劇場公開日 2022年6月17日

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「重なり合うねじれの位置」恋は光 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0重なり合うねじれの位置

2022年6月19日
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馬場ふみかが唐突にアイスカフェオレを頭からぶっかけられる。カメラはスローモーションで飛沫の一粒一粒を捉え、背後では優雅なBGMが流れている。あまりにも突飛で唐突な演出で本編は幕を開ける。それはこれから始まる映画が並大抵のメロドラマとは一味も二味も違うことを予示している。

理屈っぽく話下手な西条くんの周りにはなぜだか多種多様な美女が集まってくる。それだけであれば萌えアニメにありがちなご都合主義ハーレムに過ぎないはずなのだが、全くそう見えない。

というのも4人の男女の間に流れる空気が、既存の人間関係の間に流れるそれと全く様相を異にしているからだ。現実であれば決して交わらないはずの人々が、ここでは当たり前のように融和している。

思えば小林啓一の作品では、オタクと非オタクがほとんど弁別されることなく混じり合っている。両者の間には明らかに思想的・嗜好的な差異があるというのに、小林作品の中の登場人物たちにとっては、それらは取るに足らない些事であるようだ。

本来であれば中学数学で言うところの「ねじれの位置」を成すはずの人々が縦横無尽に相互干渉し合う、という点では小林作品はある種のファンタジーだ。しかし映画の記述文法としては明らかにリアリズムの傾向がある。言うなればファンタジーとリアルの不安定な綱引き状態。このなんともいえない浮遊感こそが小林作品の真骨頂だといえる。

受け手を突き放すアートともヘコヘコと盲目的に頭を下げるエンターテイメントとも異なった摩訶不思議な映画空間を作り上げるのがこの人は本当にうまい。

ズラしの文法を駆使することで物語が平凡なメロドラマに堕してしまうことを冷笑的に回避する一方で、本当に重要なところでは登場人物に「ちょっと待って、今なんか言われたら茶化しちゃいそうだから」と判断を留保させるだけの良識がある。この良識ってやつが大事なんですよね、軽んじがられがちですけど。

それにしても西野七瀬の演技がよかった。ともすれば痛々しい負けヒロインに転じてしまいかねない場面でも、薄っぺらい激情や強がりに逃げ込むことなく、真正面から落ち込む。なおかつオタク的な「萌え」に接収されないだけの自律性と高潔性をも有している。もっと演技が見てみたいと思える名女優だと思う。

「恋は光」というタイトルも素敵だ。なぜ「恋の光」ではなく「恋は光」なのか、そのあたりの意味やら意図は是非皆さんの目で確かめていただきたい。

因果