人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版のレビュー・感想・評価
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孤高の人だねぇ。一人で登る事が一番♥ でも、キャリア何だよね。
僕の世代では
垂直では長谷川恒男さん見たいな人。
極地では植村直己さん見たいな人。
二人よりも凄い事やって、ご存命なのだから凄い人。
しかし、ピオレドール賞を山野井さんに授けるなら、奥さんの妙子さんにも授けるべきだと思う。
また、アジア系初と言うが、生涯功労賞が初と言う事で、他の分野では日本人でも何人かいらっしゃる。
色々な価値観があるので、誰にどんな賞を授けるかだが、14座全て登攀は日本人には一人しかいないのに対して、韓国人は女性も含めて何人もいる。この映画の中でも、アメリカの登山家が韓国をアジアの代表として語っていた。
韓国の極地法登山と日本の単独アルパイン法登山の違いが見せつけられる。
さて、14座サミッターにリーチをかけた日本人が二人いる。その内の一人が女性。韓国の女性の14座サミッターは眉唾のようで、正式には女性初となるらしい。凄いのは個人の偉業であって、日本人の女性が凄い訳では無いが、日本の励みにしてもらいたいものだ。
羨ましい人ですよ。彼との共通点は奥多摩倉戸山へ昇った事くらい。しかも、彼は熊にもあっている。羨ましい。
孤高の人だねぇ。一人で登る事が一番♥
でも、山岳会なんだよね。経験があるが、山岳会に入っていないと、単独アルパイン法の登山すら出来ない。きっかけがつかめない。行動するにはお金と勇気が必要と言う事。
しかし、彼はマカルー北西壁は駄目だったんだね。
究極の自己満足
『記録を狙って、単独を目指しているのではない。なんか、達成感が凄いんだよ』
自己満足だ♥
日本人は絆が強いと思われがちだが、実は個人主義が強い民族何じゃないかなぁって思っている。少なくとも、韓国人の方がアイデンティティは大きいと思う。だから、極地法で成功する。
【”登山の求道者。”内臓が腐るほどの恐怖を味わいながら、山野井泰史さんが世界最難関ルートを単独初登頂で登る事に拘る訳を描いた未公開ソロ登頂映像満載の、ドキュメンタリー映画。】
■2021年、登山界最高の栄誉といわれる「ピオレドール生涯功労賞」をアジア人として初受賞した山野井泰史。 喜びと挫折を繰り返しながら極限に挑み続けた彼の足跡を、貴重な未公開ソロ登攀映像や妻・妙子への取材、関係者の証言などと共に振り返ったドキュメンタリー作品。 ◆感想・・に余りなってません。 ・山野井夫婦は、高所雪山登山を数々成功(場合によっては、敗退)して来たが故に、指の多くを欠損している。妙子さんに至っては、鼻の一部を失っている。 だが、この人達は高所登山を辞めない。 写っている顔は、笑顔である。 ・学生時代に登山を始め、社会人になって暫くして、辞めた私に取っては、山野井泰史さんは、山の神様どころではなく、別世界の人だと思っていた。 ー 「岳人」「山と渓谷」に掲載される驚異的な登頂記録の数々・・。- ・だが、この作品を見るとお二人の素顔は柔和である。 ■登山を辞めるタイミングとしては、就職、結婚、子供誕生という三つのタイミングがあるが、山野井さんは就職すらしなかったというから驚きである。 更に、山野井さんの登山方法の特徴は、当時主流であった”極地法”ではなく”アルパインスタイル”に徹している事である。 少ない荷物をベースキャンプに担ぎ上げ、速攻で途中ビバークをしながら短時間で頂上を目指すという、リスキーなスタイルである。 ・指が余りない中、クラックにナッツを詰め、ロープを括り付け攀じ登ったり、氷瀑の上をダブルアックスでフリーソロで登ったり、よくぞ今まで登山人生を送って来たものだと驚嘆するが、ご本人が仰るように安全面に特に慎重であるという事に尽きるのだろう。 <50代後半を迎えても、自宅にトレーニングルームを作り、練習を続ける山野井さんの姿は崇高ですらある。 それは、後半口にされる”何事にも代えがたい達成感”を求めての事なのだと思うのである。 何故なら、山野井さんのレベルには遠く及ばない私が登山をしていた理由が正にそうであるからである。 世の中には、凄い登山者が居るモノである。>
甘美
肉体的にも精神的にも山野井さんの真似はとてもとてもできませんが、生と死がせめぎ合うギリギリな部分に取り憑かれてしまうところ、非常に共感できます。私が映画を好きなのも、生と死の疑似体験が映画によってできるからだと思います。ある人にとっては、一度「生死」に触れてしまうと、中毒になってしまうのかもしれませんし、あの圧巻な景色を前にすると、生きているのが不思議に感じるかもしれません。 妙子さんも凄いですが、お母様も凄いです。「危ないから」とか「お金にならないから」とか、子供のやりたいことを止めていた親御さんだったら、天才は生まれないですね。
なりたくないし、なれるとも思わない凄い人
山野井泰史は10歳から登山に興味を持ち、高校の時はアルパイン・クライミング、高校卒業後は、アメリカのヨセミテなどでフリークライミングを行い、その後数々の未踏の山に登攀し、妻・妙子と結婚後も、一緒に新ルートを開拓したりしている。 2002年、ギャチュン・カン北壁の登攀に成功し、下山中、嵐と雪崩に巻き込まれ凍傷になり、両手の薬指と小指、右足の全ての指ほか計10本を切断する重傷を負った。しかしクライミングへの熱意は冷めず、オールラウンドな挑戦を続けている。 2021年にピオレドール生涯功労賞をアジア人として初の受賞した。この人を長年追っかけてきたドキュメンタリー作品。 山登りが好きなので、もちろん山野井泰史さんのことは多少は知っていたが、手足の指をあんなに失ってたのは知らなかった。冬山は八ヶ岳や木曽駒ヶ岳などには登ったことあるが、寒いのが苦手なので、雪山での2日間のビバークなんて想像出来ない。まだ生存されてるのが奇跡のような人だと思った。 凄い人なんだけど、なりたいかと言われれば、なりたくないし、なれるとも思わない。 そんな人だった。
死を恐れぬ潔さに感動を覚えてしまう
山野井泰史は世界で13人だけが受賞しているピオドール生涯功労賞(登山界のアカデミー賞とも言われる)の受賞者。アジア人では山野井ただ一人という文字通りのレジェンド。この映画は1990年代から今日に至るまでの彼を追ったドキュメンタリーである。 ヒマラヤなどの氷壁に挑む山野井の姿に胸を打たれるのはもちろんだが、同じ登山家(クライマー)である9歳年上の妻妙子との夫婦としての生活(凍傷で欠損した指での料理や庭いじりなどの何気ない日常、夫婦でクライミングを楽しむ光景、夫のクライミングをフォローする妻…)も僕には興味深かった。 山野井は20代の頃のインタビューで「死ぬかもしれないという危機感を覚えないクライミングには挑戦する気になれない」と発言している。実際映画の中にたくさんのクライマー仲間が出てくるのだが、その多くが山で亡くなっている。常識で考えればまさにクレイジーなのだが、死をも恐れない、その潔い生き様には感動すら覚える。日常で抱えたさまざまな悩み、心配事がすべてちっぽけなものに思えてくる。 また、雪山、断崖絶壁、山から望む絶景(海、空)を写した映像はあまりに美しい。その壮大な景色は、人間なんてちっぽけな存在なんだという事実を我々に突きつける。
命の手触り
山野井泰史の内面に迫ろうとするドキュメント。山岳映画だと映像美とかどうしても追っかけがちですが、この映画はあんまりそういう要素はなく、山野井泰史に焦点を当て続けています。これはこれで良いですね。「命の手触りに取り憑かれた男」と言うナレーションが妙に印象に残りました。命を見つめることは死を見つめることと表裏一体であるなら、命の手触りとは生と死の狭間にこそ存在しているのかも知れないですね。彼等の領域ともなると登山やクライミングは、最早情熱を傾ける対象とも違うんでしょう。ある種の「業」と言えるのではないでしょうか。「これでもう登らなくて済むからホッとした、かな」と言う発言も、すごく腑に落ちました。
究極のクライマーを知ることができた
登山しないけど、観たいと思った。 スゴイ。面白かった。という言葉ではなく、もっと違う表現したいけど、わからない。 異次元のクライマーの方にとっては、指なんて無くなっても、生きてさえいて山があればなにも変わらないのだなと思った。 指が無くなってもまた登る。怖くても登る。死ぬ恐怖より登りたい心が勝る。 スゴイ。 奥様の凄さも伝わった。
純粋に山が好きなんだ。
今年2作目。 東野幸治さんがyoutubeで薦めていたため観賞。 クライマーが次々と出てくるけど、テロップで〜年どこどこで死亡。という表記が何回も出てくることに静かな衝撃を受けました。 そんななか、山野井さんが生き残っているのは、慎重さと、やはり、恐怖心を持っているからこそなんだろうなと感じました。自分のレベル以上は行かない、とも。 奥さんもチャーミングで素敵でした。 指がないのに餃子作っちゃうところもまた素敵。 文字はどうやって書いているんだろうか。
命を危険に晒すことは、同時に生きていることが輝やくこと
新年、憑き物が落ちたような、さっぱりとした気持ちになりました。まるで澄んだ青空の下、なにもかもから解放されたような。 死がせめぎ合うときの命の手触り。 「あんな孤独感のある、スポーツって他にあるのかな」 「あんな達成感って他のことで得られるのかな」 二つの相反しているような言葉が、登山そのものを物語っているなと思った。 安全な登山なんてないと言ったのはメスナーだったかな。危険で難しい課題だからこそ挑戦したくなるのだから、当たり前ですよね。それは命を粗末にしてるんじゃなくて、生きていることを輝かせてくれること。 なかば自給自足の生活。山野井さんたちほど、自己責任で、自力で生きようとしている人たちっていないんじゃないかな。他の生命ともども、命を慈しんでいる人たちっていないんじゃないかな。 そして、人に与えられた娯楽じゃなく、作られた娯楽じゃなく、地球すべてが遊び場で、自分で見つけにいく。 ほんと、いい!! まさに登山「道」だね。 私も登山をしますが私の「好き」は、彼らの好きの足下にも及ばない。これだけ没頭できるものに出会えた人たちが、本当に羨ましい。 しかし人間というものは他の動物に比べて、肉体的には本当に不器用な生き物だなぁ。
キー局が作るとこうなる典型
期待して見に行ったが、正直肩透かしであった。登山家山野井さんをすでに知っている方には何の新しい情報も驚きもなかった。既存のテレビドキュメンタリー番組を重ねただけの新味の無い型どうりのドキュメンタリー。ジャニーズがナレをしクラッシックのBGMはまるで地上波を見ているようで、劇場で見る必要は無い。作り手の熱も伝わらない。地方局の東海テレビ制作のドキュメンタリーと好対照。どの業界もやはり大手が作るとこうなる典型。
ソロに魅せられた男、あまりに強烈
ソロクライミングに魅せられた男。 飄々とした感じだが、クライミングが好きというブレない軸があるから好感が持てる。 でも世俗的な私からするとかなりぶっ飛んでいる。 指を失っても挑み続ける姿勢に感服。 無くなって太くなった指に対してこんな感情を持つんだという衝撃。かなり新鮮。 そして奥さんはというと彼女もまたぶっ飛んでいる。そんな二人だからこそ波長が合うんだろうなと別次元の関係性に脱帽。 そしてクライミングというあまりに危険な行為。 登場した人物の多くが亡くなっている中、山野井さんが生きて帰ってこられたのは、自分の力量を知り、登頂ではなく登頂して降りてくることを目的としているからか。
冬季"マカルー西壁"は未だに未踏だ。このまましばらく そのままであって欲しいと願う。
登山映画は大好きなので、登山家のドキュメント映画と言う事で、当然観ました。 孤高の人(坂本眞一)、岳人列伝・時間よ止まれ(村上もとか)、神々の山嶺(谷口ジロー)「岳(石塚真一)」といった登山漫画は、非常に好きで、登山系映画でも「八甲田山」「K2」等をはじめ、多々観ているが、 本作は主人公山中さんが存命中であり、このドキュメント映画はリアルだ。 これからも その生きざまを 僕たちに魅せて欲しい。 けして困難な山を登るだけが、"一流の登山家"である証ではないのだから 僕もラストシーンに魅せられて、自分でも描いたシーンがある「モンブランへの挽歌」は、優秀なカルト映画だ。
今年は3作目の登山の映画だ。
「人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版」 2作目の「アルピニスト」は、 断崖絶壁に命綱なしで挑む若き天才アルピニスト、 マーク・アンドレ・ルクレールに密着したドキュメンタリーだ。 それが、 ソロアルピニストなのに偶然に二人で組んだ登山で亡くなってしまった。 そして、この映画公開直前のことだった。 本作の映画場面でも、 山野井さんが単独でなく山を登る場面出てきて怖かった。 クライマーはソロに限る。 それは全ては自己責任だからだ。 甘えは許されないけど、 他人の名誉を守らなくてもいいから、 ソロは全く自由のパフォーマンスができる。 それにしてもチャレンジ前日の興奮と現場での妄想と回想の当人からの話は凄まじかった。 その極限の究極の孤独に打ち勝ち達成した喜びよりも下るルートに身を引き締めて生きて帰ることを注視するところは流石だと感銘した。 アルピニストでも言っていた。 登頂しても生きて下山しなくては成功とはならない。
極限の人、好きなことに没頭できる才能
登山関連の小説が好きで笹本俊平さん、新田次郎さんの作品を読んできたが、実際の登山家のドキュメンタリーは初めてだった。作中に出る登山仲間が次々と亡くなっている状況に言葉を失う。奥さんも世界的に著名な登山家で底抜けに明るく、泰史さんを支える姿にほっこりする。
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