余命10年のレビュー・感想・評価
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一生に一度の大恋愛に振り切って欲しかった。
◼️この映画のジャンルについて
この映画は、どうくくればいいのか、余命もの 難病恋愛もの。
さまざまな見方がある。
難病恋愛ものは、セカチューに代表されるように愛する人が難病でした。と言う男性目線の物語が定席。君の膵臓をたべたい、君は月夜に光り輝く 桜のような僕の恋人 などはその系譜でいずれの物語も男性は恋愛経験ゼロ、他人に興味なし、地味だけれど、自分の内面には相手を思いやる芯があり、そんな彼が一目惚れや、その他の動機で一生に一度の初恋をして、一途に愛を全うする。
だいたいは、年齢が高校などに設定されておりプラトニックな物語が定席だ。
この「余命10年」も、男子の地味さ、草食さ、ダメさ、と言う点では、同じ系譜。主人公の和人も、ヒロインに恋をする。しかし、
まず、この動機がイマイチよく掴めず、鑑賞していてもギアが入らない。
このギアというのは、恋愛映画を鑑賞する際にはめちゃくちゃ大事で、ようは「なぜ好きになったか?」という恋愛の動機の発端部分に関わり、これに説得力がないと恋愛が発展していくための鑑賞ギアが観客側に入らないのだ。
和人は、昔から茉莉が気になっていたのは何となく分かるし、自殺後の帰り道、「もう死のうとしたりしないで」と、小松菜奈に言われ、心掴まれたのだろうことは推測できる。
しかし、冒頭の恋愛パートの掴みとしては、和人もだし、脚本も草食系すぎる。描写が弱いのである。
夜桜を見ながらの帰り道。風が吹いて、ハイスピードの映像の中で風に煽られた2人が見つめ合う。これで恋に落ちた、と言う表現のつもりなら余りにも作者たちは草食系すぎないか。
もし仮に彼女の言葉に和人は心を掴まれるとするなら、言われた後の彼のリアクションの芝居、それを捉えるショットで強く表現するべきではないか。(風が吹く表現も、ショットが足りなすぎて成立していない)
遠回りしたが、、
男性目線の「ヒロイン難病恋愛もの」とするなら和人の視点から丁寧に描かれて、やがて彼女が難病だと発覚する定席の運びになるのだが…。
しかし、「余命10年」はクレジットの順番や、タイトルから分かる通り、余命もの、闘病もの、の側面が強い。こちらも、先行する作品群を挙げるとキリがないが、
つまりこの作品は、難病を患った茉莉が主人公であり、彼女が余命をいかに生きるか、
そして闘病に関わる家族や、友人の苦労や絆を描く作品となる。はずである。
しかし、
やはり恋愛という要素は必須であるという要請から、坂口健太郎をその相手役に迎えて、「難病恋愛もの」の側面も織り交ぜつつ、主人公の家族の苦労も描きつつ、ようは余命10年を生きるのだが、メインは「余命闘病もの」であり、「難病ヒロイン恋愛もの」とのハイブリッドでもある。(「桜のような僕の恋人」とジャンル的にはかなり近い)
◼️恋愛映画としての問題点
この作品では、和人との恋愛要素に比重が置かれるわけだが、とにかく茉莉が、恋愛に対しても、和人に対しても消極的で,もちろん愛した相手に対して、秘密を抱えているからさまざまな配慮や、葛藤があるのだろうが、
「それなら恋愛するなよ。」と言いたくなるほど、一歩進んでは30歩ほど下がるほど消極的な姿勢をみせる。
よくあれで、和人はついてきたな、ドMだな。とフォローしたくなるほどだが、
茉莉が主人公なら、
「彼女が余命10年の人生を生きる上で、予定外の恋に落ちた」という描写がなくてはならない。
だから、これは、和人が恋をする物語というより、茉莉が和人に恋をする物語でないといけない。
(どうやら、原作では、和人は茉莉の初恋の人らしいが。)
それは、和人と同窓会で出会った際に、彼にはどこか波長が合う何かがあるな、と茉莉に感じさせる必要があり、それなしには自身の病ゆえに恋愛に興味がない茉莉が和人に関心を振らないわけだから、
例えば、
余命10年しかないということで厭世的だったり、諦念があり、健全な同級生とは疎外感があったりしてる茉莉。
和人は、逆に生きていることの辛さ、故の厭世観や、健全な同期生たちとの疎外感があり、
2人の動機は真逆だが、2人が世界に抱く感情は共通しており、だからこそ茉莉はどこか、和人に近いものを抱き、関心をもつ。
茉莉は彼をどこか放っておけない。
いずれは彼に惹きつけられる。という
そういう演出、視線、ショットが足りなすぎる。
例えば
タイムカプセルを見たとき、彼女は10年前の自分からのメッセージを見て、10年前の自分への申し訳なさと、夢と希望への落差から、涙が溢れる…
ふと、隣を見やると、彼も同じように涙を流していて、惹きつけられる。
というような演出は必要ではなかったか?
◼️恋愛ドラマとしての展開スピードの遅さ
やはり、闘病だろうが、余命幾許だろうが、メンヘラだろうが、恋愛はする。「恋愛もの」としての側面は必定である。
しかし、この作品の恋愛面は、
恋愛感情のドラマを積み重ねる上で、展開がたるく、みていてすっきりしない。
冒頭、お互いを意識してから、
それぞれの友人たちが先に恋人になっても、
手もつないでもらえない和人、普通の精神じゃない。(普通ならもっと早くに脈なしリタイヤするよな。。)
そのようなモヤモヤじらし展開が2回ほどつづき、ようやく銀杏並木の下で、しどろもどろに予告白らしき形になり、拒否されるが、
マツリが倒れた事により、ようやく病状が和人に伝わる。
よかったこれでオープンな関係になるじゃん。と思いきや、塞ぎ込むマツリ、、
もうその時点で、マツリの本心が見えてこない。
どうして、踏み切らせないのか?
ホントに人に惹かれていたのなら、余命や、病人だから恋はしないなんていう体裁には、抗えないんじゃないか?本能のままに、好きになり、愛し合うのが、生きるということではないか?その方が魅力的な物語にならないか?
そうじゃないなら、なぜマツリは和人と交友関係を続けるのか?みていてもどかしいのは、和人だけじゃない。そんな調子がずっと続くから見ていて怠かった。
シナリオ的にも、後半、余命闘病ものへとスイッチさせていくには、難病恋愛もの要素をズルズル引きずると怠くなるだけなのに…。
冒頭の出会いのパートについても、触れたが、マツリの和人への恋愛の動機描写が弱すぎるから、マツリが和人をホントに好きなのか、観客も、作り手も、わからなくなるんじゃないか?
さらにそのあと、日暮里で和人が本告白をし、2人は結ばれたが、
2人の関係は非常にプラトニック。
予告を見る限りでは2人は同棲カップルかと思っていたが、
友情関係の延長みたいな点描が続き、どうやら、ふたりは後のスキーに行く件まで性交渉もしていない。
これもまた、先に挙げた作品群は高校生を主体にしていることから成立するピュアさ、制限、制約、が描けたが、大の大人2人の恋愛にしては拗らせすぎ以外の何ものでもなく、RADの曲が流れて尚更、中二病の様相が増す。
これはもはや恋愛映画でもないな、と思った。
どうしてもっとオープンに描かないのか、
青春を、生を謳歌するように、開放的に愛し合う姿を描かないのか?
路上でキスする2人や、ベッドで愛し合う2人を開放的に描いて、病気の枷なんて今は忘れさせて欲しかった。その方がのちのち、もっと切ない展開になるのに…。
その方が幸せの合間に時たま覗かせる、不安、現実、増えていく薬が、ずしりと重くなるはずなのだが…
さらに驚きなのは、スキーにいったロッジでの出来事である。
和人は茉莉にプロポーズする。
願望をいえば、
茉莉はもう病気のことも忘れて、嬉しくてOKして、夫婦になる2人が家族としてマツリの余命10年に向き合っていってほしかった。
しかし、
なんと、和人は病気のことは知ったものの、余命については知らされていなかったのだ。
余命についてとうに知らされてる観客であるワタシはまたもや、肩透かし、
ここまできて、まだその件を引っ張りますか…と。2段、3段と、「余命だから」の枷を引っ張る必要があるのか。こちらの気持ちは、さらに先に向いているのに。
2段3段にするにしても、そこまで描く映画時間が長すぎて、正直ついていけなくなった。
観客の得ている情報と、和人の得ている情報にギャップがある上、
ワタシは和人はそこまで知らないとも思っていなかったため、マジかよ…と和人と別の意味で驚かされた…。
とまあ、和人の成長や、観ていて嬉しい描写、美しい描写はたくさんあり、感動させられたが、「恋愛もの」を描く上でのシナリオの動機の弱さ、尺の長さが、全体の足を引っ張り、すっきりとした気持ちで鑑賞できなかった。
もっと病に左右されず、和人と茉莉には、一生に一度の大恋愛に振り切って欲しかった。
恋愛映画好きのわたしには物足りず、故に涙もでなかった。
まあまあの映画
藤井道人監督の作品は過去に『デイアンドナイト』『新聞記者』の2本を観たんですが、どうも相性が悪いというか、正直あんまり面白くなかった(笑)
なので、この作品も公開から日にちは経ちましたが、ずっとスルーして来ました。評判が良いようだなぐらいには思ってはいましたが、別に見逃したからといって、最近はあんまりそういうのも気にならなくなって来ました。『新聞記者』は映画賞をいくつか獲っていたようですが、「だからどうした?」です(笑)
この作品も、ゴールデンウィーク休日前で、仕事帰りにたまたま時間が合ったので、観てみた…という感じです…小松菜奈が主演というのも、ちょっと観てみようかなという動機です。正直、クレヨンしんちゃんとこの作品、どちらを観ようかなと迷ったぐらいです(笑)
で…
ん…よくある"余命もの"かなと。
それなりにウルっと来る場面もあって、まぁ、こんなものかなといった感想の作品でした。
まあ、それでも、小松菜奈は相変わらず良かったですね。この人が出てるからという理由だけで、作品が観たくなるし、気にはなります…笑
*小松菜奈演じる茉莉が、鏡越しに自分の胸の傷と向かい合う場面があります。色んな感情がリアルに浮かび上がって、痛々しいというよりも、虚しさと悲しみが感じられた、なかなか秀逸な場面でした。あと、茉莉が母親に抱きついて涙を流して本音を語る部分は、素直に泣かされました。
*この作品の良いところは、茉莉を最後に殺さなかったところだと思いました。
ただ、観客にはもうダメだダメだと思わせるような、なかなか思わせぶりな演出がされていましたが、正直、この監督には"愛"が無いなと思いました…。
*今、日本中で色んな疾患や病気と現在進行形で戦っている人たちが沢山いると思います。余命何年とか何ヶ月とか宣告されている方もいますが、疾患の特質上そういうのが予見出来ない疾患を患っている場合もあると思います(生命リスクの高い疾患は色々あります)…。
この作品を単なる素敵な恋愛話だけとせず、もし身近にそういう人がいるならば、私たちも彼ら彼女らに心を少しでも寄り添えることが出来れば…と思いました(生意気なこと言うようですが…)。
だから、悲しいだけの作品にはしないでほしいと思いました(ラスト、病室のベッドに一人横たわる茉莉の姿は、なんかあまりに悲しすぎました)。
生きようとする
めちゃめちゃ泣かせると同時に、生きることについて考えさせてくれる映画だった。
心情描写が細かに描かれていて、登場人物が泣いていると自分も釣られて泣いてしまうところが、中盤以降多々あった。
それほど脚本と監督、小松菜奈はもちろん、その他の俳優陣の見せ方が素晴らしかった。
スノボ旅行の後、茉莉がまだ死にたくない、生きたいという心の内を初めて母に告白するシーンは号泣だった。
心臓に病気がある友人を紹介したいという場面は、なんで作ったのかよく分からなかった。
生きることについて。
自分も序盤のカズくんのように、自分と他人を比較して幸せじゃないなーと、何のために生きているのだろう、考えるのをやめるために全部終わらせたい、と思ってしまうことがある。
しかし茉莉の「ズルい」という言葉にハッとさせられた。
「死にたい」なんて言葉は、そんな簡単に言ってはいけないものだと改めて気付かされた。
「私も頑張るから死にたいなんて思わないでください。」という言葉に、自分が一番辛いはずの茉莉が生きようとする姿に胸が打たれた。
自分も精一杯生きていこうと思った。そんな風に思わせる名作だった。
原作も読んでみたいと思う。
前向きに進もうとする人生
前向きに進もうとする10年。
過ぎ去る時間の大切さ。哀感や好奇な目では見られたくない彼女の強さと前向きに進もうとする人生に拍手を送りたい。
病人として扱われることのマイナスではなく普通に扱って欲しい望みと、その現状にあがらう生活。
淡々と彼女の日々を描き、その時々の喜びと不安がとても身近に感じられた。
そして誰しも考えさせられる想いを伝えることの大切さ。
近くて遠い2人の関係性が先の見通せない未来を暗示してるかの様でなんとも儚く虚しい。
その積み重ねにより、後半ビデオカメラに残る情景と共にその時の彼女自身の感情が溢れ出し、病室で映像を削除する姿が自身の存在を消すことに繋がる行いであることに感情を揺さぶられ涙が溢れ出す。
観終わったとき彼女の人生に共感を憶えると共に見守る家族、友人との繋がりの大切さを感じさせられた。
もし自分が茉莉の立場なら...
もし自分が余命10年と言われたら「10年しかないなら死んでもいいかも」と思い、死を選んでしまうかもしれない。仮にそれを周りに引き止められても絶対に笑って過ごせないだろうし、他人と話す際に無理に明るく振る舞うのもしんどいだろうし、そういった辛いことがたくさん待っていると考えるだけで見てて本当に辛かった。
茉莉の「一体どっちが可哀想なんだろうね」という言葉には考えさせられた。難病を患う茉莉本人ももちろん可哀想だが、その話を聞かされた相手や身内も可哀想。茉莉自身もそんな姿を見たくないから難病のことを誰にも話すことができないというスパイラルに陥るため、すごく精神的にも苦しい状況だと感じた。
後、かずやの「2度目があるとは限らない」という言葉には共感した。人生は1度きりだと言うし、悔いのないように生きることが今の自分に必要なことだと感じたので若い間にいろんなところに出かけたり、遊んだり、恋人を作ったり、後悔のないようにたくさん楽しいことをしたいと思う。
心のひだをみせてくれる丁寧な作品
撮り溜めた映像をひとつずつみては消す場面。
命の限界を感じた彼女がその間際にただひとつ消せなかったのは、それが愛するかずくんへの永遠のメッセージだったからでしょう。
命は長さではなく、どこでどう生きたか。
何を感じてその時を過ごしたか。
満開の桜が散りゆくときの美しい切なさがまつりの恋とはかない命にシンクロした。
ラストシーンのかずくんに舞った桜吹雪はいたずらっぽく笑うまつりちゃんでしょうね。
小松さんも坂口さんも役そのものの純度で、演じながらきっと辛かったのではないかと思うほど。。。
脇を固めるベテランのみなさんも然り。
音楽もイメージにぴったり忘れられない作品になりそうです。
言葉で説明したら良さが減りそう
エンドロール後も家に帰る途中も帰宅後もずっと思い出しては考えるくらいすごく良い映画でした
登場人物全員に感情移入してしまって、過呼吸になりかけて終わった後鼻声になる程号泣しました
RADWIMPSのうるうびとの歌詞と2人が重なってエンドロール中もずっと涙が止まりませんでした
悲しいけど前向いて頑張ろうって凄く励まされました
見るか迷ってる方いたら私としては全力でオススメしたい映画です。
このように作品として形に残して下さった小坂先生、それを映画として創り上げて私達に届けて下さった方々に感謝の気持ちを伝えたいです。
今日この映画を見る事が出来て良かったです
【原作を映画として昇華し、また原作にバトンを渡す映画】
映画『余命10年』は、原作を改変しているのに、原作へのリスペクトを忘れていない。それどころか、この映画をあなた(原作者:小坂流加氏)に捧げますという言外のメッセージが伝わってくるほどに丁寧に映像化した作品だと言える。だが、ある意味で原作小説のPR映像。そのため、細かい描写とかにはツッコミを入れないスタンスでいこうと思う。
◉映画の構成について
この映画は昔原作を読んでいて、内容を忘れかけていたタイミングで見直すと、新鮮かつ、小説を読み直したくなる圧巻の構成のなっている。
原作を直近で読んでいた場合、登場人物の設定の相違点や主人公の性格などで気になる点が多々ありそう。そのため、ある小説家の自伝的な物語として見にいった方が素直に映画と向き合えると思った。
◉名言(ネタバレ含みます)
名言のオンパレードというレビューを見るので、個人的に刺さったシーンを紹介。(正確な言葉は失念)
冬のスノボー旅行でプロポーズをする予定だった坂口。しかし、それを知った小松菜奈は急遽家に帰る。その後、しばらく2人で会うことはなくなる。坂口も東京に戻り、リリー・フランキーの焼き鳥屋で焼き鳥を焼いているシーンでの一言。
リリー・フランキー「で、どうなった?」
坂口健太郎「どうって」
リリー・フランキー「茉莉ちゃんのことだよ」
坂口健太郎「そうですね」
リリー・フランキー「ダメなら次だよ、次」
坂口健太郎「次なんかないんですよ」
個人的に、この「次なんかないんですよ」というセリフに心を鷲掴みにされた。
というのも、昨今はマッチングアプリの影響か、インターネットのおかげか、SNSの普及か、色々あるが、人と人が簡単に会えるようになった、なってしまった。
その結果、自分と合わないと思った人には見切りをつけ、次の恋愛に切り替えるという流れが散見される。そんな時代背景もあるなかで、(この映画の原作が書かれた時点ではそこまでSNSは発達していないが)「次なんかないんですよ」というのは現代の次から次へと恋愛を乗り換える人に対するアンチテーゼになっていたと感じる。
一途に思える人、思いたい人がいるって良いなぁ!なんて思ってしまう今日この頃である。
◉小松菜奈の成長
もともと好きな女優さんではあったが、映画『糸』を見て小松菜奈という女優を追いかけるようになった。この言い方だとストーカーみたいだな(笑)それは置いておくとして、『糸』を見た時に感じたのは、彼女はそのビジュアル以上に、表情や演技を通して醸し出す独特の空気があるということ。それが、まるで飲み込めない水の奔流をガブガブ飲んでいるかのようで、静謐な水の上に浮かんでいるように感じられた。これが俗にいう、スクリーン映えしていると表現するのかは分からない。しかし、他の女優さんにはない彼女だけが持つ雰囲気、ニュアンスというものがあったのである。もちろん、他の女優さんには他の女優さんの良さがある。しかし、『余命10年』という映画にあえて小松菜奈をキャスティングするということの意味。彼女がスクリーンの中で何を表現するのかやはり気になってしまったので今作も鑑賞した次第である。
さて、前書きが長くなったが、今作は良くも悪くも小松菜奈が出ていたと思う。原作の茉莉のイメージとはやや異なり、少々力強いというか。かなり自分の芯や意見を持っている人物としてスクリーンに映っているのだ。既に原作者が亡くなっており、想像でしか役作りができなかったというのもあるだろう。今作の主人公の茉莉は、原作者小坂流加氏の小説で描かれる自伝的な茉莉とは異なる。
あくまで、小坂流加氏が書いた茉莉を演じる小松菜奈なのである。
しかし、この小松菜奈の演技を通して映る茉莉。
これが圧巻だった。原作の茉莉とも違う、現実の小松菜奈でもない。映像の中にはたしかに茉莉という人物が存在したかのように思わされたのだ。
しかし、この小松菜奈の演技を通して映る茉莉。
これが圧巻だった。原作の茉莉とも違う、現実の小松菜奈でもない。映像の中にはたしかに茉莉という人物が存在したかのように思わされたのだ。
◉余談
映画『余命10年』の監督の藤井氏は、小坂氏が花好きであるという話を聞いて、小松菜奈演じる高林茉莉が小説を書くデスクの周りには季節の花を飾って、その一つ一つに花言葉の意味を込めたと語る。(「余命10年」パンフレット、編集・発行:松竹株式会社事業推進部)
→デスク周りにもっと注目しておけば良かった。
◉映像化
多くの人に病気について知るきっかけを提供した本作はやはり映像化の意味があったと思う。
もろもろの感情面については原作の方が細かく丁寧に綴ってある。
また、本作は泣かす映画として語られることが多いが、『そしてバトンは渡された』よりも演出は酷くない。むしろ穏やか。
小松菜奈が泣いたらわたしも泣く
見事に泣いた。しかも中盤からずっと。
泣きながらご飯食べる小松菜奈の破壊力。。
お母さんにくっついて泣くシーンもダメだ。。
母親になった今、お母さんにも感情移入してしまって。
音楽(特にピアノ)、映像、何もかも秀逸で、映画館で観てよかったと思える作品。
とにかく小松菜奈ちゃんが天才(TT)
僕は明日昨日のきみとデートするでも大号泣して、それからずっと一目置いている。
今作も間違いなく代表作になると思う。
桜の時期にはきっと必ず思い出す、大切な映画になった。
刺さるセリフ、情景が次々と出てきて、終始涙が止まらなかった。言葉では伝えきれない感謝、愛おしさ、苦しさ、色んな感情が、映像からも伝わってくる。
茉莉が旅行から帰ってきて、母親に自分の今迄言えなかった苦しい気持ちを吐露出来た場面に号泣。持病がある人間からすると気持ちが分かり過ぎたし、小松菜奈ちゃんは茉莉を生きていたと心底思えた。
茉莉が生きた年月を一緒に体感させて貰えた気がした。
素敵な作品をありがとうございます。
今と、もう少し先を生きようとする純情
原作は読んでいません。
涙を必死にこらえるよりも、必死に生を感じようとする茉莉の純情と、茉莉に愛情を注ごうとする和人の純情に静かに胸を打たれました。
哀惜に押し流されてしまうことなく、わずかな命の時間をしっかり描き出していて、思ったより冷静な読後感。秀作だと感じました。
◉流れる時とビデオカメラ
小松菜奈さん演じる茉莉が、亡くなった女性からもらったビデオカメラで、目に映る季節の流れを撮り始める。恐らくはそれまでなかった習慣。それはもしかしたらもう見られないから残すだけではなく、早すぎる時間の中に留まるための、おまじないだったような気がしました。考えすぎかとも思いますが。
ほんの微かに笑みを浮かべながら、シャッターを切る茉莉を見ていて、そのように感じたのです。
カメラに保存していた画像を次々に消去していく場面は、やはりドキドキが止まらなかったですが、出会いの夜桜のシーンだけは残った。昼の眩い桜と、夜の海に沈んだ桜。どちらもきれいでした。
◉賑やかで寂しい街中で大人になる
居酒屋の中のはしゃいだ明るい光景と、居酒屋が並ぶ街のそこはかとない淋しさ。それも良かったです。
最近観た「明け方の若者たち」「ちょっと思い出しただけ」にも、同じような夾雑な街の様子が出てきたけれど、情感溢れていました。
和人は、結局はそんな街中で一人前になる。仕事を覚えて、恋をして。あと少しだけ、和人のエピソードが描かれても良かったかなと思いました。
途切れ途切れに、それでも綴られていくパソコンの文章。生きるのは、ここまででいいかなと言う茉莉の胸の内を告げるようで、切なくなりました。
自分の余命は?
映画観たあとに、ふと考えた。毎日、平和に過ごせることは幸せだ。今、何か闘病してるではないけど、以前に手術、闘病歴があります。
迷惑かけるからって身を引く、遠慮するってシーンとか、お母さんに本音を語るシーンとか、泣けましたわ。坂口さんをはダメさ、弱さを演技するの工夫されてたと思った。小松菜奈さんはかわいくて、きれい。あらためてドラマじゃなくスクリーンで観たい人。
タイトルがハードルを上げている
タイトルが「余命10年」とストレートなだけに、大半の方は自分の中でぼんやりとしたストーリーができて映画を観るのではないでしょうか。
私は、映画の中でストーリーが進むにつれて、自分が作った、ぼんやりとしたストーリーが、だんだんとハッキリ見えてくる感じでした。
人を愛する事は、この世で1番素晴らしい事だと思っています。反面、1番苦しいものであるとも思っています。
この映画は、そのどちらも表現されていて個人的に凄く好きな感じでした。ただ、少し物足りないなさもあり、中盤で茉利が和人を好きな気持ちをもっと表現しても良かったのではないでしょうか。
当然、自分は病気なので、和人の前では好きな気持ちを押しころしているのはわかりますが、もっと内に秘めた好きという気持ちを表現できたら、もっと素晴らしい作品になったかもと思ってしまいました。
この映画を見て色々考えさせられました。別れることが本当に良かったのかと。
例えば、80歳ぐらいになって同年代に愛する人ができたらどうだろうか?平均寿命からいうと余命何年だろうか?その時に残りの人生が短いからと言って別れるという選択をするだろうか?とか、普通に付き合っていても2、3年で別れるカップルは沢山いる。当然それまでの感情とかは、苦労とかは全然違うけど、結果だけ見ると数年後に隣にいないという事では同じではないかとか、実際にその状態になってみないと分からない事なんだろうけど。
PS リリーフランキーいいですね!
小松菜奈が好きなので鑑賞。思ったよりはまらず。病気のことを打ち明け...
小松菜奈が好きなので鑑賞。思ったよりはまらず。病気のことを打ち明けられないのはわかるが、打ち明けて以降の二人のストーリーが無いのでなかなか感情移入できなかった。
素晴らしい作品
素晴らしい作品だった。
脚本、キャスト、映像、音楽、全てがよかった。
点描シーンでは、素晴らしい音楽が合わさり、切なくも幸せな時間があった時を伝えてくれ、同時に別れを想像してしまい、悲しくなった。
茉莉の夢の中のシーンが、病気でなかったら実現してた未来で、切なくなり、泣いてしまった。
小松菜奈の一粒落ちる涙が美しかった。
別れることになったが、亡くなる前に、和人が会いに来てくれて、少し救われた。
ひとつだけ要望としては、エンドロールで、ビデオカメラで撮影したシーンを編集して、流して欲しかったかな。
総評としては、本当に素晴らしかった。
綺麗な映画✨
桜やいちょう等季節を感じる綺麗なシーンがいっぱいでした。内容が少し暗めだからバランスがいい感じ(´˘`*)
素敵な映画でした。小松菜奈も坂口健太郎も最高!!
普通に泣いてしまった😭
無駄な音がなく、綺麗さがいっそうましてる??気がする笑
結構心の声的なのもあまり無いので察するシーンが多い感じな気がします。
いつも見る映画とは作り方が違って面白かった(´˘`*)
最後のシーンは、カズくんが前に進めてる(いい意味で)気がしました。茉莉ちゃんの事を思い出に出来たのかな??
カズくん、幸せになって欲しいです😭
残すものと残されるもの
とにかく泣いた。
これだけずっと涙が止まらないのは久しぶりでした。
突然、わけのわからない病気になって、大学を中退して2年も入院して、、、余命まで宣告されて。
まだこれからって時に、奪われる未来。
大学の同級生と久しぶりに会ったら、友達が婚約してたり、仕事で活躍してたりしてて、自分は無職。
仕事も恋も最初から諦めて。
なんて惨めなんだろう。
そんな時に届いた中学の同窓会。
自分の病気のことを知る人もいなくて、気遣う人もいない、楽しかったあの時に戻れる気がして参加する茉莉。
そこで出会ったカズはちょっと変わった人だった。
東京に戻ったある時、カズはベランダから飛び降りて怪我をして入院する。自分は生きたくても生きれないのに、命を粗末にするカズに腹が立ちその場を去る。
その後も何度か会ううちに、陰気で背中を丸めがちだったカズが前を向いて生きていこうとしていく姿は良かった。そしてそれをみた茉莉もまた、残りの人生を一生懸命楽しもうとする。
病気でむちゃなスポーツとかできないのはわかってるだろうに、なぜ海?なぜスノボー?とは思ったけど。みてるだけなんてそれこそ悲しくないのかな。
桜のシーンはとても良かった。季節の移り変わり、儚さ、尊さをも感じた。
あと、家族が素敵でした。姉妹っていいなと思いました。自分のことのように必死になって、自暴自棄な茉莉をちゃんと受け止めて。残すものと残されるもの、それぞれ違う辛さがありますね。
普段こういう病気ものはあまり見ないけど、これはみんなが前を向いて生きていこうとしていてよかったです。
坂口健太郎と音楽は美しかった
泣きっぱなしでしたが見終わって何だかモヤっとした気持ちが消えず…
個人的には茉莉の気持ちにどうしても感情移入出来ませんでした。
どこかしら、どうせ私はあともう少しで死ぬし…と思いながら生きた10年間に思えてしまいました。
ただ病気になってから10年を生きただけ。若いからその10年を生きるだけでも辛かったね、頑張ったねと言う意味があるのかも知れませんし、若い一番楽しい10年を病気で奪われた本人にしか分からない感情なのかも知れない。そしてそれを描きたかったのだと思うのですが、その10年がとても残念。
楽しく生きるも10年、苦しく生きるも10年、同じ時を生きるならもう少しかずくんと共に生きて欲しかった。
ただただ切なすぎました。
これ以上一緒にいると死ぬのが怖くなると話していて、お母さんに死にたくないと泣きついていたのでこれ以上苦しみたくなかった、そう言われればそれまでなのですが…
人は必ず死にます。
そう思うと私なら悔いが残らないように今ある環境で一番幸せに生きたいと思うのは40代になった自分だから思う感情なのかも知れませんが。
ただただ相手も自分も傷付け10年が終わるのはとても悲しい。
そう思うとごめんなさい、茉莉を演じる小松菜奈が素敵に思えなかったです…
頼りない坂口健太郎の演技と雰囲気と音楽はとても美しかったです。
全80件中、21~40件目を表示