「「黒塗り」で日本人を煽ってみる」モーリタニアン 黒塗りの記録 bloodtrailさんの映画レビュー(感想・評価)
「黒塗り」で日本人を煽ってみる
カンバーバッチは、今回もカッコ良い役どころ。多少の危惧を持ちながらの鑑賞でしたが、グアンタナモを良くご存じない方は、事前予習は必須。9.11の実行犯グループについても、多少の知識があった方が良いと思いました。
◆ここに収容所を作った理由は、看守を隔絶するため
人権弁護士ナンシーの言葉の意味の説明が、アメリカ人以外には必要なんでしょう、まずは。グアンタナモにはアメリカ海軍の基地があります。キューバに連れて来られた事を察したサラヒは、「米軍がなんでキューバに?」と疑問の言葉を口にしますが、これは彼が政治的には無知であることの描写になっています。
1898年の米西戦争時、米軍はグアンタナモを占領し、その後キューバを支援してスペインからの独立を実現します。キューバ新政府はアメリカの求めるまま、グアンタナモの永久租借を承認します。キューバ革命後の国交断絶期間中には、米・キューバ双方が基地へのアクセスを不可能にするために地雷を大量に設置。カストロ政権が基地租借を違法だと非難する事態を受け、米軍側は地雷を撤去。バイデンは、様々な問題を起こしているグアンタナモからの完全撤退を選挙期間中に公言していますが、今のところ、具体的な動きはありません。
でですよ。
グアンタナモは租借地なので、主権はキューバにあります。よって「アメリカ国内法」の効力が及びません。グアンタナモは米軍基地の収容所です。ここで「捕虜」の場合はジュネーブ条約の適用対象となりますが、「テロリスト」=「犯罪者」となった場合、軍法の適用対象となり、これは事実上、拘留されたものを保護する法が無くなることを意味します。
いかなる国際法・国内法からも隔絶された場所で、米軍が都合の良い様に振る舞える場所。それが、グアンタナモと言う事です。
◆今更「サウジ政府関与の疑い」と報道するNHK
今年9月9日、NHKは9.11のテロに「サウジアラビア政府」が関与していた可能性を、「20年後の真実」とでも誤認させるようなweb番組を公開しました。今更も今更ですけどね。もう、こういうところが大っ嫌いだし、どんな狙いがあるのかと勘ぐってしまいます。
サウジアラビアはサウード家が支配する絶対君主制国家です。王家は5,000人とも1万人とも言われていますが、中には強硬な反米思想の王子が多数います。そもそもビン・ラディンはサウジ出身。また、ウガンダのアミン、パキスタンのミヤーン・ムハンマド・ナワーズ・シャリーフなどの亡命を受け入れた犯罪者エスケープ国家でもあります。なんと言っても、テロの実行犯19人中、15人がサウジアラビア国籍者。
こうした背景もあり、9.11から1年以内には、サウジの「特定王子」(政府じゃ無い点に注目)が9.11テロを裏で操り、ビン・ラディン一家はサウジに潜伏している、との怪情報が世界中を駆け巡りました。
◆リクルーターの重要性
欧米在住で、怪しまれる事なく米国に渡り暮らしていくことができるムスリム。欧州で活動するリクルーターの役割は、そうした人物をかき集める事。実行犯19人のうち、4人がドイツ・ハンブルグを拠点にするイスラム過激派組織の出身者であった事が、サラヒの冤罪につながっていきますが、その4人は全員がサウジ国籍でした。リクルーターは重要ですが、9.11の実行犯グループの国籍と経歴からは、サウジ国内からの遠隔操作だけで充分だったはず、としか思えない。
◆ナンシー・ホランダーの成し遂げた事
日本国内の人権派弁護士の、おそらく半数が「大っ嫌い」なワタクシです。反体制のために人権を弄ぶ人たちですからね。ナンシー・ホランダーの偉業は、「グアンタナモにアメリカ合衆国の憲法権利章典適用を認めさせたこと」にあり、映画も、その点に焦点を合わせた造りになっています。
◆バイデンへの期待
グアンタナモを閉鎖すると公言したのは良いとして。代替地・代替施設はどーすんですか?
収容者の権利の保証と、その監視プロセスを導入するだけで良いんちゃいますか?
って思います。
割とフラットに作られており、ナンシー・ホランダーを称える内容になっている点に好感を持ちました。邦題、どうにかならんのかなぁ?、ってのは思いますw
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11/1追記
ちょうど、この映画を見た10月30日、Parstodayにグアンタナモ収容所キャンプに拘束されていたマジード・ハーン氏の記事が上がっていました。記事の要旨は以下。
(以下、Parstoday日本語版からの抜粋)
米同時多発テロ後にグアンタナモ刑務所に拘束された収容者が、これまで秘匿されていたCIAによる拷問について、初めて暴露。
イスナー通信にると、マジード・ハーンは戦争犯罪容疑について検討する陪審団(グアンタナモ)に対し、CIAが秘密施設において、いかに尋問担当者からの圧力にさらされ、拷問や虐待を加えられていたかを語った。
ハーン氏は、長期間にわたって天井の柱から裸の状態で吊るされたり、氷水を継続的にかけられたりして、何日も眠れないようにされたと語った。また、頭を窒息するほど水の中に沈められたり、平手打ちを受けたり、さらには性的虐待の対象にもなり、「所在が隠された」刑務所内で食事を提供されなかったりしたとのこと。
同氏は、彼らに協力したり自白したりすればするほど、拷問は激しくなったと述べています。
ハーン氏は2006年9月にグアンタナモ刑務所に移送されるまで、およそ3年にわたって、このいわゆるCIAの「ブラック・サイト」で過ごしていました。
(以下省略)
ハーン氏がグアンタナモ移送前、CIAのブラックサイトで拷問されていたのは2003~2004年から。彼はグアンタナモの陪審団に対して、CIAのブラックサイトにおける拷問をチクった、と言う記事です。彼はグアンタナモでの拷問を受けていません。
米国最高裁判所が、グアンタナモの被拘禁者に「受刑者の監禁刑法」による保全の権利があると裁定したのが2004年。映画の主人公であるサラヒに、コロンビア特別区連邦地方裁判所からの釈放命令が下ったのが2010年3月。同年9月、米司法省は上訴。映画の原作である「グアンタナモ日記」の出版が2015年。この出版が世論を動かしたものと思われ。国防総省等、6機関のタスクフォースチームによって構成される「定期審査委員会」の審査で、サラヒの釈放が決定したのが2016年2月。同年6月、サラヒは釈放されました。
米国最高裁判所の「受刑者の監禁刑法」の裁定が2004年。ナンシーがサラヒの弁護を引き受けたのが2005年。カンバーバッチ演じるカウチが、「証拠を入手するために使用された方法」の不当性を知ったことで、「良心的に事件を続けることができなくなった」として手を引いたのは、2004年の5月なんですね。
映画を見て誤認してしまいましたが、グアンタナモの被拘禁者が米国憲法によって保障されている幾つかの権利を行使できると言う裁定は、弁護士ナンシーが事件に乗り出す前の事でしたし、カウチとの事前の直接折衝も、映画の上での演出と思われます。
カウチは2006年9月9日にナンシーに手紙を書いています。 手紙の中で、サラヒは彼の犯罪の自白はすべて拷問の結果であることや、尋問中に「すべて」を語るように求められて笑い、「チャーリーシーン彼がデートした女性の数を尋ねるようなものだ」と冗談を言ったこと、等を告白したとの事。
グアンタナモでの非人道的な拘束や拷問による尋問を止めたのは、カウチの行動がきっかけと言うのが事実の様ですし、映画の中で描写されたような拷問は、少なくとも現在のグアンタナモには存在しない様です。
ちなみに、治外法権の地、グアンタナモには「ゴースト被拘禁者」なるものが存在します。裁判外の囚人で、時として政府ですら、その身元を明かされることが無いそうです。
興味はありますが、ちょっと怖い。
bloodさん、コメントありがとうございます!「キャリアハイ」って何だ?と調べました。わかりました。Cumberbatchさん、まさにそんな感じなんでしょうか。これで終わらないで欲しいほど好きなんですが。
「エジソンゲーム」が最初の出会いで、直流vs交流などわからなくても大丈夫!とbloodさんに言って頂いて勇気を出して見ることができたのでした。bloodtrailさんには、いつも感謝です。
bloodtrailさん、詳細な説明本当にありがとうございます。ナンシー弁護士が後半で、なぜクアンタナモにああいうのがあるかわかった、衆人でなくて看守のためだ、みたいな台詞がわかった!でもあんまりわかってないかも!と思ってたので、bloodさんに歴史的経緯も含めて教えて頂きありがとうございます!
Cumberbatch、いい役ですよね!