問に思ったことでもありますが、意図しない破局を除いて「2人の間にあったしあわせ」だけが描かれます。
全体通して龍太の胸のうち(浩輔を好きになる過程、金銭援助されていたときの感情)があまり描かれませんが、原作が自伝的小説だったため安易に龍太の心情描写を脚色しなかったのではと思います。事実として龍太の胸の内に気づけなかったことも結果としての過労死(濁しているし濁すのが作品として正解に思います)に結びつく演出だったとすると、なんて誠実な作品だろうと思いました。
彼が欲しい。彼を救いたい。その想いからくる愛情が結果として死を招いてしまったことを自分のエゴだったと悔恨します。鈴木亮平さんの通夜のお芝居は見ていられませんでした。現実に起きたことなんですか…?もう人生立っていられないですよ、、、
お芝居は現実を観ていると錯覚するほど自然で、丁寧に丁寧に積み重ねられていると感じとれる。鈴木さんは勿論ですが、宮沢氷魚さんが本当にもう、本当に本当に。眼差しや口角の動きには想いが溢れていて、こんなに無垢でまっすぐなお芝居をされる方がいるのですね…その才能の尊さに思い出しただけで涙が出そうですし大ファンになりました。これからもお芝居たくさん見たいです。
後半です。浩輔と妙子が援助金の入った封筒を差し出し・返しを繰り返すシーンは、この作品が本当に丁寧に作り込まれていることを感じさせてくれます。単調になっても不思議でない単純な動作に、2人の葛藤が、言葉少なに表情や動作の重みから伝わってきました。振り返るとあのシーンが物語の分岐点だったように思います。その役割を強く印象に残す演出とお芝居が素晴らしかったです。
はじめは浩輔の援助に妙子も戸惑いながら、徐々にお互いの心地よい距離感を図り、共通の愛する人を亡くし残された者として、2人だけの関係を築いていった。
そして、いつか浩輔と妙子の関係は終わってしまうんじゃないか。そう思わせる随所のミスリード描写が上手かった。浩輔は自分の気の済んだところで援助をやめる、エゴをそんな展開にも集約していくのではと思わされましたが、タイトル「エゴイスト」はそんな表面的で生暖かいものではありませんでした。
終盤、見舞いにくる浩輔が再び息子と勘違いされる所で妙子は「自慢の息子です」と返す。
その言葉を受けたあとの震えながら眉を描く浩輔のシーン、本当に凄かったです。
ラストシーンでは、浩輔の善意に後ろめたさを感じていた妙子が、末期が近いと悟り「まだ帰らないで」と浩輔に声を掛ける。
懺悔の気持ちもあって妙子への援助を続けていたと思います。幼い頃に実の母親を亡くしたことも効いていると思いました。母を重ねていたのかもしれない。そして龍太との関係を無かったことにしたくなかったために。
でも愛情深い浩輔は、妙子のことも愛していた。善意ではなく愛情だと妙子に伝わったと感じられるラストでした。
あの瞬間をラストにしてくださったからこそ、エゴが誰かのしあわせになることも、救いになることもあるのだと思わせてくれました。阿川佐和子さん、包み込むように優しく自然体なお芝居をされていて本当に素晴らしかったです。最上級の評価を受けて欲しいです。
エゴイストという作品が生まれたからこそ、日本のエンタメ業界が前進すると思える作品でした。映画館で見れて良かったです。