「やや駆け足に感じるけど、よかったです」異動辞令は音楽隊! 福島健太さんの映画レビュー(感想・評価)
やや駆け足に感じるけど、よかったです
映画作品でしばしば感じる「2時間にまとめるために駆け足してない?」というのは、この映画でもありました。
「30年も刑事一筋のガチガチの変人が、たったあれだけで見違えるように人柄が変わったりするだろうか?映像になっていない部分で、もっと色々な経験をしたんじゃないか?」とか、「娘との関係はあんなにガタガタだったのに、たった1回の演奏で修復されるとは思えない。きっともっと時間をかけて丁寧に修復したんだろう」とか、そういう部分です。
あとは、実際の警察とかけ離れていると感じる部分も気になりました。
例えば、捜査会議に本部長が来ているからひと言話してもらうって、普段来ない本部長が今日は来ているということであれば、捜査会議に毎回参加している捜査本部の本部長ではなくて、県警本部の本部長ですよね?
県警本部の本部長は、普通来ないでしょう。
末端の警察官からすると雲の上の人ですもの。
若い人は機動隊などに配属されて年頭視閲式(正月に開催する本部長による部隊視察)に参加すれば、挨拶するために台へ上がったところが遠くから見えるかも知れません。
せいぜいそんなものです。
本部長なんて、採用されて警察学校の入校式などのときにチラッと見る以外は、年に1回見れば多い方です。
それに、人事異動で音楽隊へ飛ばされるのも、春の人事異動か夏の人事異動か、だいたい年に2回くらい人事異動の時期は決まっているので、1人だけ偉い人に呼び出されて「お前は異動だ」っていうのはないでしょう。
さらに、ヒロインの女性が人事に音楽隊の除隊希望を出したっていうの、嫌ならやめられるというものではありません。
警察官を退職して音楽隊を抜けるのならわかるけれど、音楽隊を除隊するといって除隊できるわけがないでしょう。
それができるなら「やりたくて音楽隊をやっているんじゃない」なんて腐る人はいません。
辞令が出たら嫌でもやらなきゃいけないのがお役所仕事です。
でも、全体的にいいお話だったと思います。
音楽隊を応援してくれていたおばあさんが事件の被害に遭って、主人公が現場へ押しかけて行ったとき、つまみ出されたところでなぜ年寄りが狙われなければいけないのかと腹を立てて言ったセリフにはドキッとしました。
刑事一筋で、写真の男を5年でしたっけ?、ずっと追いかけていて、ひどく執着していたのに、元部下が犯人と接触すると言ってきたときには音楽の発表会があると言ったのには、人間的に成長したと思いました。
警察って、世間の常識と警察の常識がズレていて、警察しか知らない人は変な人も結構いるんですよ。
そこに30年もどっぷり浸かっていた人が、30年の執着よりも大切なものを見つけたっていうのは、立派な成長だと思います。
追い詰めた犯人が棒を振り回して反撃してきたときには、抱えた洋太鼓を鉄棒で叩かれたことに対して「俺のドラム」といって腹を立て、太鼓を庇うようにして自分の背を殴られた。
僕が警察で働いていたときには、さすがにもうなかったけれど、パトカー勤務で上司とペアを組んで当直のたびに24時間一緒にいるので、昔の話を聞くんです。
昔の警察官舎では、勤務のない日に先輩の部屋へ飲み会に呼び出される。
で、先輩は寿司の出前をとってくれるけど、寿司桶が空になったところからが本番で、開いた寿司桶に酒を注いで一気飲みだそうですよ。
で、酒だけならいいけれど、中には調子に乗って墨汁やシャンプーを入れて飲ませようとするのがいたので、自分が先輩になったときには「やりすぎだから飲食物以外は入れないように」と注意していたと、当時の上司が言っていました。
体育会系の大学のサークルとどっちがひどいか知れない、閉ざされたメチャクチャな時代が昔はあったらしいです。
(いえ、僕が勤務していた平成20年頃に退職間際の60手前の上司が言っていたことなので、そこからさらに30年や40年前、昭和40年代や50年代の話です。近年はそんなメチャクチャはどこへ行っても罷り通りません)
ただ、警察というのはそういう何処か閉鎖的で社会の常識とズレた独特の社会が形成されがちな場所で、そこで30年も刑事をやってきた人が、物語を通してきちんと成長するっていうのは、お話として素晴らしい、僕の好みです。
ぜひ、次は文庫版を買って読んでみたいと思います。