1秒先の彼 : インタビュー
岡田将生は“ヒロイン”である――山下敦弘×宮藤官九郎の初タッグで生まれた“男女反転”の仕掛け
何をするにも人より“ワンテンポ早い”女性と“ワンテンポ遅い”男性の“消えた1日”を巡る台湾映画「1秒先の彼女」を“監督:山下敦弘×脚本:宮藤官九郎”の初タッグで日本版にリメイク――この情報が出回ったのは、2022年5月。作品の動向に期待を高めていると、新情報に驚きを隠せなかったことを、今でも覚えている。
日本版「1秒先の彼」は、男女のキャラクター設定を反転!? 主演は岡田将生&清原果耶。一体どんな物語になるのだろうかと首を傾げていると、宮藤のコメントに唸ってしまった。
宮藤「配役で煮詰まり『男女の役を入れ替えるというのはどうでしょう』と提案された時、自分でもなぜだか分からないのですが『ヒロインが岡田将生くんなら、それもアリですね』と答えました。岡田くんには不思議な“ヒロイン感”があると思ったのと、郵便局の窓口に岡田くんが不満げな顔で座っている様が容易に想像できたからです。『で、本当のヒロインは清原果耶さんに当たろうかと』おお! その手があったか! 清原さんなら、この珍奇なファンタジーに観客を自然に誘導してくれそう。生き急ぐ岡田将生とモタモタする清原果耶。一秒先の彼なのか一秒前の彼女なのか。とにかく楽しく書けそうだ」
完成した作品を観てみると、確かに本作は「ヒロイン:岡田将生、本当のヒロイン:清原果耶」という印象。「1秒先の彼女」の良さを抽出しつつ、日本版ならでの魅力もたっぷりと込められている。
今回、主演の岡田、山下監督、脚本の宮藤のてい談を実施。岡田と清原の“ヒロイン”としての素質、リメイクの苦労や撮影秘話を明かしてもらった。
●岡田将生「天然コケッコー」以来のタッグ 山下敦弘監督の“OK”は特別
――本日はよろしくお願いします。まずは、岡田さんに質問させていただきます。山下監督とは「天然コケッコー」以来、16年ぶりのタッグとなりました。今の率直なお気持ちをお聞かせください。
岡田:山下さんは、僕の“最初”を知っている方ですから緊張します。このままずっと良い関係でいたいんです……。
山下監督:(笑)。
岡田:「天然コケッコー」以来、何度かお会いする機会もありましたが、もう何年も前のことです。だからこそ、一緒に映画を作ることができることについては、感慨深いものがありました。
――岡田さんが感じている山下監督、宮藤さんの“特別さ”とはなんでしょうか?
岡田:お二人がいる場で答えるのは、めちゃくちゃ恥ずかしいですね(笑)。山下監督は、本当に特別な存在で「天然コケッコー」以降も「絶対にもう一度お仕事がしたい」と思っていました。それがどんな作品であれ、どういう役であれ、もう一度きちんと向き合いたいという気持ちがあったんです。今回、ハジメという役を現場でお話しながら形づくる作業は、本当に楽しい時間でした。監督が最初に言ってくれた“OK”という言葉は、やっぱり普通の“OK”とは違っていて。「天然コケッコー」の時は、まだ高校生。だからこそ(16年ぶりの“OK”は)特別だったんです。
宮藤さんは、これまでもドラマや映画でご一緒していましたが、脚本が毎回面白くて……読んでいる時に、あんなに声をあげて笑うことってなかなかないんです。ファンです。シンプルにファンなんです。
●宮藤官九郎、岡田将生は「かっこいいのに“なんか不満そう”」
――では、山下監督、宮藤さん、そんな岡田さんの“魅力”を教えていただけますか?
山下監督:初めて出会った時は高校生。それから色々なキャリアを積まれていますが、“あの頃”と芯の部分は変わっていなかった。思い返してみると、当時は僕も必死でした。“少女漫画の実写化”なんてどうすればいいのかわからなくて「わかんねー! 岡田、一緒に“答え”を探そうぜ!」という感じでやっていました。そういう僕の若い頃を知っているという方でもあるので、今回、最初は照れくさかったです(笑)。
宮藤:色々な出演作を観ていますけど、こんなにかっこいいのに“なんか不満そう”なんですよ。自己肯定感が低いんですかね。「俺はどうすればいいんだろう」というものを、なんとなく感じているんです。あと、変な事を書いても、躊躇なくいくらでもやってくれる(笑)。連ドラをご一緒したことが大きいと思うのですが、セリフを書くと頭の中で、岡田君の声&芝居に変換されるようになっているんです。今回の脚本を再考し始めた時、そのことを自覚しました。
●男女反転はなぜ? 宮藤官九郎「岡田君だったらヒロインのままいける」
――台湾映画「1秒先の彼女」のリメイク、どのような形で進んでいったのでしょうか?
山下監督:もともとオリジナル(=「1秒先の彼女」)が好きで、企画自体は面白いなと思いつつも“やったことのないタイプの作品”になるなと。最初の課題は、シャオチー(リー・ペイユー)とグアタイ(リウ・グァンティン)に相当するキャラを誰が演じるのかということでした。
――そこで企画の推進力となったのが「男女の役を入れ替える」ということ。このアイデアを提示された際、宮藤さんは「ヒロインが岡田将生くんなら、それもアリですね」と答えたそうですね。
宮藤:岡田君の顔を思い浮かべた時「設定は変わるけど、ヒロインのままでいいんじゃないか?」と思ったんです。オリジナル版のヒロインは、はっちゃけている部分が魅力的ですが、それを日本人のキャストがやると痛々しかったり、嫌味な感じにならないだろうか……色々考えたんです。そんなこともあって「岡田君だったらヒロインのままいけるな」と思いました。
――以前から、岡田さんに“ヒロインとしての素質”を感じていましたか?
宮藤:感じていました(即答)。
一同:爆笑
岡田:絶対適当に言ってますよね!
宮藤:感じていたんだと思います(笑)。
――確かに、本作は「主人公+ヒロイン」というよりも「ヒロイン+ヒロイン」という印象が強かったです。ヒロインが2人いるという感じで……。
宮藤:そうなんです。結末の変更も含めて、色々なアイデアが出たんですけど、いや、これはいけるなと。ハジメは皆に愛されているんだけど、なぜか「俺の居場所はここじゃない」と不満を抱いている。その点が面白くなるんじゃないかなと直感的に思っていました。最初にオリジナル版を観た時、作品自体面白かったので「楽しみだな」という感じだったんですが、細部を見ていくと「このままじゃできないよね」となりました。日本がもう少し景気が良くて、浮かれてた時代だったら、そのまま作っても許してもらえたのかもしれません。作っていく内にオリジナル版から離れつつも、見終わった後の感覚はそのままにする――これはかなりの離れ業だったと思います。そして、岡田君と清原さんが演じたからこそ、成立した作品なのかもしれない。奇跡的に着地した感じです。
岡田:オリジナル版を観た時、まず「日本で撮影できるのかな」と思いました。監督とも話していたんですが“台湾に行きたくなる映画”なんです。では、日本だったらどこになるのか……そこで“京都”という街を選択しているのが素敵でした。“男女反転”によって、オリジナルをリスペクトしつつも、新たな映画を生み出したような気がしました。
●リメイクのキーパーソンは、ふくだももこ監督だった
――ちなみに“男女反転”のアイデアは、どのように誕生したのでしょうか?
山下監督:企画協力として本作に関わっているのが、ふくだももこ監督(「おいしい家族」「君が世界のはじまり」)。彼女とプロデューサーが基となるアイデアを思いついたんです。なるほど、そういう発想もあるのかと。即採用とはなりませんでしたが、キャスティングで難航している時に、“男女の設定を反転させる”というアイデアが再浮上して、この方向性で考えてみようとなりました。
宮藤:“男女反転”とした時、果たして“女性のバス運転手”という設定でいいのだろうかと考えたことがありました。いないことはないんですけど、少しだけ特殊な事例になってしまう。でも、オリジナル版は「バスを使って、ヒロインを追いかける」というのが面白かった。そんなことを考えていた時に「運転手がもうひとり増えればいいんじゃないかな?」と。辻褄を合わせていくと、色々変わっていくんですよね。そんな時に(バスの運転手役に)荒川君の名前が挙がった。それを聞いて「そうか、普通の人間ではダメだけど、荒川(良々)君ならアリかもしれない。他の人ではだめだけど、彼なら“この世界”に存在できるかも」と思っちゃったんです。
●“人よりワンテンポ早い”をどう表現する?
――岡田さんは“人よりワンテンポ早い”ハジメをどう演じていきましたか?
岡田:監督と話していたのは“ワンテンポ早い”とは、そもそもどういうことなんだろうと。最初はどうやって演じればいいのかがわかりませんでした。早口でセリフをいってみたり、人のセリフに食い気味に被せてみたりとか。試しに色々やってみたんですが、どれもあんまり……。
山下監督:そう。相手のセリフに被せていくと、全然話が進まなくなる(笑)。
岡田:要所要所で早い部分を探っていくことで、ハジメ君のキャラクター像が造られていった気がしています。好きな描写があるんです。勤務先の郵便局では従業員の入口から入らず、お客さんが使う入口を使って入るところ。彼はより効率化を求めていて、人物像をつくるうえで、つかみやすくなったポイントのひとつでした。
――最も記憶に残っているのは、どのシーンでのことでしょうか?
岡田:“消えた1日”での芝居ですね。最初、実際にはやらなくていいと言われていたんです。でも、結局全部自分でやることになりまして(笑)。
山下監督:あれは見事でした(笑)。オリジナル版を観た時、後から処理しているなと感じたところが何カ所かあったんです。そういう方法もあるよなと思っていたんですが……作っていく中でやっぱり人力が良いなと。アナログ感がいいんじゃないかとなったんです。
●清原果耶は“ベテラン”のオーラを放つ 岡田将生「改めて凄い女優さん」
――この場にいないのであえてお聞きしたいのですが、清原さんとのタッグはいかがでしたか? 岡田さんは連続テレビ小説「なつぞら」で兄妹役として共演されていました。
岡田:清原さんは、現場での佇まいが既にベテランの領域で、オーラが漂っていました。現場に入ってきた時から、レイカちゃんという感じでしたし、お芝居をしていても、すごく深く考えて臨んでて。そんな姿を毎日毎日見ていたので、信頼してお芝居ができましたし、改めて凄い女優さんだなと思いました。
――山下監督、宮藤さんは、清原さんのことをどう見ていましたか?
山下監督:そもそも「まともじゃないのは君も一緒」での芝居がすごく良かったんです。岡田君とは年齢差がありましたが、貫禄といいますか、すごく落ち着いているイメージ。結果論ではありますが、ハジメとレイカが正反対の佇まいになったことが良かった。それと清原さんを前にすると、緊張するというか……下手なことを言えないなと思ってしまう。すごく言葉を選んでいる自分がいたような気がしています(笑)。
宮藤:レイカは口数が多いわけではないし、思ったことを言葉にできるタイプでもない。だからこそ演じるのは“黙っているんだけど語っている人”がいいなと思っていて。朝ドラを見ていて、そう思ったんです。物語を感じさせてくれる女優さんだなと。現場で芝居をしている姿を見ていたんですけど、堂々としていますよね?
山下監督:そうですね。堂々とされていました。
宮藤:特に印象的だったのは、飲み屋での光景。数少ない感情を出すシーンです。いわゆる不思議ちゃんになってしまうと痛々しい感じになってしまいますが、全くそうはならなかった。
山下監督:そうなんです。レイカは不思議ちゃんになり得るんですが、清原さんだとそうはならなかった。彼女なりの答えを出してくれたと思っています。
●オリジナル版と向き合ったうえで考えたこと
――オリジナルの台湾版では、ファンタジックな大仕掛けのなかには「人を思い通りにすることができる」という危うさを感じ、そこにヒヤヒヤしたことがありました。チェン・ユーシュン監督に取材した際、その点に関しての“答え”を聞くことはできましたが、その辺りについて議論することはありましたか?
宮藤:オリジナル版の完成度は素晴らしいですし、シャオチーのキャラも強烈でしたから、最初に観た時は全く気にならなかったんです。でも、何回も観ているうちに「なるほど…そういう見方をすることができる」と。結構このあたりの話はしましたよね?
山下監督:はい、そうですね。言われてみればそうだなと。
宮藤:例えば“写真を撮る”ということにだけ終始した方がいいのではないかと。オリジナル版では色々“遊び”も含まれているんですが、それはない方がいいのかもしれないなと。レイカはこだわりを持って写真を撮っているわけですから、もっと真剣にやった方がいいだろうなと。
――実際、本編を観ていると、その懸念が杞憂だったことがわかりました。これは“男女反転”による効果なのでしょうか?
宮藤:反転したことによってというよりは“岡田君と清原さんだから”なのかもしれません。
岡田:最初にオファーをいただいた時、台本よりも先に、オリジナル版を拝見させていただいたんです。その時、実は“男女反転”の話を聞いていなかったので、男性役をやると思っていたんです。ですから、まさに今お話していたようなことが気にはなっていました。“そういう風に見えてしまっている”自分がいましたし、演じる時はどうすればいいのだろうと。映画自体は純粋に面白かったんです。映画的なマジックも感じましたし、伏線の回収も含めて、脚本が素晴らしかった。監督にもお伝えしましたが、30代になったからなのか……ホロっときてしまった。2人の思いが、深く刺さったんです。それで観終わった後に企画書を読んでみたら、日本版は“男女反転”でした(笑)。
――山下監督、チェン・ユーシュンの独特な世界観には“隙がない”ように思えます。リメイクにおいて重視したことを、改めて教えていただけますか?
山下監督:舞台を日本に置き換え“男女反転”と設定を変更するうちに、やはり変えざるを得ない部分というのは生じてきましたし、チェン・ユーシュンの持っている空気感を目指そうとしたんですが……やはり完璧にはできない。例えば、日本版を男女の設定そのままで描こうとした場合、先程問題視していたところが、僕が演出すると一層マズイ感じになってしまう。でも、チェン・ユーシュンが描いていると、そう見えないんですよね。それが凄い。指摘されればわかるけども、そうは見えない。子どもらしくて、無邪気で、それこそピュアなものというか……そういうものは狙って出せるものではないんです。そこまでは到達できないと悟りましたが、僕らなりの描き方を目指そうとしました。
●岡田将生、しみけんのピュアな姿に感化される「共演は本当に楽しかった」
――ありがとうございます。最後に岡田さんに質問させてください。先程清原さんとの思い出をお話していただきましたが、その他の共演者で印象に残っている方はいますか?
岡田:しみけんさんですね。
――しみけんさんは、ハジメの妹・舞が付き合っている“ギャル男”ミツル役として登場しています。
岡田:撮影は2日間。まとめて撮るような形でした。しみけんさんは、今回が初めての映画出演ということで、リハーサルの時も「ものすごく緊張しています」と仰っていました。本当に純粋に“役になりきろう”としていて。「芝居がどうすればよくなるのか」と何度も聞かれていましたし、ものすごくピュアだったんです。その姿にとても感化されてしまいました。自分では忘れていたものを見せつけられたような気がしています。共演シーンは本当に楽しかったんですよね。劇中でコンドームを渡される瞬間は、ちょっと嬉しさもあったり……。
一同:爆笑
山下監督:“チェン・ユーシュンイズム”ではないですけど、下ネタに見えないもんね(笑)。すごく下ネタを言うんだけど、それが下ネタに聞こえない……不思議な無邪気さがある。
岡田:そうなんです。人間性が出ているんだと思います。
――ちなみに、ハジメが“ギャル&ギャル男カップル”と同居しているという設定は、なぜ生まれたのでしょうか?
宮藤:自分よりも年上の妹の彼氏に「おにいさん」と呼ばれているのが面白いなと思ったんです(笑)。あとは、一人暮らしじゃない方がいいのかなと思ったんです。ハジメの周りには、色々な人がいて、振り回されている方がいいかなと。
――確かに、ハジメの“テンポの速さ”は、周囲に人がいることで際立つのかもしれません。
宮藤:あと、オリジナル版では、シャオチーがデートの約束をするのが奇妙なダンス講師ですよね。あんな奴は、日本の俳優がやったら、いかにも怪しい(笑)。なので、同等の存在をストリートミュージシャン・桜子(福室莉音)にしています。キャラクターの設定を、ちょっとずつ日本人にとって“リアル”なものに変換しました。
(取材・文/映画.com編集部 岡田寛司)