劇場公開日 2022年11月18日

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「過去を引きずる者たち」ある男 bunmei21さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0過去を引きずる者たち

2022年11月19日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

芥川賞作家・平野啓一郎の原作の映画化。原作は、発刊当時に既読。ほぼ同じ展開でストーリーは流れる。平野作品からは、人にはいくつもの顔がある『分人主義』の様な考え方が感じ取れ、大どんでん返しや山場となるクライマックスがあるわけではなく、モノトーンの淡々とした描写ではあるが、人の内なる心情や葛藤にスポットを当て、心動かされる印象が強い。

そんな平野作品を、ヒューマンタッチな映像を得意とする、石川慶監督が、『愚行録』でもタッグを組んだ妻夫木聡を主演に、演技派の安藤サクラ、窪田正孝、柄本明等の俳優陣を揃えて映像化している。人々心の奥底にある願望と現実の狭間を、切なく、哀愁が漂う物語として仕上げている。

我が子が病死したことで、悲しみに暮れて離婚をし、実家に戻った里枝。そこに、林業に携わる大祐が現れて恋に落ち、再婚に至るシーンから物語は始まる。新たに子供も授かり、幸せな日々を送っていた最中、大祐は、仕事中の不慮の事故で死んでしまう。そこに、大祐の兄が供養に訪れるのだが、その遺影を見て、「これは大祐ではない」と言い切る。里枝が愛した男は、いったい誰だったのか…?そこから、大祐と名乗った『ある男』の正体を巡っての、ミステリーとしての謎が深まっていく。

その謎解きの調査をするのが、且つて里枝の離婚調停をした弁護士・城戸。城戸は、『ある男』に関わってきた、様々な人々を辿って、話を聞く中で、正体に近づいていく。そこには、已むに已まれぬ、幼少期のトラウマや育成環境等が混在して、『ある男』を生み出している過去と繋がりが、明らかになっていく。

主演の妻夫木聡は、在日朝鮮人としての宿命を背負う中、その葛藤と重ねる中で、『ある男』の調査にのめり込んでいく弁護士を演じている。安藤サクラは、乱れ髪を直しながら、哀しみを湛える演技に、女の色気を感じずにはいられない、相変わらずの安定感のある名演技。窪田正孝も、過去を引きずり、孤独さの中に猟奇的な影が見え隠れする青年役は、ハマリ役。そして、懲役囚を演じた柄本明の妙演もまた、大変印象深い。

人は、置かれたシチュエーションや相手次第で、その場に応じた様々な自分となる。それが自然な立ち居振る舞いとして赦され、受け入れて生きていくものであると、訴えかけてくるようなラスト・シーンだった。

bunmei21