劇場公開日 2022年12月2日

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あのこと : インタビュー

2022年12月7日更新

「映画を見た男性が卒倒した」中絶が違法だった時代、大学生の命がけの闘いをリアルに描く「あのこと」監督&主演女優に聞く

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今年10月にノーベル文学賞を受賞したフランスの作家、アニー・エルノーの自伝的小説が原作で、2021年・ベネチア映画祭金獅子賞を受賞した「あのこと」(公開中)。法律で中絶が禁止されていた1960年代フランスを舞台に、望まぬ妊娠をした大学生の12週間にわたる闘いを、主人公アンヌの目線からリアルに描いた作品だ。来日したオドレイ・ディワン監督とアナマリア・バルトロメイに話を聞いた。

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<あらすじ>
労働者階級に生まれたアンヌは、貧しいながらも持ち前の知性と努力で大学に進学。未来を掴むための学位にも手が届こうとしていたが、大切な試験を前に自分が妊娠していることに気づく。中絶が違法とされる中、アンヌは解決策を見いだすべく、たったひとりで奔走する。

――アニー・エルノーの小説は、主人公が60年代の体験を振り返る物語ですが、映画は観客がアンヌの身に起きた出来事を追体験するような構成です。まずは、映画化の理由を教えてください。

ディワン監督:私自身が妊娠中絶を経験し、それを機にアニー・エルノーの小説を読みました。私が経験した合法的な妊娠中絶と違法だった時代の厳しさ、その壮絶さの差に私は興味を持ったのです。そしてエルノーに会い、この映画について説明しました。外部からアンヌを見つめるのではなく、アンヌになりきって、エルノーの小説の延長線上にあるような、そんな映画を作りたいと話しました。

――映画化にあたって、アニー・エルノーから注文やリクエストはありましたか? 今やフランスを代表する作家の作品を映像化するプレッシャーはありませんでしたか?

ディワン監督:彼女からの注文は何もありませんでしたが、シナリオを読んでもらって、時代背景や描き方に間違いがあった場合にそこを指摘してもらいました。

私は偉大な作家の作品を映画化するということは、原作を裏切るリスクがあると気づいたのが遅かったのです。ですからそのことを考えずに映画を作りました。主人公のアンヌが常に自由を求めていたことに何より惹かれたのです。知的な自由、性的な自由など、自分の自由は何としてでも勝ち取りたい、そういった姿勢に心打たれました。

アニー・エルノーの受容のされ方も時代と共に変わっていきました。最初はジャーナリストたちから無視されていましたが、今では学校の教科書にも取り入れられ、彼女の声がより多くの読者に届いています。

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――現代とは異なる時代を生き、たったひとりで困難を背負ったアンヌを演じるのは難しかったと思います。20代のあなたはどのようなところに共感しましたか?

バルトロメイ:脚本を読んで、私と同じような年齢の女性が、かつてこのような苦労をしていたことを何も知らなかった自分に怒りが湧きました。また、中絶が違法であったことの不平等性への怒りもありました。原作者のアニー・エルノー、そして若い女性の苦しみとの闘いを描いています。今の時代でも、世界のどこかで苦しんでいる女性がいるわけですから。未だに口に出すことがはばかられる、そんなタブーのような作品に参加したいと思ったのです。

――正視するのがつらくなるような痛みの表現があります。どのような演出をされたのですか。

ディワン監督:中絶が違法の時代に行われた処置の痛みについては、私もアナマリアも未経験のことなので、共に研究しました。監督と女優がパートナーとして、あのシーンを作りました。お互いが鏡であるようにアクションをし合って、それを見ながらどうするかを考えていきました。

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――現在のフランスで広く選択されているような、経口妊娠中絶薬を用いてより安全に、身体への負担を軽微に済ませる処置は、日本ではまだ認可されていません。

ディワン監督:今回、日本の取材を受けて初めてその状況を知りました。妊娠中絶が合法というだけで納得するのはではなく、実際どういった状況で許可されているのか――それは日本だけではなく、どこでもしっかり考えられなければいけないと思います。

――今回の映画に出演した経験はどのようなものになりましたか。

バルトロメイ:撮影前の私はただの若い女の子でしたが、終わった後に女性になっていた――そんな気分でした。アニー・エルノーという女性はとても自由で、その自由を主張し、全うした女性です。そんな彼女が描いた人物を演じたので、私にとって糧となる豊かな経験でした。自分が大きく成長したと思うのです。この映画で受け取ったものを今後も大事にしたいと思います。

――世代を超えて、女性の共感や支持を得られる作品だと思います。男性からはどのような反応がありましたか?

ディワン監督:フランスでも、ヨーロッパのいくつかの国でも映画を見て気を失った男性がいました。(妊娠中絶が)こういうことなのだと、全く想像していなかったと言っていました。上映後に私とアナマリアが卒倒した男性を介護せざるを得ないような状況もあったんです。

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重いテーマの作品であるが、姉妹のような仲の良さで、ときおり冗談も交えながら取材に対応してくれたふたり。撮影中も、明るい雰囲気の現場だったそう。

最後に、女性であることで理不尽な思いをしたことはありますか?と尋ねると、バルトロメイは「ノン」とひとこと。その回答を受けて、ディワン監督は「それは、ラッキーなこと。私は仕事の世界、監督としては今でも(男性社会と)闘っています」という。長編2作目の本作がベネチア受賞など高く評価されたことで、「より自由を得ることができた」そうで、レア・セドゥを主演に迎える新作「エマニエル夫人」のリメイク版も注目されている。「賞を得たことで、展望が開け、以前より声を聞いてもらえるようになりましたが、並行してプレッシャーも大きくなりました。『エマニエル』は来年の9月にクランクインです」と語った。

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