「のんちゃんの生きざまにふさわしい、のんちゃんそのもののような作品」Ribbon GeorgeBest1968さんの映画レビュー(感想・評価)
のんちゃんの生きざまにふさわしい、のんちゃんそのもののような作品
家族や仕事を別にすれば、自分もスポーツ、演劇、映画、ドラマ、美術、音楽などを大きな支えとして生きてきた人間だ。コロナがまん延し、こうしたものが「不要不急」として軽んじられたこと、それらを生業として日々闘っている人たちが批判の対象とされた状況には怒りを覚えたし、何とも耐え難かった。
そうした意味では、自分ものんちゃんの悔しさや怒りにすごく共感する人間なのである。
のんちゃんが脚本、監督、主演、編集などを担ったこの作品は、そんなコロナの状況を美大生の姿を通じて表現したものだ。テーマは深刻ではあるのだが、コメディーの要素をふんだんに盛り込むことで、シリアスになり過ぎない描き方をしている。このあたりは、コメディー好きののんちゃんらしい。特に前半は、コロナへの対応をめぐって家族4人が戸惑うさまをちょっと滑稽に描きだす。登場人物たちは、どこか愛嬌のあるタイプで、お互いのやりとりを見ていると、笑いがこぼれる。この部分は好き嫌いが分かれるかもしれないが、笑いの要素が嫌いじゃない人は、のん監督の持ち味として十分に楽しめるはずだ。
シリアスな要素が深まる後半も、のんちゃんのいたずら心が随所に発揮されている。夜、学友と大学に忍び込む。警備員に追いかけられても談笑しながら2人が駆けて逃げていく姿を後方からだけで映しだしたシーンには、逆境に負けないことを誓った2人のエネルギーと若さがほとばしっている。真剣なテーマを扱いつつ、そこに笑いやいたずら心、前向きなチャレンジ精神をうまく盛り込み、のんちゃんの生きざまにふさわしい、のんちゃんそのもののような作品に仕上がった。
もちろん、主人公に感情移入し切れないところもある。見方によっては突っ込みどころもあるでしょう。ただ、これが劇場公開1作目であることを考えれば、大いなる可能性を感じさせる映画監督が、しっかりと名乗りをあげたと言い切っても構わないはずだ。
15歳で単身東京に出てきて10数年。おそらく彼女は多くの監督・スタッフ、役者さんや作品をじっくり観察して、その中からいろいろな技術や精神を濃密に盗み取ってきたのだと思う。一方で彼女はいろいろな点で相変わらずのハンディを背負っている。例えば、この作品もイオンがかかわっているはずなのに、イオンの映画館ではほとんど上映されていない。裏には独特の事情があるのだろう。彼女の前には高い壁が立ちはだかっている。
ただ、ハンディがない状況なら、果たして20代半ばで自ら映画をつくるようなことを考えただろうか。いろんな仕事が殺到し、テレビドラマにも引っ張りだこであったかもしれない。それはそれで居心地のいい場所だったかもしれないが、不自由な環境に置かれたからこそ、自ら考え、自分と向き合い、作品を生み出す方向へと意欲を燃やすことができた。自らの思いをぶつけて脚本を書き、先達たちの意見にも耳を傾けながら芝居を指揮し、編集も自分で行った。サンボマスターに自ら手紙を書いてテーマ曲を依頼。世間に広く名前を知られた女優さんが、20代でそんな難しい作業に粘り強く立ち向かい、2時間の作品に仕上げた。そこで得た経験やノウハウはかけがえのないもの。そう簡単には揺るがないだろう。人間、何が幸せかは分からない。
サンボマスターの力強い応援ソングとともに流れる映画のエンドロールに、「脚本・監督 のん」という文字が浮かび上がった。15歳で夢を抱いて田舎から上京した少女のその後の10数年の歩み、真摯な成長ぶりを思うと、あまりに感慨深くて自然に涙がこぼれてきた。
日本の芸能界の「ドン」の皆さんの何人かは、上映映画館の少なさや映画の出来映えに皮肉な笑いを飛ばしているかもしれない。所詮は徒労感を伴う努力だと。そんな「ドン」たちの傘下には、立派な役者さんも、CMやテレビ出演で多額な利益をもたらす役者さんやタレントさんもいらっしゃるでしょう。それでも、自ら訴えたい題材を胸に脚本を書き、面倒な作業を貫徹して粘り強く作品を完成させる志の高さや技術・ノウハウを備えた若い才能は、そうそういないはずだ。エンターテインメントは夢を売る世界。若い情熱や才能を嘲笑するような人間たちは、本来エンタメの世界にはいらない。