「生きることに貪欲すぎるクソ男に魅入られる。困ったことに。」レッド・ロケット 村山章さんの映画レビュー(感想・評価)
生きることに貪欲すぎるクソ男に魅入られる。困ったことに。
この映画の主人公がクソ男であることに異論は出ないだろう。確かに愛嬌はある。が、自己愛だけが強くて決して思いやりを持つことのないエゴの塊。しかしやたらと生存能力にだけは長けている。それでもロサンゼルスではやっていけなくなったらしく、地元に戻ってどん底の状態から裸一貫やり直す。と、そんな物語だと捉えることもできる。しかし、主人公のマイキーがやっているのは徹頭徹尾、懐柔と搾取であり、周りもわかっているはずなのに、なかなか切り捨てることができない。
実際にこんな人間が近くにいたら嫌いだろうし、魅力があってもお近づきにはなりたくない。劇中のほとんどキャラと同じように、出会いがしらに眉をしかめて当然だ。それなのに、映画になったらやたらと面白く、非道であれば非道であるほど魅入られてしまうのだから恐ろしい。こいつの無駄に過剰な生きるエネルギーに勝てないのだ。生きるということに貪欲な人間は、正邪に関係なく弱いものを巻き込む力がある。つい笑わされてしまうことも怖い。
2016年のトランプとヒラリーの選挙戦が背景にあることは、あからさまに意図的で、この映画に出てくるような貧困地帯の人々がトランプ支持の基盤になった。トランプも搾取が身上であり、そのくせ弱いものの味方のようにふるまって大統領にまで上り詰め、さらにはQアノンのようなカルトの信仰対象にまでなった。
マイキーにそこまでの器はない。だからこいつのペテンはひと月ほどで破綻する。変種の人情コメディとして最高に面白い映画だと思うが、大きな社会というレイヤーが重なっている。レイヤーという意味では、マイキーのクソっぷりをわかりつつも、つい面白がってしまうストロベリーというキャラクターは、別種の搾取を象徴するような非常に興味深いキャラクターだと思う。にしてもみごとにクソ人間ばっかりで凄いな、この映画。皮肉でなく全力の誉め言葉として。