マイ・ブロークン・マリコのレビュー・感想・評価
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やさぐれ永野芽郁が良い
突然、何の前触れも無く大切な人がこの世から居なくなった喪失感は、まさに人生の滅亡を感じます。
しかも、自らの手で断を下した結果となれば尚更だと思います。
その喪失感とどう向き合って生きていくか?
やけっぱちになって後を追うのか?
それとも生ける屍、魂の抜け殻の如く生きるのか?
人間は都合の良い動物で、忘れると言う方法で多くの痛みから逃れる術を持ち備えていると聞いたことがあります。
歯を食いしばって頑張りましょう💪
ラストシーンでの主人公の泣き笑い、あの手紙には何がしたためてあったのでしょうか❔
【”シイちゃん、助けてよ・・。”今迄の役柄とは大いに異なる”哀しきやさぐれキャラ”を演じきった永野芽郁と、”虐待され続けた女性”を演じた奈緒の演技が光る作品。鎮魂の旅を描いたロードムービーでもある。】
ー ブラック企業で働くシイノ(永野芽郁)、と幼い頃から父(尾美としのり)に虐待され続け、心が半分壊れてしまったマリコ(奈緒)は、幼い頃からの親友。
マリコは、キツイ日々をしいちゃんに手紙を書く事で、心の均衡をギリギリ保っている。
そんなある日、しいのは、マリコの転落死を知り、彼女を幼い頃から虐待して来た父が、直葬された事に憤慨し、包丁を持ってマリコの実家に乗り込み、遺骨を奪う。
そして、マリコが生前行きたがっていた”まりがおか岬”に、”二人”で旅に出る。-
◆感想
・最も驚いたのは、永野芽郁さんのそれまでの清純派的な役柄とは大きく違う、やさぐれキャラを演じきった姿である。
ブラック企業の上司に対する言葉遣い、マリコの父へのドスの効いた啖呵(劇中では、マリコの姿が被る。)。
ー ”こんな演技が出来るんだ!”と驚くとともに、女優としての幅が広がった事を眼にし、素直に嬉しく感じる。-
・奈緒さんも、虐待され続けて、心が半分壊れてしまった女性を、あの柔らかな存在感を保ちつつ諦観した表情で、演じている。
ー マリコが、幼い頃から心の頼りにしていたシイちゃんへの想い。それは、そのまま多くの手紙となってマリコの手元に残っている。-
・シイノが、マリコの遺骨を持って、”まりがおか岬”へ向かうシーン。バスの中で会った少女と、軽く会釈するシーン。
ー これが、後半に効いてくるとはなあ・・。-
・シイノが旅先で出会ったマキオ(窪田正孝)が、どこか影がありながらも、シイノを何度も助ける姿。
ー ラストで分かるのだが、彼も又、一度は自殺しようとした故の、優しさであろう。彼が、シイノがひったくりを追いかけた後、遺骨の傍にずっといたシーンでシイノに言った言葉。”だって、これは置いておけないでしょう・・。”
そして、”もういない人に会うには、生き続けないと・・。”とシイノに話しかけるシーンも良い。-
<ひったくりを捕まえるために、”まりがおか岬”から飛び降りたシイノに残された、ひったくりに追われていた少女からの綺麗な文字の手紙。それを、今までにない柔らかな笑顔で読むシイノ。
そして、駅でマキオが差し出した弁当(マキオ、本当に良い奴である。)を列車が発車する前から豪快に食べ始めるシイノ。
シイノは、そのままブラック企業に戻り、退職届を上司に破られながら、営業活動に戻る。
きっと、彼女はこの鎮魂の旅で、更に強く、優しき女性になったのだろうなあ、と年配の女性の家にセールスに行った姿を見て思った作品である。>
亡くなった親友との約束の旅
永野芽郁さんと奈緒さん共演だけでも注目の作品。
急に親友を自死で亡くなったことを偶然テレビで知ることになった主人公を永野さんが演じたが、今までのイメージと払拭した役で、大変だったと思う。
トレーニングでタバコを4ヶ月吸っていたそうだが、小学生から吸っている前提なので、所作を身につけるのは苦労しただろう。
魂の叫びに涙が誘われた。
奈緒さんは笑顔が似合うね。
スピード感もよく、いい映画なんだけど、
最後がやはり残念。
顔の表情の移り変わりで想像せよということなんでしょうけど、、
世界はどうしようもないことばかりだと残酷な真実を告げ、いくら心配しても届かないことがあると切り捨てながら、それでも生を肯定するのです。
残酷な現実を生き抜く 主役の親友同士の女性2人のうち、片方は開巻時点でこの世にいなくなっています。生き残った片割れが、遺骨を奪い、それを抱いで旅をするという、ひとりきりながらの「2人旅」。生と死を往還するロードムービーといえそうです。後ろ向きだけどポジティブ、重くて暗いのに見終わって元気が出るという不思議な作品。タナダユキ監督の力作です。そんな親友の死と向き合う主人公を演じるのは永野芽郁。こんな彼女の役側はこれまで見たことがありませんでした。朗らかで純真なイメージを封印し、やさぐれた顔で、柄の悪い話し方をするのです。優等生の裏の顔を見せられた気もしましたが、今を生きる若い女性の生々しい感情をさらけ出してくれました。
ブラック企業の営業職シイノトモヨ(永野芽耶)は、小学校からの親友イカガワマリコ(奈緒)が投身自殺したことをニュースで知ります。マリコは幼い時から父親(尾美としのり)から虐待され、彼氏から暴力をふるわれてきました。そんなマリコをシイノはずっとかばってきたのです。シイノは包丁を持って、マリコの実家を急襲し、父親の元から遺骨を奪い、マリコが行きたいと言った東北の「まりがおか岬」を目指すのでした。もうこうなったら、勤務先のことなんてどうでもよくなり無断欠勤。「クソ上司」からの着信も当然の如く無視するまででした。
物語は簡潔。シイノは岬に向かって突っ走ります。そして途中で引ったくりに合い無一文に。偶然であったマキオ(窪田正孝)という釣り人からお金を恵んで貰えたものの、その金で泥酔してしまい、港の小舟の中で眠るこけるのでした。シイノ自身がかなりブロークン(壊れている)のようです。
「マリコはなぜ、最期に一言も残さなかったのか」。その言葉を探し、旅に出たシイノは、遺骨と心中するような道行きだったのです。はたしてシイノは親友に「裏切られ」、1人残され、行き場を失った悲しみを乗り越える術を見つけることはあるものなのでしょうか。
「百万円と苦虫女」などを手がけたタナダユキ監督は、そんなシイノの姿を通し、行き場を失った悲しみにのたうち回る姿をまざまざと描きだしたのです。重い展開ですが、永野が演じるとカラッとした肌合いも残り、時に痛快にも感じます。ただ良くも悪くも、物語はシイノとマリコの関係に集約されていきます。その中で、彼女たちを追い詰める家族の事情、ブラック企業の描き方は紋切り型に見えてしまいました。
シイノの思いを描きだす彩りは複雑です。旅の道すがら回想場面が挿入されて、マリコとの太くて強いつながりが明らかになってゆくのです。思い出すのはつらいことばかり。マリコは長年父親に虐待され、さらにクズ男たちとわかっているのに自ら飛び込んで、ボロボロにされるのです。
シイノだけが頼りですが、壊れかけの自分を直しようがありません。孤独なシイノもマリコだけが世界をつなぐよすがなのに、目の前でリストカットするマリコを面倒くさがってもいたのです。それでも心温まる瞬間もあって、共依存の関係が切なく浮かび上がります。
思いが迷走し、勝手に死んだマリコが許せなくなったシイノは、自らも岬から飛び込んで死のうとしたとき、マキオがまたまた偶然現れて、シイノにさりげなく手を差し伸べるのです。シイノの迷いを晴らすのは、素っ気ないが親切な彼が示すシンプルな真理でした。「死んじゃダメ」と。
岬近くでのマキオとシイノの距離感を保った会話は胸に刺さる言葉があふれていました。切れ味鋭く人の弱さや悲しさを射抜く言葉があり、人の気持ちを穏やかに包むセリフも良かったです。シイノの鬱屈と激情が増すほどに優しさが際立ち、ふたりの静かな語り口の背後にのぞく切なさや強さが心に染みました。
タナダ監督は、世界はどうしようもないことばかりだと残酷な真実を告げ、いくら心配しても届かないことがあると切り捨てながら、それでも生を肯定するのです。「いない人に会うには生きてるしかない」のだと。その点がなんだかよくわからない『LOVE LIFE』の深田晃司監督とは大きく違うところでしょう。
永野が、たばこをふかし鼻水を垂らして泣き叫ぶ、粗野で直情のシイノを好演。マリコのはかなさと危うさを体現した奈緒とともに、映画に血肉を与えました。この岬の場面は過剰な演出を感じましたが、どっぷりと感情移入できたのは、ぶれない脚本とそれを生かした演出の力だと思います。
【ここからネタバレあり】
終盤、岬でマリコの遺骨が快晴の空に舞うのを見るときのシイノのアップ。背景を光るススキで埋めています。この場面、ロケハンでタナダ監督は逆光のススキに魅了され「撮る」と決めていたそうなんですが、季節が移ってしまい、現地で集めたそうです。
旅の終わり、駅でマキオに「ご恩は一生忘れませ」と神妙なシイノは、電車に乗るとマキオが用意してくれた弁当にかぶりつきます。そのマキオが別れを惜しんでいるというのに、弁当にがっつり集中。やっと電車が動き出してから、シイノは手をちょっと振ってあいさつしたことでなんとか救われた気分になりました。これがシイノの愛想なんて無関係な持ち昧なんですね。
もう一歩踏み込んでほしかった
予告でなんとなく内容を知り、永野芽郁さんと奈緒さんの共演ということで朝ドラ「半分、青い。」を思い出しながら、期待して鑑賞してきました。率直な感想としては、二人の演技は期待どおりのすばらしいものでしたが、内容はもう一歩踏み込んでほしかったかなという印象です。
ストーリーは、子供の頃からの無二の親友・イカガワマリコの自殺を知ったシイノトモヨが、マリコを虐待していた父親から彼女の遺骨を奪い、彼女の弔いと自身の心の穴を埋めるように出た旅すがら、マリコとの思い出を噛み締め、もう一度自分の人生と向き合っていくというもの。
序盤でトモヨの今の境遇、亡くなったマリコの生い立ちと二人の関係が、回想を交えてテンポよく描かれ、作品世界にすんなりと誘われます。予告で観た遺骨強奪からの逃避行、遺骨のマリコと対話しながらの小旅行、ふと蘇るマリコとの思い出の数々から、トモヨの傍にはいつもマリコがいて、それはマリコが遺骨になろうとも変わらず、トモヨの目には今でもしっかりマリコが映っていることがうかがえます。
回想が重ねられる中で、マリコが受けた虐待の酷さ、それがその後の人生に与えた影響の大きさ、トモヨへの異様なまでの依存などが明らかになってきます。一方で、そんなマリコを疎ましくも憎めず、本気で寄り添うトモヨの姿も浮き彫りになっていき、二人がどれほど互いを必要としていたかが痛いほど伝わってきます。でもそれは単なる友情というより、自分の価値や存在意義を確かめるよう関係性にも見え、たまらなく悲しかったです。
そんな大切な存在であるマリコを失った悲しみや喪失感を味わったトモヨが、一人ぼっちになった人生とどう向き合っていくかというところで終幕。余韻をたっぷり残した終わり方です。おそらくマリコの思い出を胸に精いっぱい生きていくのだと思いたいし、できればそこまでを描いてほしかったとも思いますが、こんな終わり方も悪くはないです。
ただ、悲しみに暮れてうちひしがれたトモヨを、窪田正孝くん演じるマキオが絶妙な距離感で支えるのですが、出会いの偶然が過ぎてもはやストーカーか何かかと思えるほどで、ここだけは違和感を覚えました。ひょっとして自身の経験からトモヨを気にして、ずっと跡をつけていたんでしょうか。
主演は永野芽郁さんで、割れたスマホに届く「クソ上司」からの着信をガン無視し、タバコをふかしながら周囲に悪態をつく姿はとても新鮮でした。でも、いつものかわいらしさは滲み出てしまっていたように感じます。一方、共演の奈緒さんは、死んだ魚の目をしたぶっ壊れマリコを見事に演じきっています。「あな番」でもそうでしたが、役が憑依したような彼女の演技は秀逸です。
2人の女優の存在感が光る
これまでのイメージを覆すような、ハスッパでヤサグレた永野芽郁には、やはり、違和感を感じざるを得なかったが、それでも、友を亡くした悲しみや寂しさ、彼女を救えなかった後悔、自分を残して逝ってしまった友に対する怒りといった様々な感情をうっ積させ、時に爆発させる彼女の存在感には圧倒された。
対する奈緒も、弱くて愚かな一方で、粘着質で面倒くさいキャラクターに、見事に息を吹き込んでいる。
主人公を励ます謎の青年に何度も巡り合う偶然や、思わぬところで引ったくり犯と再会する不自然さが、まったく気にならなかったのも、彼女たちの圧倒的な存在感があったからだろう。
ラストで、友が遺した手紙を読む主人公の表情からは、友の人生が決して不幸なだけではなかったことと、主人公が、ようやく前を向いて生きていく気になったことが窺われるが、だったら、もっと早く、手紙を読む機会があったらよかったのにとも思ってしまった。
やさぐれ永野芽郁ちゃん
完成披露上映会にて
舞台挨拶で永野芽郁ちゃんが感極まり涙を見せるから、映画観る前からウルウルでしたが、試写で奈緒ちゃんが号泣したと言う程泣かせる映画では無かった。
舞台挨拶で映画への熱い思いを語っていたから、思い入れが強かったんだろうな。
原作は未読。永野芽郁ちゃんがオフィシャルイメージとは正反対の役と話題になっていたけど、私的には全く違和感なし。
親からの虐待、壊れていく親友と内容は結構おもいので、永野芽郁ちゃんのシイちゃんで緩和されている様な気もする。奈緒ちゃんのマリコは怖かった。
予告編から永野芽郁が飛ばしてました。
本編では芽郁ちゃん浮いちゃうんじゃないかなぁと心配してましたが、杞憂。曇天の空の下、この重たく、救いのない話しを前へ前へと進めていったのは間違いなく永野芽郁の頑張りでした。
原作を読んでいないのでオリジナルのシイノトモヨは分かりませんが、強いけど強そうに見えない、大丈夫じゃないけど大丈夫そうに見える、特別キレイでもスマートでもクールでもない綿菓子系の永野芽郁の配役がハマっていました。本人の意志とか責任とかと無関係に現在の境遇にたどり着いた感がでてます。
明日原作買いに行きます。
シイちゃんが増えるといい
ハードな友情の描き方が良かった。私自身がこういう邦画をあまり観たことがないのでわからないのですが、女性のハードボイルドものは作品数がもっと増えてもいいと思います。
マリコの様に若年層の自死の原因は親の虐待が多いんだと思う。だから、シイちゃんの様な女性が増えると救われる子も増える。闘わないとですね。シイちゃん、昼食にラーメン屋でビール飲むのがさまになるなあ。
寄り掛かっていたのは…
マリコの境遇は幼い頃から悲劇的なものであるが、おそらく主人公シイちゃんもまた恵まれた境遇ではなかったのだろうと推測できる。
つまり、マリコとシイちゃんは似ていたといえる。
しかし肝心なところ、大丈夫か大丈夫じゃないかのところで二人は違っていた。
ところどころでシイちゃんを頼るマリコはとても弱い存在に見えるが、自分で違う道も模索できる力は持っている(彼氏をつくるとか)
シイちゃんに依存しているかに見えて、実はそんなに依存していないのだ。
しかし、その道でもマリコはひどい目に合うわけで「大丈夫じゃない」状態が限界を突破し、自ら命を断つこととなる。
一方のシイちゃんは、マリコほどではないにしろ良好とはいえない環境の中で生きてきた。
作中で更に悲劇的なことが起こっても、どこまでいっても「大丈夫に見える」
それはシイちゃんの中にある闘う意志が大丈夫に見せているように感じる。
彼女の闘う意志とは、一番に「マリコを守る」ことにあったように思える。
つまり、本当に支えられていたのはマリコではなくシイちゃんの方だったともいえる。
シイちゃんがマリコに依存していた。
この作品はマリコのためにシイちゃんが闘う最後の物語で、シイちゃんがマリコへの依存から抜け出す物語。
法も犯し危険なこともして、最後の闘いらしく無茶をしまくるシイちゃん。
しかし、何もかも捨てたつもりでいても、意外と何事もなかったかのように元の生活に戻っていく。
どこまでいっても「大丈夫に見える」
シイちゃんの一番の望みであった「マリコを守る」ことはできなかったけれど、マリコがシイちゃんの中に浸透したように思えるエンディングのシイちゃんは「大丈夫に見えた」
主演の永野芽郁はほわほわしたイメージがあって、そんな役しかできないように見えるけれど、彼女は中々の演技派で、荒ぶったシイちゃんをうまく演じていたと思う。
「地獄の花園」でもうまく演じ分けていた。
むしろ、海辺で倒れていても大丈夫に見えてしまうというのは、イメージ以上に強そうに見える人なのかもしれない。
トモヨとマリコの関係性が素敵な一本
<映画のことば>
「何かがあって、この町に来たのかも知れませんが、ヤケになってはダメですよ。風呂に入って、よーく寝て、ちゃんとメシを食わないと。人間、ろくなことが考えられなくなります。」
「そりゃあ、そうかもね。」
「ご自分のこと、大事になさって下さい。」
<映画のことば>
考えたんですけど。
もういない人に会うには、自分が生きてるしかないんじゃないでしょうか。
あなたの想い出の中の大事な人と、あなた自身とを、大事にしてください。
父親の再婚相手が届けてくれたのは、トモヨに宛てたマリコからの最後の手紙だったのでしょうか。普段はチャット並みの早さで既読になるはずのLINEは未読のままだったことと思いますけれども。思わぬところから「返信」があったということのようです。
遺書にも代わるようなその手紙を読んで、その内容に笑むことができるほど、トモヨとマリコとは親(ちかし)いというか、気のおけない、ざっくばらんな付き合いだったことが、偲ばれました。評論子には。
その関係性に、胸が熱くなるのを禁じ得ません。
トモヨは、きっと、その思いを胸に、したたかにマリコの分まで生きていくことでしょう。今も。これからも。
そんなことにまで思いを致してくれた本作には、評論子には、充分に秀作としての評価が当てはまりました。本作は。
(追記)
もちろん、本作のモチーフはマリコという女性とトモヨという女性…二人の女性の関係性にあることは疑いがないのですけれども。
しかし、マキオは、意外と重要な役割を果たしているのかも知れないと思いました。本作の中で。評論子は。
(評論子が本作の中から拾うことのできた「映画のことば」は、奇しくも、どちらもマキオのセリフでした。)
つかぬことを言いますが、本作のマキオは、実在したのでしょうか。
人物としては、一応は描写されてはいるのですけれども。映画作品としての本作の中で。
しかし、案外にマキオは、トモヨの自問の(架空の)相手だったと、もし仮定したら…。
トモヨ自身の思考の反芻として、自然に、これらの「映画のことば」が拾えたように、評論子には、思えてなりません。
そんな点も、観終わって、評論子には印象的な一本になりました。
生きててよかった
弔いの旅のキィアイテムだった「手紙」
手紙を読みながら思い出しては怒って泣いて
自分にはアンタしかいなかったのに
アンタには自分がいたのに
もう会えないんだ
一緒に死んでやってもよかったのに
と怒っていたシィ。
でも、死ぬって簡単じゃなくて
死んでも会えるはずもなくて
「もう一度会うには生きてるしかない」
の言葉で少し我にかえる
あっという間に日常は戻ってきてしまう
でも、、
生きてたから会えたね。
2人にしかわからないものがそこにはあって
目には見えない"絆"がみえた
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シィちゃんと同じくらい安心する人を見つけようとしてたけど、シィちゃんと同じような人はいなくて、もう治せないくらいに感覚が麻痺してしまっているから
シィちゃん以外の人は誰がいい人なのかもわからない
マリコはいっそのことシィちゃんだけのマリコになりたかったのかな。
手紙の内容は想像してみたけどできなかった。
簡単に想像できるものでもないし
簡単に他人が言葉にしていいものでもない
ラストのシーンだけは
手紙の内容がわからないようになっていたのは
最適な締め方だと思う。
言葉にすることで2人だけの絆を
2人の想いや傷みをわかった気になってはいけない
ただ、2人はまた会えたんだなと思った。
「もう一度会うには生きてるしかない」
という言葉はこれまで聞いたことがなくて
最初はピンとこなかったけど
最後でこういうことかなと。
登場人物皆が痛々しい
自殺した親友の遺骨を毒親から奪って逃げるという強烈なストーリーに独特な空気感。
シイちゃんもマリコも登場人物みんなが痛々しい。共感できるわけではないのにセリフや行動がなんだか刺さるしぎゅっとなった。
子どもの頃からやさぐれてたシイちゃんとメンヘラのマリコ。2人を演じた永野芽郁と奈緒もよかった。奈緒ってなんでこんなにメンヘラ役が上手いんだろう(笑)
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