生きる LIVINGのレビュー・感想・評価
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仕事と云うは、生きることと見つけたり‼️
武士道と云うは、死ぬことと見つけたり❗️
『葉隠』なんて難しい本、まだ読んだことないのですが、あまりに有名なこの言葉になぞらえて言うならば、タイトルのような感じがします。
生きていることを実感する時ってどんな時なのか。
あらためて考えると意外と難しい。
たとえば…
・何かの事故に遭って九死に一生を得た直後
・志望校に合格した時
・スポーツや何かの競技で優勝した時
・運命の人と出会えた時(その後の継続性はともかくとして😄)
・家族や親しい人の死に遭遇した時(悲しみの中でも自分は何者かによって生かされていると感じることがある)
・絶望感で死にたいと思う時(絶望するほどに、今生きてることを認識している)
でも、そういうイベント的な出来事のことではなくて、小さな達成感、小さな満足感、小さな誇り…
そういう経験が出来ること、それが〝生きる〟ということなのだと思います。
特別でない、ごく平凡な人間でも、〝仕事〟の中にそれを見出すことはできます。というより、やろうと思えば仕事の中でそういう感情を味わうチャンスは誰にでもあるし、逆にやろうと思わなければ〝ゾンビ化〟する、ということです。
現実的なことを言えば、より豊かな生活をしたければ、ささやかな満足感を味わうよりも、一種の負い目(これって本当に顧客のためなのか?)を感じながら数字をあげたり、組織の環境に合わせたり(広義のゾンビ化)したほうが早道なことが多いのではないでしょうか。半沢直樹的な振る舞いが、組織の中で報われることはなかなか厳しいと思います。
そういった意味では、この映画における〝生きる〟とは、年代的には個人差はあるけれども、いわゆる〝晩節〟における過ごし方について、あなたはどう思うのか?どういう態度で臨むのか?を問いかけているように、私は思います。
自分の働きで、どこかの誰かが抱える切実な問題が解決に向かうのならば、確かに、『怒ってる時間はない』。
深刻な状況にある人たちの環境改善を実現させるのが本当の良き仕事であるならば、余命があろうがなかろうが個人的な感情を爆発させるのではなく、決定権限のある人を動かす努力をすることのほうが遥かに優先順位は高い。
現役の会社や役所における仕事、ボランティア、自治会的な仕事(たとえばトム・ハンクスのオットーのような)、どんな形でも社会との関わりは必要です。
個人的な趣味だけで〝生きる〟を実感するのはやはり難しく、もしかしたら、私のこの仕事がどこかで誰かの役に立てているのかもしれないと思える社会的な関わりはとても重要です。
そう考えると、(社会に参画できる)人生の足切り基準が75歳という発想がかなり現実的な気もしてくるのがなんだかゾクッとします。
静寂で優しく、それでいて力強い作品
物語で印象に残ったもの。
帽子と傘。
ウォータルー駅、役所、雪景色の公園…。
“死”というものに直面した時、人は何を思い、何をするのか。
物語はウィリアムズの部下・ピーターが電車に乗車するところからスタート。役所勤めのウィリアムズが余命宣告を受け、ゆっくりと物語は進んでゆく。
余命宣告を受けたその晩、ウィリアムズの前に人生で幸せだった瞬間が次々と浮かんでくる。
自分のルーツであるスコット民謡を歌うシーンには目の奥が熱くなった。
はて、自分が余命宣告されると同じようになるのだろうかとか、いろいろ思いを巡らせたり…。
働くとは、恋をするとは、生きるとは…。
ウィリアムズの生き様を通して、観る人たちはそれぞれどう考えるのだろうか?いささか哲学的な作品でもある。
絵が美しかったなぁ。特に最後のシーンはため息が出るほどに。
海辺のリゾート地のシーンも個人的に好き。
生命力に溢れたダンサー、マーガレット…。
静かに涙が溢れる作品です。
忠実再現
どんな脚色がされるかと思っていたが、想像以上に原作に忠実だった。
日本とイギリス、島国という共通項からか、違和感なく入り込めた。カタブツの公務員は、さすがに紳士の国で、みなスーツでバシッと決めていてカッコいい。だが、机に山積みの書類と、倦怠感の漂うオフィスは、昔の役所というイメージは日本と変わらない。
冒頭は少しだけ味付けされていて、列車通勤に部署の新人が加わるところから始まる。確か原作はそんなくだりはなかったような。原作では、たらい回しのお役所仕事が当たり前の職場。それが普通の毎日で、ワタナベ課長は自分を無くしてほとんど生きていない、とかいう説明から始まっていたような。
初老の公務員が、突然のがん宣告を受ける。当たり前の日常が急に意味のないものに感じ、生きる意味を見つめ直す物語だが、その過程が場所がイギリスというだけで、ほぼ原作をなぞる。酒に溺れてみたり、若い女性を追ってみたり。最愛の息子にはなかなか真実を話せない中、職場に行く気にもならず、ふらふらと行き惑う初老の男性の悲哀というか、戸惑いが上手にまとめられていて、物語に引き込まれていく。彼の求めるものは見つかるのか、余命をどのように使うのか。改めて、ハラハラしながら観ることができた。
コロナ禍から常態復帰しつつあるこの頃。マチネーに観て、柔らかにカツを入れてもらうのに、丁度良い作品。
生きるとは、ミスターゾンビになっても甦って社会に貢献することとしよう。
黒澤明監督の名作映画「生きる」を、
ノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚本によりイギリスでリメイクしたヒューマンドラマ。
1953年、第2次世界大戦後のロンドン。
仕事一筋に生きてきた公務員ウィリアムズは、
夢の紳士となって定年前にマンネリな日々を過ごし、
自分の人生を空虚で無意味なものと感じていた。
そんなある日、
彼はガンに冒されていることがわかり、
医師から余命半年と宣告される。
手遅れになる前に充実した人生を手に入れたいと考えたウィリアムズは、
仕事を放棄し、海辺のリゾート地で酒を飲んで馬鹿騒ぎするも満たされない。
ロンドンへ戻った彼はかつての部下マーガレットと再会し、
その彼女にミスターゾンビと字名を付けられ深く納得するのだった…
そんな彼が残っている時間の全てをあることに情熱を持って邁進する回顧録。
それにしても、
何にも知らされていない彼の子息の立場は一生辛いものとなるだろう…
最後のブランコでのスコットランド民謡は良かったが、
雪の場面の発泡スチロールの融けない雪に、
三人の男の脂乗った顔面はいただけなかった。
まあ、
ロンドンの昔のよく出来た情景に費用を掛け過ぎたのかな。
黒澤監督なら絶対しないことではある。
^^
イシグロカズオは少し難しいかな、村上春樹を絶賛してたことあったよな...
イシグロカズオは少し難しいかな、村上春樹を絶賛してたことあったよな、
黒澤明なんて理解できるかな、なんて思いながらも、見てみました
そしたら、そんな心配は無用だった
何かがすっごく共鳴しちゃって、途中からもう号泣につぐ号泣
いろんなところでいちいち引っかかり(←良い意味で)、
琴線触れまくりで、しばらく引きずりそうです
ナナカマドの木の歌を覚えたいと思い、検索したら、
ゲール語(?)が難しすぎて、音マネすら無理と判明、、、
オリジナルに対する敬意は感じるものの、オリジナルを超えようとする気概は感じられない
黒澤明の「生きる」との一番の違いは、新人の市役所職員の視点が加わったところだろうか・・・
彼は、若い女性職員とともに、主人公を最も理解する人物として描かれるが、それだけでなく、主人公が彼に遺した手紙によって、この映画が伝えたかったことも分かるようになっているのである。
ただ、彼は、ほとんど、公園作りに情熱を燃やす主人公の姿しか見ていないはずなので、もっと、お役所仕事にどっぷりとはまっていた「ゾンビ」の頃の姿も見せるようにするべきだったのではないかとも思う。
その他の部分は、舞台がロンドンに変わっただけで、時代背景も、市役所等の設定も、途中から回想になる構成も、極めてオリジナルに忠実に作られているという印象を受けた。
これは、「生きる」に敬意を表しているということなのだろうが、その一方で、はじめからオリジナルを超えるつもりはなく、超えようとする気概もなかったのだとも思えてしまう。
いかにも英国風の端正で格式のある映画にはなっているものの、さっぱりとした薄味の印象で物足りなさが残るのは、そうした気概が感じられないからなのかもしれない。
2022年。オリバー・ハーマナス監督。黒澤明監督「生きる」をリメイ...
2022年。オリバー・ハーマナス監督。黒澤明監督「生きる」をリメイク。ノーベル文学賞のカズオ・イシグロ脚本。死んだように生きていた役場の課長が余命宣告を受け、人生を楽しもうとするができず、仕事で人々の役に立とうと思い立つ、という話。
原作をロンドンに移し替えてかなりの程度忠実に描いている。主人公の死後、原作では葬儀の場で毀誉褒貶、喧々諤々の議論があったと記憶するが、それは葬儀から帰る汽車の中での同僚たちによる静かな振り返りに置き換わっている。いずれにせよ、物語の大筋は変わらないので、古今東西、官僚制の責任逃れと虚無感に襲われない人生の楽しみの見つけにくさと社会変革は身近な一歩からという発想とが共通しているということだ。黒澤版「生きる」によって70年前に全人類にその思想が普及したのでなければ。
どこかで感動したかといわれるとつまってしまうが。
勤勉すぎるぞ、都会人
【”人生の情熱を死を目前にして取り戻す。”閉塞感溢れる現況下、このリメイク作品が公開された意義は大きい。イギリス紳士を演じたら、矢張りビル・ナイである。リリカルなピアノも今作の趣を高めている。】
ー オリジナルと比較するのは止めようと思いながら、映画館へ。だが、オリジナルに可なり忠実に、カズオ・イシグロ氏は脚本を書いていた。オリジナルへのリスペクトなんだろうな。ー
■ストーリーは巷間に流布しているので割愛するが、印象的なシーンを記す。オリジナルとの比較も含めて。
・胃癌により余命半年を告げられたウィリアムズ(ビル・ナイ)が当てどもなく海岸の町のカフェで劇作家の男と会い、彼と歓楽街を回るシーン。
ー オリジナルと同じだが、彼が歌ったのはスコットランドの民謡”ナナカマドの木”である。朴訥とした、良い歌である。-
・ウィリアムズが市役所に行かずに、同僚だった活き活きとしたマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)と高級な喫茶店で交わす会話。
ー 市役所では、仏頂面の彼がマーガレットの前では朗らかに笑う。綽名のシーンもオリジナルはミイラであったが、今作ではゾンビである。成程。-
・ウィリアムズが自分の病状を息子には上手く伝えられないが、マーガレットには真実を告げるシーン。
ー ”私は息子を愛している。だが、彼には彼の世界があるんだ・・。”-
・そして、オリジナルと同様に彼の葬儀の後に、通勤列車の中でウィリアムズの部下たちが、彼が町の主婦たちから懇願されていた公園を熱心に作る姿を語る言葉。そして、その再現シーン。
ー 大雨が降る中、泥水の中に入り現地現物で公園建設場所を確認するシーンや、部署間の壁を越えて交渉するシーン等は、沁みるなあ。-
<雪降る中、公園のブランコに座り、満足気な顔で”ナナカマドの木”を歌うウィリアムズの姿は、矢張り沁みる。
作中に随所で流れるリリカルなピアノも、今作の趣を高めている作品である。>
英国らしい上品な作品に仕上がった。
素敵な死に様
行動力!
寿命が近いので最後の仕事の爪痕を残したのか?
そうでなければ、行動しなかったのか?
いずれにしても行動力ある人でないとできない仕事だったと思う。
仕事での行動力はチームワークが必要
1人では良いものが作れない
メンバーとのコミニケーションが必要
仕事できる人だったんだなと観てました。
(ひとりごと)
よく、他の人の意見を取り入れすぎると自分の考えがブレると指摘する上司がいるが、私はそう思わない、そう言う上司に限って、最初から人を選んでいると思う
部長の意見は取り入れるが、平社員の意見は聴かない。
人には必ず優れた能力が一つあると思い、新入社員、アルバイト社員からの意見も耳を傾けこれはっと思うことは試し行動することが大事で失敗や成功からアレンジし自分のモノとして知識にいれる
意見を言葉にして出させる環境・コミニケーションが大切だと思う
そして、作り出したモノが誰かの役に立てられれば嬉しい
普段から相談されたことを考えずに他人に振る・無回答するような人は、いくら行動しても良いモノは作れないと思う
ジェントルマンの傘と帽子
とても美しく上品なイギリス映画だった。冷たい雨、雪、でもその後に必ず訪れる美しい春。喧騒のロンドン。ウォーター・ルー駅。男性は帽子に傘。上司の葬儀の帰りの電車のコンパートメントはファースト・クラス。役所でも貴族が力を持っている階級社会。
そういうイギリス社会で、単調な仕事をなるべくさぼり、未決の書類の山を脇に案件たらい回しの役所に勤める役人を私はうまく捉えられなかった。要するにミスター・ウィリアムズはかっこ良すぎて言葉づかいも十分にジェントルマンだった。情けない感じもなく、彼の同僚や部下も十分にジェントルマンだった。
美しいイギリス映画であること、ミス・ハリスが若さと生命力に溢れていること、音楽が効果的であること、それは文句なくとても良かった。ただ黒澤の「生きる」を見ていないにも関わらず、志村喬、ブランコ、ゴンドラの歌の三つが私の頭にこびりついて追い払うことができなかった。大戦勝利国のイギリスと敗戦国の日本、戦後ようやく5年と少しの両国。その背景と「生きる」を切り離して普遍的なこととして見ることが私にはできなかった。
ダイジェスト
オリジナルでは、主人公のうだつの上がらない小役人を志村喬が見事に造形した。彼の「決意」による感動は、あの風貌だから増幅されたのだろう。さて、ビル・ナイである。端正な英国紳士の風貌で、いかなる渡辺勘治を演じてくれるのか、楽しみである。
と、書いてから観終わったが、概ねオリジナルのストーリーからは逸脱はしていなかった。まあ、当たり前だが。で、ヤクザは出てこなかった。渡辺の肝の据え方を描いていた部分だったのだが残念、というか英国ではムリか?。オリジナルは2時間半あったが、こちらは1時間40分ということもあるか。ブランコはあんなにカットを割っていたっけ?オリジナルを見直さねば。
私には難しかった
恋せよ乙女、昼行灯
黒澤作品と比べるのは酷だが後味抜群の良作
3/24、試写会にて。
黒澤明監督の1952年作「生きる」を、ノーベル賞作家カズオ・イシグロ氏の脚色(㊗️アカデミー賞脚色賞ノミネート)によりリメイク。
舞台が1953年のロンドンに移されたものの、物語はオリジナルに忠実だった。
余命宣告された市役所市民課の課長の絶望と再生の物語。お役所仕事を痛烈に批判するのも黒澤流。
ただしテイストは大きく異なる。
ここにあるブリティッシュ・テイストが好きだった。終始優しい演出が心地良かった。
40代半ばのギラギラした志村喬さんが70歳のビル・ナイに置き換わったことも大きい。死に直面した悲壮感が少なかった。
イシグロ氏の黒澤作品へのリスペクトと母国となったイギリスへの愛情溢れる、そして㊗️アカデミー賞主演男優賞ノミネートのビル・ナイの抑えた名演が光る、後味抜群の良作だった。
ただし黒澤作品にあった強烈なインパクトがなく、小ぢんまりとまとまった感じは否めないかな。
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