ONODA 一万夜を越えてのレビュー・感想・評価
全96件中、21~40件目を表示
淡々と描く
美化もなく忠実に再現しようとしてるのがよかった 勿論それが全部真実か事実かは自分も知らないが その姿勢は感じられた。日本ではそれは無理なのか?とにかく、それを支える演技がよかった。当時 小野田氏が帰国をTVで見た自分は七歳 何も知らなかったが彼の姿は目に焼き付いている 直立不動で敬礼をした姿は正にタイムスリップして現れた兵士はどの日本人にも当てはまらなかった。これを演じれる俳優など今の日本人にいるだろうか‥と思ったが それを津田は見事に演じた。これは彼しかできない役ではないか 他の役者も見事であった。イッセー尾形も圧巻 そして、陸軍中野学校という場所がその是非は別として 「真剣」に考えている機関が日本にもあったのか‥小野田氏のインタビューでも 中野学校では自由に議論があり 天皇制の是非や敗戦は確実であり
その後のゲリラ戦を命ざれていたと語られていた。そして、そこには谷口中尉の洗脳いや教育も大きかったのだと感じられる尾形の演技であった。
脚本の技巧に唸る
観ながら「戦場のメリークリスマス(戦メリ)
」を思い出していた。
この映画は、出ている俳優こそ日本人だが、監督はフランス人であり、製作にはフランスほかドイツ、ベルギーなどの国名が並ぶ。
本作は「外国から見た視点」で描いている。その点が「戦メリ」に重なるのだ。
「戦メリ」もまた、カンヌを獲るために作られたし(実際に獲ったのは「楢山節考」だったが)、やはり外国資本で製作された。
この映画の主人公は小野田寛郎。太平洋戦争終結から29年間もフィリピンのジャングルに潜み、1人、戦争を続けていたことで知られる人物だ。
小野田は陸軍中野学校二俣分校(旧日本陸軍のゲリラ戦や破壊活動などをおこなう軍人を養成する学校)出身の情報将校だった。
当時、日本軍では「捕虜になるぐらいなら玉砕しろ」と教えていたが、その学校では「何があっても生き延びろ」と指導。彼の教官・谷口(イッセー尾形)は生徒たちに「お前たちに自決する権利はない」とまで言った。
そして谷口は生徒たちに、「自分の指揮官は自分だ」「常に自分で判断して行動しろ」と教え込んだ。
中野学校を出た小野田は、大戦末期のフィリピンに赴任した。米軍の上陸が目前に迫っていた。日本本土攻撃の足がかりとするためである。
小野田に課せられた任務は、遊撃戦をおこなって敵を撹乱し、やがて味方が合流するのを待つ、というものだった。
やがて米軍の上陸部隊が押し寄せ、日本軍は壊滅する。そして小野田は島の内陸部のジャングルに身を隠した。
それから29年。
なぜ小野田は、こんなにも長いあいだジャングルの中で生き延びたのか?生き延びられたのか?
それは、彼が中野学校で「生き延びろ」という教えを叩き込まれたからであろう。
そう、あの学校で教え込まれたことは、彼が生き延びる力となったのである。
だが、29年目に、ついに小野田は日本に帰ることになる。
日本から来た若い旅行者の鈴木(仲野太賀)がジャングルに潜む小野田を探し出し、「日本に帰りましょう」と説得を試みた。
鈴木は戦争がとっくに終わったことを、そして日本は平和になったことを、もちろん小野田に伝えた。
しかし、小野田は納得しない。命令が必要だと言うのだ。
鈴木は帰国して谷口を探し出し、再び彼とともにフィリピンに赴く。
そして谷口から武装解除の命令を聞いて、小野田はようやく銃を下ろすのだった。
谷口は中野学校で、小野田に「自分で判断しろ」と教えた。
小野田は、その教え通りにジャングルの中で工夫を重ね、サバイバルした。
だが、それは小野田にとっては、あくまでも「命令」だった。つまり、「自分で判断しろという命令」に従っていたに過ぎないのだ。
もし、彼が本当に「自分で判断」することができるのなら、最初の鈴木との対面で帰国を決断したはずだ。
「自分の指揮官は自分」のはずではなかったか?
だが小野田は、「戦争をやめる」という、さらに上位の命令を必要とした。
谷口の「必ず生き延びろ」、そして「自分で判断しろ」という教えがあったからこそ、小野田はジャングルの中で生き延びてこられたのだろう。
だが、一方で、小野田は命令に従い続けて、戦争を止めなかった。
これはどういうことか?
この点こそが、本作が作られた動機ではないか。
もちろん、1人の兵がジャングルの中で29年間も残って戦争を続けたという事実だけで、一本の映画を作れるほど特異なことである。
だが、小野田のケースを外国人の目で見たとき、さらに特異に写ったのは、生き延びたのは「生き延びろ」という命令があったからで、そして、「自分で判断しろ」と命令されて「自分で判断した」という点なのだ。
外国の目から見て、日本人における個人(小野田)と組織(軍の命令)という問題を、小野田寛郎という特殊なケースの上に描き出す、これが本作のテーマなのである。
このような本作のテーマ上、極めて重要なのは教官の谷口である。
小野田をジャングルの中で29年間ものあいだ戦争を続けさせ、そして、最後に戦争を止めさせた存在。つまり、この物語の起点でもあり、終点でもある。
そして後述するが、この映画は、小野田と対になる存在として谷口を置いている。
その役に本作はイッセー尾形を配した。このキャストは絶妙だ。
中野学校の教官として、穏やかに話しながらも小野田に絡み、追い詰める酒席のシーンの凄みは出色である。イッセー尾形の登場するシークエンスは限られるが、彼の演技は観る者に強烈な印象を残す。
戦争中の谷口は、当時の国家の価値観を体現するような存在である。特に、教官という立場ゆえ、彼が教える中野学校の生徒たちにとっては、とりわけそうだったろう。
一方、戦後の谷口は、自分を探し当てて訪ねてきた鈴木を相手に、過去の身分を隠そうとしていた。田舎町の古本屋という、どう見ても世間とは距離を置いた小人を演じようとしていた。
そう、小野田に流れた29年間という歳月は、谷口にも流れたのである。
そして、その29年間で谷口は変わったが、小野田は変わらなかった。
だが谷口の変化は望んだものだったのだろうか?こうまで変わった彼の、ほんとうの姿はどちらなのか?
一方の小野田は「命令」があったから変わらなかった。
この対比が示す残酷さが、深く考えさせられる。
ラスト近くになると、長回しで小野田の顔を捉えるクローズアップが多用される。
この映画は長い。長いが、その長尺で積み重ねてきたものが、このクローズアップで生きる。
小野田の顔には、29年間という年月が確かに刻まれている。そのことを表すために、小野田を演じる俳優は交代している(青年期の遠藤雄弥から壮年期の津田寛治)。
一方、「変わった」谷口演じるイッセー尾形は変わらない。これは逆に谷口の変化を際立たせていて、この辺りも実に巧い。
小野田がフィリピンのジャングルの中をさまよっているあいだも、谷口は、小野田の中にずっといた。
つまり、谷口はスクリーンに姿が見えなくても、本作の全編を通じて存在していたのだ。
そして、小野田=個人、変わらないもので、これに対して谷口=組織(国家)、変わるもの、と、この2人を対置させて描いている。
この脚本の技巧に唸る。
谷口の変化とは、日本の変化だ。
小野田の帰国は1974年。日本は戦後の高度成長期による繁栄を謳歌していた時代である。
日本は変わった。その国家の命令に、小野田は29年間も変わらず従い続けたのだ。
その過ごした時間はまったく異なるが、小野田も谷口も、国によって人生を歪められた点では変わりはない。
本作の、「個人と組織」というテーマがずしりと響く。
フランス人監督の情熱に感謝
フランスのアルチュール・アラリ監督が小野田さんの特異な経験に惹かれ、映画化までこぎつけた。 観ていて、その情熱がひしひしと伝わってくる。 小野田さんの帰国をリアルタイムで見た人間としては、大変嬉しい。
ただ、小野田さんの経験を感動のドラマとして見るには、少し完成度が不十分だったかなという印象が残る。 様々な状況下で出演者の感情的なシーンが積み重ねられて物語が進むのだが、 昔の日本人の感情表現として見るには、少々劇的過ぎるかも…と感じるのだ。 率直な感想を言えば、 むしろ思い切ってフィクションのエピソードを加えてでも、 サバイバルドラマの方に重点を置いた方が、メリハリが出来て面白かったかもしれない。
文明生活から隔絶されたジャングル生活は、現代の我々からすれば異常なほどの非日常だ。 しかし、本質的には我々の人生と変わりはなく、近代的な生活のような複雑さは無くとも、多面的であるはずである。 30年間の毎日は、緊張と感情の交差する激しいものばかりではなく、当然ながら、淡々と過ぎる時間が多かったに違いない。
ジャングルでの終わりなき戦闘という現実の中にいながら、目の前を矢のように過ぎて行く時間。 小野田さんと最後まで共闘した小塚氏は、郷愁と時間の重さに耐えきれず心身を消耗し尽くしてしまったようだが、生身の人間なら無理もないことだろう。
作戦遂行の使命を負ったリーダーとして最後まで生き残り、毅然として闘い続けた小野田さんは、過行く時間に何を感じ、何を想ったのだろうか。 人間を老いさせる時間と真正面から対峙したことこそが、実は、小野田さんたちの極めて特異な経験だったのではないか。 などなど、色々な想像を巡らせてしまうのが小野田さんの物語の面白い所なのである。
せっかく様々なエピソードを忠実に描いてくれた監督に対し、少々細か過ぎる評価だったかもしれない。 俳優たちの熱演と丁寧な演出には、大変好感が持てた。 魂も気合も入った、本当に良い演技だった。 天国の小野田さんたちは、この映画の公開をきっと喜んでいると思う。
ちなみに、 「生きる」(PHP研究所刊)という小野田さん最後の書下ろしには、 題名の通り「生きるとは何か」が書かれており、戦争や軍隊について焦点が当てられている内容ではない。 この本の内容こそが、過酷な運命を見事に生き抜いた小野田寛郎という人間の本質と人生を物語っていると思う。 そんな小野田さんを映画で描いてくれたアラリ監督には、小野田さんを尊敬する一日本人として、心からの感謝を表したい。
一体、何と戦っていたのか
フィリピン・ルパング島のジャングルで30年間も潜伏していた小野田少尉の物語を、フランス人監督が、日本人俳優と日本語で映画化。3時間近い作品だが、全く飽きさせない。
小野田少尉が発見されたニュースは、小学生の頃に見たが、そこに至る経緯などは知らなかった。その前にグアムで発見された横井さんに続いて、日本の敗戦を知らずに生き残っている兵士がまだいたのかと驚いたが、特にその時の軍服を着てこわばった表情で敬礼している姿が強く印象に残っている。
映画化にあたって、アラル監督は、史実をベースに物語を再構築したようだが、もし日本人が作ったら、もっとウエットで、大和魂や武士道精神といった色が付きそうなところを、極めて淡々と、冷酷に描いている。
陸軍中野学校での上官からの命令を守り、ゲリラ戦を遂行するためだけに、田畑や家畜を襲い、時には住民を殺害して、とにかく生き延びようとする。父親からの呼びかけも謀略とみなし、逆に、秘密の暗号伝達かと考えて解読しようとする。
彼らは、一体、何と戦っていたのだろうか。
戦争の悲惨さ、不条理さというより、一つのことを信じ切った人間の恐ろしさ、凄まじさ、そして虚しさが、この作品のテーマであるように思う。不寛容、断絶が広がる現代社会に共通するテーマとして、日本人ではなくとも、この稀有な題材に惹かれたのだろう。ラスト、日本人の記憶にある敬礼姿ではなく、茫然自失とした姿で描かれているのも、そのことを強く感じさせる。
小野田少尉役の遠藤雄弥、津田寛治をはじめ、役者陣はみな良い。特に、イッセー尾形、仲野太賀は、他の役者では考えられないほど。
2012年は、MINAMATAとこの作品が公開された年としても記憶されるだろう。
小野田さんを知らない世代にも見て欲しい
当時私は子供だったので、小野田さんと横井さんの区別が曖昧だった。ただ、敬礼姿をTVで見たのは覚えている。
スパイ作戦の重要な任務であると教育された日本兵達が、ひたすらジャングルを歩き回る、何のためか明確な答えを探しながら。戦争とは、勝手な思い込みと一方的な欲望を達成させるための暴力であることがわかる。
孤独な悲しみを乗り越えて生還した小野田さんの話を語り次ぐことで、時代は違えど、戦争を繰り返してはならないという想いは伝えていくべきだと痛感した。
何年か前、TVでドキュメンタリーかなんかを観ていておおよその内容は...
何年か前、TVでドキュメンタリーかなんかを観ていておおよその内容はわかっていたので、それの細かいところが補完された感じ。
なんか日本映画にしては割とちゃんと日本兵を悪い感じに描いてるなーと思ったら、監督は外国人だったのか!納得。
些細なことだけど、ドキュメンタリーでは母親とのやりとりだったはずのところが父親とのやりとりに変わっていたけどこれ変更したのはなんか意味あったの??
戦争を知らないぬるい人生を生きられているありがたさを噛み締めると共に、限られた情報と環境下に置かれる怖さを思い知った。
信念を持つのは良いことだと思うけど、洗脳というか特定の事物に傾倒し過ぎたり忠誠を捧げてしまうのは危険ということも改めて再確認した感じ。
終戦後に命を落とす羽目になってしまった戦友二人が気の毒で仕方がない。
何が正しいのか判らなくなる怖さ
なぜ最後の場面での小野田の敬礼がないのか??
日本最後の兵士の衝撃の史実
タイトルなし(ネタバレ)
3時間で小野田少尉の30年の戦争を追体験した。映画の尺も、密命としても長すぎる任務(本人は何も口に出さないが)に自問自答する時間を体感させる。
日本から訪ねてきた若者と話し、本当に戦争は終わったのだのだと認めたとき、少尉とともに嗚咽が止まらなかった。
終わってみると地元民の犠牲とか、日本の戦争処理とか、色々頭が向かざるを得ないのだが、映画が少尉個人の戦争に焦点を絞っていたので、それらはここでは置いておきたい。戦闘はほとんどないが、「プラトーン」を彷彿させるつくりだった(ラストカットも同じだ)。
ひとつだけどうしても気になるのはラジオだが、日本語の放送が聴こえるのは(本当のエピソードだとすれば)実際には短波だったのだろうか?
長い
見応えアリアリ
どれだけ時間がかかっても
終戦の知らせを受けられず、戦後30年以上も救援部隊を待ち続けた小野田少尉と、彼を日本に戻そうと島に降り立った青年の物語。
こういう人が居たという事実は何となく知っていたけど、詳細はわからずに観賞。
戦争は終わっているとは言え、それを知らないわけだし、30年以上も限界を極める生活を送っていたなんて想像できませんね。どれ程の緊張感の中生きていたのだろう。
米兵は来なくとも、気候や病気等々、見えない敵はいくつも潜んでいましたからね。
序盤から粗終盤まで、ルバング島での少尉達の姿が描かれる。数多くの苦難や疑心、仲間内でも考えの対立で彼らは日々、心身ともに疲弊していたのでしょう。
そして仲間との別れの数々。本当は戦争は終わっているという事実がまた哀しい。。
また、玉砕は許されない、という考えもあったのですね。自分が抱くイメージとは逆だったので。まだまだ知らないことは多いなぁ。
紀夫青年の勇気も凄いですね。言うて相手は軍人ですから。彼こそが、小野田少尉達が待ち続けた人物なんじゃないかな。
小野田少尉の涙が意味するものは・・・?
全体を通し、改めて戦争犠牲は多種に渡るのだなぁと教えてくれた作品だった。
赤津氏が言っていた、「何の意味があるのか」。
答えは勿論わかりませんが、意味が無いと言うのなら、その意味が無かったという事こそが、大切な意味になるのではないでしょうか?
改めて、戦争は繰り返してほしくないと、強く願った作品だった。
何故、今ごろフランス人監督が小野田少尉の映画を撮るのだろう。
高評価のレビューが多いが、私には普通の出来の映画にしか思えなかった。私はリアルタイムで小野田少尉の帰国を知っているが、何故フランス人監督がこの映画を制作した意図がわからない。
陸軍中野学校でスパイ教育を受けた軍人のことは当時よく報道された。それが敗戦後28年も戦争終結を知らず、戦闘活動を続けていたように描かれているが、それは嘘だろう。グアム島で同じような境遇の横井さんがいるからである。
それよりも小さい頃から受けていた軍国主義教育が下地にあったから、このような悲劇が起こったと私は考える。思想教育の恐ろしさは、現代のイスラムテロ主義に通じる。裁かれるは思想教育だと思う。
映画で投降の呼び掛けは、一度しか描かれていないが、実際は何度も行われたと記憶している。
上映時間が3時間と知り、慌ててトイレに駆けつけた。ダラダラと長い映画と心配したが、緊張感があり最後まで観れた。それでも長い。トイレ休憩が必要だ。
あ~佐渡~え〜の続きはおのれ次第
やられた!
悔しいな。なんで日本人の監督はコミック原作やミステリー小説などの小説原作の映画化ばっかり作ってんだろ。
だからと言ってアメリカ人の監督が撮影したらこうは行かない。
フランス人の若手監督が撮ってくれたからこんなに素晴らしいものが出来上がったんだな。
日本人目線でどこに出しても恥ずかしくない仕上がり。
ひたすら感謝だ!
津田寛治の目の演技が良い。
テレビで見せるコミカルな演技とは全く違う。
小野田さんそのものに見えてくる。
そして、仲野太賀の旅行家は勘弁して下さい!
この映画どうやってキャスティングしたんですか?
知ってる人がいたら教えて。
もう彼にしかだせないよこの味は。
人懐っこく小野田さんの心を溶かすこの演技!津田寛治と仲野太賀のシーンは鳥肌が立ちました。
若き日の戦士たちの姿を描く大半の数々のエピソードは全てこの瞬間のためにあったのか!
ラジオを聞いた後の作戦会議のシーンとか海でおよぐシーンとか素晴らしいシーンもあったし、ちゃんとしてるよこの映画。
作ってくれてありがとうという感謝しかない。
戦争を知らない子供たちの私。
そして、戦争を知らない子供たちという歌さえ知らない平成生まれの人達、色んな人が知るべきことをなるべく毒がなく、素直に描いてくれたなと思いました。
佐渡~え〜の歌、上官の真似じゃダメなんだよな。
自分の頭で考えて行動してそして一万夜を超えて生き残る!
この映画を観た者も、佐渡~え〜の続きは自分で作って行って欲しい。
小さい時のニュース
なかなかの力作
予想以上によかった。
知っている役者が数人しか出演していないし、それほど話題にものぼっていない作品なので「どうかな?」という感じで観にいったけれど、結果、3時間という長さを感じさせない、なかなかの力作でした(僕が大東亜戦争や旧日本軍のことに、とくに関心があるせいかもしれませんが)。
「戦争の悲惨さ」などという言葉を聞いてもどうもピンと来ないけれど、この作品に描かれているような戦争のディテールに接すると、ぐっと戦争というものを身近に感じる。リアリティーを感じる。このような、戦争のディテールを知ること、想像することこそが戦争体験のない我々には必要だと僕は思うのです。
イッセイ尾形、やっぱりうまいですね。作品にアクセントがついて、厚みがでるような気がします。
それから、仲野太賀。彼は、これからの日本映画界を背負って立つ存在でしょう。
ただ、原作・監督ともに日本人でないことが、なんか残念だった。
このテーマは、日本人の手で映画にしてほしかった。
それにしても、それにしても……なんとも、やるせないなぁ。
日本の平和は、このような出来事の上に成り立っているということを、戦後の平和を享受している我々は忘れてはならないと思います。
全96件中、21~40件目を表示