ヴィレッジのレビュー・感想・評価
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自分にはハマらなかった邦画。 本年度ベスト級。
予告編がイマイチだったけど、本編も同様イマひとつって感じ(笑)
全ての出来事が表面的で深掘りされていない印象。
観ている観客に考えさせる感じで消化不良。
役者の皆さんは自分の役をしっかり全うしていた感じは伝わって来ました( ´∀`)
23-054
人は変われるはず
評価内訳:横浜流星の美貌と変貌
正直、中身はありそうでからっから。
劇中で覗いていた穴のような映画。深くて見応えありげだけど、なんにも無い。というか、何を伝えたかったのかまるで分からない。雰囲気とキャストでゴリ押ししている感じ。横浜流星の美貌と変貌ぶりに驚かされる、というのが本作の唯一の見どころ。
ストーリーは、「ヤクザと家族」の焼き直しのようで、舞台が寂しげな村になり、ヤクザではなくなったというだけで、ほぼ同じ。あの作品同様、家族への妬みのようなものが描かれており、2連チャンでこのオリジナル脚本は、藤井道人監督の過去を少し心配しちゃう。でも、あの映画よりも物足りないし、メッセージ性も薄い。村八分だとか、家族の犯罪だとか、環境汚染やメディアの怖さだとか、色んな要素を詰め込みすぎたあまりに、一つ一つがすごく弱い。もっとひとつに絞るか、色んな要素を絡ませるにしても、丁寧に深堀できなかったものだろうか。ちょっと想像よりしょぼくてガックシ。
前半とかは普通に面白く、ここからの展開が気になる!と胸が高鳴っていたのだけど、一気にテンポが悪くなったり、駆け足になったり、粗い作りになったりと、後半になってから急にダメダメになる。ストーリーをそんなに詰め込めるなら、せめてキャラクターだけはしっかり描いてよ。完全に役者頼みで、そのキャラにどんな過去があったのかが全く分からず、雰囲気で捉えるしかないという適当さ。何から何まで抽象的な映画で、どうしようもない。
こういう映画にしよう!という目標・目的無しで突っ走った感じが丸見えで、見ている側としては疑問が浮かぶばかり。しかも、テーマには目新しさは一切なく、かなり普遍的だし、かなりご都合主義な展開で現実味がない。村八分を描いた物語だと、綾野剛主演の「楽園」の方がよっぽど上手くできているし、ちょっと作る時期が遅かったかなという印象。もうその手の映画はやり尽くされてない?
ただ、横浜流星は異様なほど素晴らしい。
1つの映画で、ここまで顔を変えられる俳優はいない。すごい変貌よう。ぼっさぼさな髪と髭の姿には惹き込まれるような魅力があり、綺麗に整えると別人のような美貌をもっている。そこから段々と表情は変わっていき、いつまでも観客を楽しませてくれる。あまりに凄い。名優たちの演技も完全に食ってしまうほど凄い。圧巻である。横浜流星による、横浜流星の単独ライブ。開いた口が塞がらない、独走劇。いやぁ、あっぱれ!
横浜流星に救われし映画。
もう、彼の演技で元は取れました。ストーリーが面白くなくても、彼のおかげで大満足。横浜流星はいつまでもトップ俳優でいられると確信できる。相変わらず、役者の良さを最大限引き出せることに関しては、優れた才能を持った監督でした。横浜流星ファンは絶対に劇場へ。
ゴミは棄てるしかない。。。
設定がいろいろおかしくて違和感ありまくりです、その他いろいろ・・・
○設定がいろいろおかしくて違和感ありまくりなのです。
まず、産廃関連施設がショボすぎませんか。
24時間連続稼働できる大規模施設ですよね・・。分別回収場所も小さい屋外仮設・・
話の進行の都合でショボくしたんですかね。おかしくないですか・・・
(話の内容から実在施設の協力得られなかった?ドライブマイカーの描写とは大違い)
次に年間100万人の観光客を惹きつける要素って何でしょう?想像つかない。エンドロールのあとのおまけに関係する?
ほかにも色々あるけど、まあ省略
○最後の村長宅での主人公の行為はどう考えてもやりすぎでしょう。理解できない。
出演者は頑張っているのは分かるのですけど、筋書イマイチというか何を描こうとしているのかよくわかりませんでした。
出演者のファン向けの作品ですかね。
やっぱり藤井監督と横浜流星は凄い
人間は・・・
美しい集落・霞門村(かもんむら)に暮らす片山優はそんな片山の日常が...
美しい集落・霞門村(かもんむら)に暮らす片山優はそんな片山の日常が、幼なじみの美咲が東京から戻ったことをきっかけに大きく動く、、。
優役を横浜、美咲役を黒木華が演じるほか、古田新太、中村獅童 、一ノ瀬ワタル、奥平大兼、作間龍斗、杉本哲太らが顔をそろえる。
罪は、罪。加害者を美化してはならない、、そう思っちゃいました。
面白いけどラストは
三つ子の魂百まで
何か変わったこと。
「捨てる」ということ
予告でサスペンスフルな雰囲気を感じて興味をもち、公開初日に鑑賞してきました。確かにそんな部分もありましたが、全体としては後味の悪さが残り、思っていたのはちょっと違う内容の作品でした。
ストーリーは、犯罪を犯して自殺した父、パチンコと借金に溺れる母のせいで、絶望的な人生を強いられ、昼は村のゴミ処理施設で働き、夜は不法投棄に加担して、なんとか食い繋いでいた青年・片山優は、東京から帰ってきた幼なじみの美咲の誘いを受け、村の広報の仕事に就き、どん底の人生から抜け出すことができたのも束の間、ある事件をきっかけに歯車が狂い始めるというもの。
冒頭で邯鄲の夢が紹介されたことを踏まえると、本作は片山優の人生の浮き沈みを描こうとしていたのかもしれません。また、象徴的にインサートされる能にまつわるシーンは、本心を面で隠すこと、同じ面が並ぶ画一化、それが生み出す村民の同調圧力、村の閉塞感、受け手の自由な発想など、多くのことを暗喩していたのかもしれません。しかし、そのどちらも本作のテーマとして強く訴えかけてくるようには感じませんでした。
むしろ鑑賞後に最も強く印象に残ったのは「捨てる」ということです。本作で舞台となるのは、村の大規模なゴミ処理施設であり、文字通り捨てられたゴミが処分される場所。そして、そこで働く人は、悪いことだと知りながらも夜は不法投棄に手を染める、世間から捨てられたような人たち。
そういう場所と人たちにゴミを押し付けることで、平穏な生活を送る村民。汚いものや不要なものをゴミとして捨て、その行く末を考えようともせず、ただ視界から消えてくれればそれでよいと考えているように映ります。臭いものには蓋をしてバレなければよいと考える村長、優に「おまえはこの村に要らねーんだよ」と罵る透は、その象徴のようでした。
そうして築いたかりそめの豊かさは、問題の露見とともに音を立てて崩れ、今度は村自体が世間から捨てられます。やがて村民自身からも捨てられる日が来るかもしれません。それを早々と実行に移したのが光吉であり、ポストクレジットでの恵一の姿であったのだと思います。村にゴミを捨て、村が人を捨て、最後は村自体が捨てられるとは、なんとも皮肉なものです。
問題から目を背けるだけでは何の解決にもならず、むしろ先送りが最悪の事態をもたらすことは多々あります。本作で描かれるのは小さな村の出来事ですが、一人一人に突きつけられた気がしますし、この国自身の問題だと思えてきます。そういった問題提起をしながらも、本作が何ら解決のヒントも糸口も示さないまま終わることに、胸糞の悪さと後味の悪さを覚えます。
主演は横浜流星くんで、周囲に翻弄される青年の変化を見事に演じています。脇を固めるのは、黒木華さん、古田新太さん、杉本哲太さんらで、イメージどおりの役どころです。中でも、透役の一ノ瀬ワタルさんのハマり具合は秀逸でした。
悪魔の手毬唄を解体し再構築した成功作。
村って何処だ?
面白かった、良い映画だった
悪い所は一点だけ、面白過ぎる所かな?
いや、「面白過ぎる」シナリオ構成で、クライマックスへ向かい、主人公たちの行動がパワーグルーヴしちゃうんすよね。
たぶんコレって、僕達そのものの物語の筈なんだけど、あそこまで衝動的行動されると、僕達の物語からほんの少しカイリしてっちゃう気がして。
この物語の何処かまではたぶん僕達のお話なんですよ。
ヴィレッジ=村ってタイトルですけど、田舎の小さいコミュニティの話しじゃ無いですよ。
学校や、会社、団地マンション、PTA。
1ミリのモラルも無い同僚。保身と建前だけの上司、大衆に身を預け、自分の都合しか主張しない善良な市民。
この映画見れば解るけど、あんな人間何処にでも居る、朝目覚めると、あんな世界に自分が居る。
ヴィレッジで描かれてた世界って、僕達の住んでる世界と同じで、地獄って事なんすよね。
黒木華が「東京から逃げて来た」って話でスタートしてますけど、結局彼女は2回目の地獄を見る訳ですよ。
横浜流星クンも地獄に加担する人生を選ばされる訳ですよ、正しさに気付いても、そこには別の地獄が有る訳ですよ。
エンドロール後に決断をした彼を待つのも、同じ地獄なのかも知れない。
そしてコレは僕達の世界と同じなんだろう。
この映画って、登場人物全員が悪い事してるんすよね。
仕方ない事情も有るんだろうけど、コレも僕達の話しなんすよね。
全員が悪い事をしている、僕も含めて。
暗く陰湿なテーマを掲げラストまで押し切った意欲には脱帽しました。横浜流星が、主人公の変化を、すさまじい演技で見せているところが見どころです。
人の目を気にし、多数派に流れる。立場が下の者に責任を押しつける。同調圧力や不寛容がはびこるムラ社会は、現代の縮図のようです。
「新聞記者」の藤井道人監督の最新作は、人間のそんな愚かな側面を浮き彫りにしていく容赦のない描写に、圧倒されました。本作でもグイグイと作品世界に引き込まれていく力作です。
物語の舞台は、夜霧が幻想的な、のどかな山あいにある霞門村。神秘的な「薪能」の儀式が行われている近くの山には、巨大なゴミの最終処分場がそびえ立っていました。
主人公は、幼い頃より霞門村に住み、美しい村にとって異彩を放つこの施設の作業員として働く片山優(横浜流星)。給料はギャンブルにのめり込む母親が抱えた借金の支払いに追われ希望のない日々を送っていました。
優は、過去に処分場反対派だった父親が起こした殺人事件の汚名を着せられ、事件の汚名を背負い、その罪を肩代わりするようにして生きてきました。そのため村長(古田新太)の息子透(一ノ瀬ワタル)に現場でいじめられても、地獄のような毎日を送っていても、人生の選択肢などなかったのです。
そんな中、7年前に村を出た幼なじみの中井美咲(黒木華)が東京から帰ってきます。美咲も心に傷を抱えているようで、2人は次第にひかれ合っていくのです。
村の広報になった美咲の抜擢で、処分場の案内係となった優は、子供たちの見学者相手に日々施設の説明をしていくなかで、今までの暗い表情から、好青年に変わっていきます。しかし、美咲に好意を寄せる透は優を敵視します。やがて透は行方不明となり、物語は大きく動き出します。
美咲の手助けもあり、優は自信を取り戻し、村の顔とも言える存在となっていきます。それまで「犯罪者の息子」と呼ぶなど、優をさげすんでいた村人の態度が一変するさまが妙に不気味です。鮮烈な映像で、優の成功と転落を映し出していました。特に父が起こした事件や母の借金という負の遺産を背負わされた優の瞳の暗さが強烈です。息苦しい毎日を過ごす若者にとって、ささやかな希望を持つことがいかに難しいかが伝わってきます。同調圧力が強く、権力者への忖度にまみれた村の状況が日本全体を象徴しているようで、ひとごととは思えない一本でした。
また村長親子は陰で不法投棄をビジネスとし、処理施設は経済格差と拝金主義、暴力と搾取の温床となっていました。それが発覚する発端に、霞門村で数少ない薪能の使い手であり村長の弟の大橋光吉(中村獅童)が関わります。彼の職業がボイント。まさに能の使い手だけに、本作の狂言回し的な存在です。
映画は欲望にとらわれ、善悪の境界で右往左往する人間の姿を浮き彫りにしています。村に伝わる「能」の描写とあいまって、終始重い鎖につながれているような感触です。まさに村社会の暗部。その居心地の悪さが愛憎や陰謀が渦巻き、怒とうの展開を見せる最終盤に見事につながっていきました。能の演目「邯鄲」を思わせる物語です。
暗く陰湿なテーマを掲げラストまで押し切った意欲には脱帽しました。
作品ごとに全く違う表情を見せる横浜流星ですが、本作でも優の変化を、すさまじい演技で見せています。感情を表に出せず、葛藤する役柄は実に合っているのです。自身の最高の演技と言っても過言ではないでしょう。ラストショットで見せた表情が忘れられません。
その後、エンドロールが始まっても、席を立たないことをお勧めします。
夢は儚い・・・
とある村の山の上に建設された、巨大なごみ処分場。
そこで働く、優くん。
毎日職場でいじめられ、村民からも犯罪者の子として虐げられる。
そこへ、幼馴染の美咲さんが東京から村に戻り、人生が変わっていく、が。。。
といったあらすじ。
ただ、オープニングの「夢は儚い・・・」の下り。
そして、途中で能の「邯鄲(かんたん)」について、美咲が説明した際に、
エンディングまでのストーリーが頭に浮かんでしまった。
そして、案の定、最期は・・・
感想としては、生きていていいんだ、という希望感まではよかったが、
あとはとにかく苦しい、心が苦しい。
これはこれで、重いテーマの映画でした。
主人公の優を演じた横浜流星、変化が上手に表れ、さすがでした。
幼馴染の美咲を演じた黒木華、自然体でさすが。
自分の立場だけ守りたい村長さん、人として「ごみ」です笑
その村長さんの息子、とおる、もっと「ごみ」です笑
みんなが後ろめたい過去を隠そうとするが、結局ばれて、すべてが無に帰す。
やはり、邯鄲だったのか。
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