劇場公開日 2022年6月3日

「目立たぬエピソードに込められた思い」機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0目立たぬエピソードに込められた思い

2022年6月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 基本的にはオリジナル版と同じ内容だが、元々が30分のアニメなので、それを2時間弱にボリュームアップするために設定とエピソードが幾つか追加されている。そのため、予めオリジナル版を観ている層でも色々と違いを比較しながら新鮮に楽しめると思う。

 ただ、舞台設定や各キャラクターの説明などは一切省いているので一見さんにとってはやや厳しい内容かもしれない。アムロの回想で過去が一瞬だけフラッシュバックされるが、初見の人にはこれだけでは分かりづらいだろう。

 監督はテレビシリーズのキャラクターデザインを手掛けた安彦良和。氏はそのテレビシリーズをリメイクした「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」の総監督も務めており、本作はその流れから製作された作品と考えられる。

 とはいえ、何故に「ククルス・ドアンの島」をリメイクすることになったのか。観る前はそこが非常に不思議だった。
 オリジナル版は本筋とは余り関係のない話で、こう言っては何だが当時でもファンの間では余り話題にならなかった番外編的な作品である。作画的にも粗が目立ち黒歴史扱いされており、ガンダムシリーズでも決して人気が高いエピソードとは言い難い。それを改めて現代に蘇らせた意味とは何なのか?それが最大の謎だった。
 しかし、映画を観終わってその疑問は解消された。今回の映画版「ククルス・ドアンの島」には安彦監督の強い思いが込められているような気がした。

 まず、本作はいわゆる戦災孤児の話でもある。
 ドアンと共同生活をする子供たちが置かれている状況は実に悲惨的なものである。しかし、そんな悲しみを感じさせないほど、彼らは慎ましやかな暮らしの中で夫々に助け合いながら活き活きとした表情を見せる。子供たちの数はオリジナル版よりも大幅に増やされており、彼らが強く生きる姿は安彦監督が今作で描きたかった最大のポイントだったのではなかろうか。

 今作で強く感じたトピックはもう一つある。それは脱走兵であるククルス・ドアンの過去を大きくクローズアップした点である。彼はジオン軍のサザンクロス隊の元隊長で、戦災に晒される市民の姿を目にして戦場から遠ざかる決心をした。そのサザンクロス隊が彼を追いかけて島に上陸してくる。サザンクロス隊は今回の映画のために新しく作られた設定で、それによってドアンの過去に具体的な奥行きが生まれることとなった。そんなドアンが子供たちを守るためとはいえ再び戦いに身を投じていくのは、一度血塗られた過去は決して消すことが出来ないということを如実に物語っている。

 このように、この「ククルス・ドアンの島」という作品には、テレビ番組の1話分だけでは描き切れない普遍的で重厚なメッセージが隠されているのだ。安彦監督はそれをリメイクという形でブラッシュアップしたかったのではないだろうか。そう考えると、本作が製作された意図というもの理解できる。

 映像についても、もちろん大幅にクオリティアップされている。先述したように、オリジナル版は作画に粗があったが、それを逆手に取ってドアンが搭乗するザクのデザインがオマージュされていたのは秀逸だった。3Dで表現された戦闘シーンは迫力と重々しさが感じられ、2Dで描かれたキャラクターは安彦良和らしい温もりが感じられた。この二つが違和感なく融合していたところは感心するばかりである。

 ヘビーなテーマながら、かなりユーモアを配した作りになっている点も今回のリメイクの特徴だろう。島での日常シーンには、ある種児童映画的なテイストも感じられ、おそらく子供が観ても親しみやすいように敢えて確信犯的にやっているのだろう。
 但し、クライマックスの戦闘シーンに一部ユーモアを取り入れた点はいささか戸惑いもあった。

 キャストはオリジナル版の声優が少なくなってきており、かなり刷新されている。主人公のアムロ役の古谷徹やホワイトベースのクルー、カイ役の古川登志夫は当時と変わらず馴染んでいた。そのほかの新キャストも概ね違和感なく聴けた。

 音楽も刷新されているが、一部で当時のものをアレンジしたものが流れてきて懐かしく感じられた。

ありの