「世界は変わらず、終わらない日常が続いていく」プリテンダーズ SSYMさんの映画レビュー(感想・評価)
世界は変わらず、終わらない日常が続いていく
大人になってから、幼稚園~高校までのことを振り返ると、朝礼や各種行事の予行演習、応援歌練習(これは田舎の自分の学校だけだろうか?)等、今思えば全く意味のないことを“強制的に”散々やらされた記憶がある。
だから冒頭から「前ならえ」を拒否する主人公にはとても共感したし心の中で応援した。うん、前ならえなんてアホくさいもんな。あんなもんは軍国教育の名残じゃ。やめろやめろ。
そんな社会不適合でひきこもりな主人公が偶々なした善行から自己肯定感を得て革命を起こそうとする。
だがそれは人を騙す行為だ。そのことを親や友人に指摘されると主人公は社会をよくするためだと手前勝手な正義を振りかざす。それは自身が承認欲求を満たすための方便にすぎないのだが、その目指すところ自体はたしかに正義なのかもしれない。だが、正義をなす手段において醜悪な行為を含む時点でその正義は肯定されない。
また、主人公は己の正義を盲信してしまった。自分のやっていることが間違っているとどこかでわかっているからこそ、正当化のためにより過激な行為に手を染めていく。人間が破滅に陥るパターンであり教訓である。
主人公の父親が主人公のもとをたずねて説教するが、父親の言葉は娘には届かない。当たり前だ。父親は安全圏から上から目線で正論を振りかざすばかりで、この社会の矛盾や疑問については何一つ言及しないし説明しない。というか、父親は言葉を持ってないのだ。日本の一定年齢以上の男性に多く見られるが、彼らは人に語る言葉を持ってない。これでは娘の心には響かない。
主人公を改心させるのは、友人の文字通り“捨て身”の説得によってである。
渋谷のド真ん中で人目もはばからず大声で叫ぶ。その友人の姿を見て、また促されて、主人公もそれまで隠していたちっぽけでみじめな本心を吐露する。他人を本気で救うには、自身も身を切らねばならないということがよくわかる。そして自分のために身を切ってくれる友人がいた主人公は幸運だった。友人にとっても、主人公はたった一人の仲間だったのだろう。
と、ここまでは作品としてすごくよかった。
変態YouTuberに脅されて云々~のくだりは露悪的で生理的に嫌なシーンだった。
主人公が今までやってきたことの意趣返しを意識したのかもしれないが、主人公はもう反省してるし、プリテンダーズが破綻したことや身バレでダメージも負ってるからそこまでの追い打ちはいらないと思った。
幼稚園で妹のために再びプリテンダーズするのもどうかな、と。あの父親が一転して娘に協力的になるのに違和感を感じた。身バレまでしたプリテンダーズを妹のためとはいえ再開するなどと言い出したら「頼むからもうやめろ。学校行け」とあの父親ならなりそうなもんだが。幼稚園側も了承するかな~。普通の幼稚園だったらお断り願うんじゃないだろうか。なので終盤の展開にはご都合的な欺瞞を感じてしまった。
キャスティングは素晴らしい。特に主人公。こう言ってしまうと演じられている役者さんに失礼かもしれないが、あまり美人でないのがよかった。物語上、惨めな展開になる場合でも、演じている役者は美人な場合が多い。それだけで惨めなシーンも美しいシーンになってしまう。これはドラマや映画において問題だと私は思っている。
プリテンダーズは惨めなシーンがしっかり惨めに描かれていて、そこがとてもよかった。
ラストはいい感じに終わったけど、結局世界はなにひとつ変わっていない。
これからも学校は生徒に「前ならえ」を強制していく。
主人公と父親はちょっと和解した。
世界もちょっとは変わったほうがいい。変えていくのは作品を観た私たちだ。