劇場公開日 2022年2月11日

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「思わず、心かき乱される瞬間(または、保活と移民政策)」ブルー・バイユー cmaさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5思わず、心かき乱される瞬間(または、保活と移民政策)

2022年2月16日
iPhoneアプリから投稿

 予告とチラシに惹かれて観たものの、前半はどうにも主人公に入り込めなかった。転換点は、ベトナム人家族のガーデンパーティあたり。「いい顔してる」と主人公・アントニオに伝えようとする友人の父親の言葉が心に引っかかり、改めて彼の顔をじっと見た。「優しい顔」ではなく「いい顔」だという、彼の顔を。
 冒頭から、アントニオのダメさ加減が容赦なく描かれる。全身タトゥーの彫師の彼は、前科もあって転職がままならない。子どもにタトゥーの器具を使わせたり、学校をサボらせたりもする。子かわいさと微笑ましくもあるが、何とも危なっかしく、出産を控えた妻の焦立ちにも致し方ないだろう。
 そんな中、親子3人のつつましい生活が、スーパーでのトラブルから一転。市民権がないアントニオに、強制送還の危機が迫る。そら見たことか、な展開だ。
 しかし。ちょっと待てよ、と思う。確かにアントニオにも問題はある。けれども、警官であることをカサに、いちゃもんを付けてくる側はどうなのか。執拗に子に会わせろと迫る妻の前夫はどうなのか。彼らは、国を追われ、生活を失うリスクを背負っていない。彼らとアントニオの言動に、どれだけ違いがあるというのか。次第にもやもやがふくらんでいく。
 とはいえ、正攻法で戦わないアントニオへの焦立ちもつのる。(裁判に向け、ある決断をしてしまう彼には愕然とした。)それでも聴聞会には、彼のためにと意外な人々が集まってくる。せっかく希望の兆しが見えそうなのに、本人が動かない。それは、絶望なのか、あきらめなのか…。そして迎える出国の日。彼は、飛行場で最後の決断を迫られる。妻や子の手を離すのか、しっかりと掴むのか。彼らの三人三様、二転三転の感情の揺らぎに、思わず息を詰めて身を乗り出し、心乱されずにはいられなかった。
 過去から抜け出せない、立ち直りが認められない世界は、決して別次元の話ではない。SNSの過熱、そしてコロナ禍でもあって、突然非難、排除される不安は、すぐそばに潜んでいる。もちろん、「東京クルド」で描かれたように、日本で育ち日本で生きていきたいと願う外国籍の若者はたくさんいる。が、日本に生まれた「親」にも、アントニオのような体験が突如降りかかってくるかもしれないのだ。
 アントニオ一家と弁護士は、滞留を認められようと材料探しをする。病気の親、ひとり取り残される子ども、経済的な負担、どれも彼らには当てはまらない。突飛かもしれないが、このくだりは、難航する保育園の申し込みを思わせた。たとえば、保育園が必要であるとアピールすべく、偽装離婚をする話をちらほらと耳にする。効果のほどは分からない。確かに、私が申し込んだ地域では、「ひとり親家庭」には加算点がついた。(実質的なひとり親家庭の例示に「単身赴任」と「収監」が並んでいて、かなり違和感があった。)一方、学生や自営業、祖父母同居は、それだけで「必要性が低い」と判断されやすい。祖父母の健康状態や学業・自営の繁忙状況などを、かなり上手に伝えなければならない。子育てを少しでも余裕を持って、みんなでやっていこうと環境を整えることが、なぜか裏目に出る。共働きをして家族で支え合おうとしていたアントニオたちが、むしろ不利になってしまう矛盾と、どこか重なる。
 ひとつの物差しで集団をより分け、一人に不利負担を押し付けることは、全体の解決からは程遠い。大勢から、結果からではなく、その中身、至るまでの過程を想像し、肌で感じようとすること。地続きのこと、自分のことと捉えて、近づいて見てみること。本作は、そんな一歩を、力強く後押ししてくれる。

cma