大河への道 : インタビュー
中井貴一&立川志の輔 次世代へ伝えるべきこと、伝えたいこと
立川志の輔の新作落語「大河への道-伊能忠敬物語-」を映画化する「大河への道」が、5月20日から封切られる。令和の現代劇と江戸の時代劇が展開される今作では、主演の中井貴一、松山ケンイチ、北川景子らキャスト全員が、異なる時代を生きるキャラクターを1人2役で演じている。映画化への道程について中井と志の輔に聞いてみると、実に味わい深い口調のふたりから奏でられる“言の葉”は時を忘れるほど豊かなメッセージとなった。(取材・文/大塚史貴)
「花のあと」の中西健二監督がメガホンをとり、ドラマ「JIN-仁」「ごちそうさん」の森下佳子が脚本を担う今作は、初めて日本地図を作った郷土の偉人・伊能忠敬を主人公にした大河ドラマの開発プロジェクトが立ち上がった千葉県香取市役所で、担当に任命された総務課主任・池本(中井)が引退した大物脚本家・加藤(橋爪功)を口説くところから物語は動き始める。加藤は脚本開発の最中、忠敬が地図完成の3年前に死去していた事実が発覚してしまう……。片や1818年、江戸の下町。忠敬の志を継いだ弟子たちは地図を完成させるべく、一世一代の隠密作戦に乗り出す。
志の輔が新作落語として作り上げた物語は、香取市の伊能忠敬記念館をたまたま訪れた際、忠敬の作った日本の地図の正確さ(衛星写真の日本列島との誤差0.2%)に驚がくし、その偉業を称えるべく全く新たな視点の落語として仕立て上げ、2011年に初演。この落語に胸を突き動かされ、「何としても映画化したい! 自分は裏方でも構わない」と思い至ったのが中井だった。
■落語では絶対に描くことが出来ない素敵な映像の芸術(志の輔)
「目は口ほどに物を言う」というが、志の輔の落語で耳に響くセリフの妙味が魅力のひとつであることは疑問を差し挟む余地がない。映画では、ここに役者たちの雄弁に物語る眼差しが加味され、知的好奇心を更に満たしてくれるものとなっている。原作者として本編を観て、志の輔は何を思ったか――。
志の輔「私の落語をどう映画化するのか、まったく想像がつきませんでした。脚本をいただいてから第2稿、第3稿と推敲されたものが20冊くらいになると、様々な異なる視点が入り、どんどん洗練されていく。脚本家の方って凄いなあと思いました。落語家が『あっという間に10年の月日が流れまして』と言えば、簡単に10年流れるんですよ。映画だって、字幕で『10年後』と出せば10年後かもしれないけれど、人の気持ちが変わっていくさまを丁寧に描いているし、落語に登場しない人物も効果的な形で登場する。脚本家の方はよくぞ、この人物を思いつかれたなあ……と感心しました。
そして、一番は草鞋(わらじ)の果たす役割ですよ。落語に草鞋は出て来ませんが、これは非常に映画的で、見事に伊能忠敬という人に成り代わっている。草鞋を視覚的に表現して流す感動の涙というものは、落語では絶対に描くことが出来ない素敵な映像の芸術ですね。そして嬉しかったのは、落語として『ここで思わず“ああ、泣けるなあ”』と思った同じところで泣けたのは、向かうべきところを脚本家の方も認めてくれたんだなあと、ありがたく思っていました」
■伊能忠敬は調べれば調べるほど、大河になる!?
一方、企画にもクレジットされていることからも、主演・中井の今作にかける思いは並々ならぬものがあることがうかがえる。かねて時代劇を日本の文化、伝統として後世にも残したいと強い思いを抱き、「このままでは時代劇にまつわる文化が日本から消えてしまうかもしれない」と危惧。だからこそ「どうしたら多くの人にもっと時代劇を観てもらえるか」を模索し、「大河への道-伊能忠敬物語-」と出合うことになる。中井にとって、今回の映画化に際し最も難儀したのはどのような部分だったのだろうか。
中井「師匠に映画化させて頂きたいとお願いを申し上げたら、『いやいや、無理ですよ』と電話でおっしゃったんです。師匠流のお断りの仕方なのかと思ったら、『中井さん、落語を映画化するなんて無理ですよ。俺たち、嘘つき放題ですから』と(笑)。落語はひとりでやるものなのに対し、僕たちは相手役がいて芝居をする。ひとりで作る間と、ふたりで作らなければならない間は違うんだということを理解しました。
僕がどうして映画にしたい! と思うようになったかというと、師匠の落語には相手役がいるからなんです。(落語の代表的な登場人物)八つぁんと熊さんが出て来るんだけど、それぞれが互いの間を持っていて、人格が存在しているんですよ。名前だけは存在しているけれど人格はひとり、というのと、ふたりの人格がそこに存在しているような話し方というのでは全然違う。それで、映像が浮かびやすかったのでしょうね。
師匠にはお許しをいただき、脚本家の森下さんとは現代劇と時代劇を、タイプスリップを使わずにきちんと分け、成長時代劇として日本人の所作の美しさ、良心をしっかりと訴える。また現代劇では、コメディであるということを貫きたいという話をさせて頂きました」
しかし、2度目の打ち合わせの際、森下氏が意外なことを言い出したという。
中井「劇中に登場する脚本家・加藤(橋爪)と同じように『わたし、書けないです』って言うんです。『え? 書けない? なんで?』と聞いたら、『いろいろ調べさせて頂いたのですが、伊能忠敬は大河になるんです。この映画は伊能忠敬は大河にならないって話じゃないですか。でも調べれば調べるほど、大河になる人なんです。NHKからオファーが来れば、わたし書けます。なんなら2年でもいけるかもしれません』と(笑)。それで、大河にはならない、出来ないという話に変えないといけない。脚本家の設定も、若かったりすると『いいから黙って書きゃいいんだよ。チャンスなんだから』と言われれば、書かざるを得ない。だったら設定年齢を年配の一過言ある大御所みたいな人に置き換えて、その人の思想で書きたくないって事にはならないかな? というところから始まったんです」
■「型を崩す」ことと「型を残す」こと
落語の話術で「10年後」へ飛んでしまえる部分を、映画では埋めていく作業が必要になってくるため、観ている観客に「?」がつかないよう脚本は丁寧に改稿を重ね、実際には約60冊、期間としては4年に及んだという。労を惜しまずに脚本開発に時間を要したことも奏功し、本編は時代劇、現代劇ともに役者の芝居という余白にまで配慮した完成度の高いものとなった。
映画メディアに身を置く人間からすると、愚直なまでに地図製作に粉骨砕身する人々の姿は、否応なしに京都・太秦と時代劇を取り巻く状況と重ねてしまうものがあった。時代劇を製作することが難しい時代に差し掛かって久しいが、これを一度でも止めてしまうと再始動は容易なものではない。ふたりに、文化や伝統の継承という側面でいま戦っていることを聞いてみた。
中井「歌舞伎をはじめ能、狂言、文楽、落語といった古典芸能というのは、ある型を叩き込まれていくわけです。そこから型を崩し、型破りというものが生まれてくる。僕たちの仕事というのは、型がない。何十年も前に時代劇を撮っていた監督についていた助監督が『俺はあんなの撮りたくないよ』という気持ちになり、自分が監督になった時に崩して撮る。そこについた助監督も『俺はあんなの嫌だ』と崩して撮る。そういうことを続けていくと、型が残らなくなるんですね。
型が何だったのか分からなくなってくると、ただだらしのない型なしの時代劇だけが残って、日本人の所作の美しさも残らなくなってしまう。僕が最も危惧しているのはその部分で、型があるからこそ皆が自由に破れるという基準を残していかなければいけないと思っているんです。いずれ、時代劇に関連した所作の本を、分かりやすい漫画みたいな形で出版したいと思っています。それを後世に残していきたい。それが、僕らみたいな途中から出てきた文化、映画産業の型のひとつを残すことになるのかなと思っています」
志の輔「落語では、江戸落語と上方落語というものがあります。江戸落語というのは古典がほとんどで、江戸っ子のそそっかしさ、気風の良さみたいな話が中心になりますから、江戸っ子が分からないと始まらないわけです。いま東西合わせて落語家は1000人いると言われていますが、そのうち700人近くが江戸落語を生業にし、江戸っ子のスピリッツを伝えています。私の師匠である立川談志は、『それが落語だ、江戸の風を吹かせるのが落語』と言い続け、弟子に入ったわたしは『その通りです』と、師匠から薫陶を受けながら頑張ってきたわけです。
ただ、ある時に『おまえは落語で何を言いたいんだよ』と言われたことがあって。それで自分の言いたい事を落語にしていこうと決め、新作を作るようになりました。新作の舞台はほとんどが現代ですが、大事なものとして日本人のスピリットを入れていきたかった。江戸落語は正統でやっていらっしゃる方がいますから、立派に残っていきます。そんな中で、きちんと型を持ちながら、日本人を語る落語家がいてもいいじゃないですか。僕は、弟子の中からジャパニーズスピリットを持つ、視野を広げた新作を作れる、型の上に乗っけていけるような人材がひとりでも多く出て来てくれたら嬉しいなあと思っているんです」
■日本映画の良き歴史のバトンを次の世代へ(中井)
中井は昨年、俳優生活40周年を迎えた。1981年に「連合艦隊」で銀幕デビューを飾ってから、これまでに積み上げてきた出演本数は70本を超える。主演からバイプレイヤーまで確かな演技力で、日本映画界に欠かすことの出来ない存在となり、若手からも慕われている。映画という世界で生きる後輩たちに、いま伝えたいことを聞いてみた。
中井「どんな世界でもそうなのかもしれないけれど、若い人たちの方が優れていると思うんです。僕たちにあるのは経験値くらいのもので、新しい発想力や瞬発力は若い世代にかなわないし、彼らがエンタメ界を背負っているわけです。
ある意味で言えば、先輩たちから見たら僕らもそう思われていたのかもしれませんね。こうして年齢を増すごとに思うのは、師匠もおっしゃっていましたが、自分が日本人である誇りを持たねばならない……という強い意思を持つようになるんです。海外で撮影した経験なども踏まえ、僕らが自分の国に対して誇りを持たなければ一体誰が持つんだろうって。国民にしか、誇りは持てないのですから。
私たち世代がいましなければならないのは、後輩たちから刺激をもらいながら、時代劇など日本映画の良き歴史のバトンを次の世代にきちんと渡していくこと。そして若い世代にお願いしたいのは、コロナやコンプライアンスなど、制約が増えている中でも、それにめげることなく、どんどん糸を紡いでいき、挑戦をしてもらいたい。それが唯一、経験値を積んだ役者として言える事でしょうか」
中井の話に聞き入っていた志の輔が、新作落語「大河への道」を書いたのは、忠敬の偉業を称える気持ちとともに、落語人口の裾野を広げるためという意味合いも多分に含まれていたのではないだろうか。これまでに新作落語を20作以上手がけてきたなかで、胸に抱く矜持について話してもらった。
志の輔「芝居や映画を観に行くって大変なことですよね。ましてや雨なんか降っていたら。それでも出かけて来てくれるわけです。『ああ、今日来て良かったな』と喜んでもらえる落語をやらないことには……。『来なきゃ良かった。家でCD聞いてりゃ良かったな』と思われたんじゃ、お客様に申し訳が立たない。そういう思いだけは、お客様にさせたくない。『今日来て良かったな』。この思いだけを必ず持って帰ってもらえる高座をやれよと自分に言い聞かせてやっているつもりなんです。『嘘つけ、おまえ、ムラがあるだろう』と言われりゃ、あるんですが(笑)。
ただね、『色んな事情を抱えた人が出かけてきて、目の前に来てくださるということが本当に大変なことだと、おまえが一番知っているだろう!』って気持ちになるんですよ。面倒だなあ、何もこの日じゃなくても良かったな、と思いながらも、観終わったあとに『来て良かった! よくぞ、この作品と出合えた』という喜びを皆さんに感じてもらいたいから落語家をやっているわけです。そうでなきゃ、機械的なものを売ってりゃいいわけで、生でやるというのはそういう事ですよね。ですからいつもお客様には『申し訳ないですが、お出かけください。お出かけくださった方にしか得られないものを用意しているつもりで頑張っていますので』と一生懸命に言い続けていますね」
中井の「そうなっていると思いますよ!」という絶妙な一声が出たところで、タイムアップとなった。ふたりの切なる願いに呼応するかのように、実に幅広い個性が結集した珠玉の112分を堪能してもらいたい。