劇場公開日 2020年11月20日

「【変わらぬアメリカ、変わるアメリカ】」Mank マンク ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0【変わらぬアメリカ、変わるアメリカ】

2020年11月22日
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1930年代、アメリカは1929年に起きた大恐慌の悪影響が続き、大不況は続いていた。

こうしたなか、作品中には、脚本家組合が設立された話が出てくるが、今のSAG-AFTRAの前身となる全米俳優組合組合もこのころ設立され、それぞれ、労働条件の改善や、搾取に対抗する条件などを求めて制作者と交渉していた。

こうした組合は、当時はまだ、社会主義的と見做され、企業側や、共和党からは忌み嫌われる存在だった。

映画「市民ケーン」では、ケーンが労働者の側に立ちニューヨーク州知事の座を争うのだが、この「マンク」では、カリフォルニア州知事選を競う場面が出てくる。

マンクの執筆した脚本は、マンクが直前に経験したことが多く盛り込まれ、そして、没落するケーンのモデルは実在のハーストだった。

作品で取り上げられるカリフォルニア州知事選の共和党側の宣伝工作は、あらためて考えると、フェイクニュースだ。
フィルムを使って、堂々とフェイクニュースを作成して、流していたのだ。
現代のアメリカの大統領選挙となんら変わるところなどない。

そう、この作品は、今、作られるべくして制作されたのだ。
そんな対比も、実は滑稽だったりする。

当時の映画作品で多かったのは、どうもギャング映画のようだ。
何度も皮肉たっぷりに引用されるのはキングコング。
娯楽作品がほとんどで、教養が重視されるような環境ではなかったのだろう。
まあ、これも現代と似たようなものかもしれない。
その中で、「市民ケーン」は異色だったはずだ。
成り上がり、労働者のための政治家を目指し、そして、スキャンダルなどを経て没落して行く人間の物語。

「市民ケーン」が史上最高の傑作とされる所以は、物語のノンフィクション的という独創性や、脚本だけではない。
オーソン・ウェルズのワンマン映画とされるものの、そのおかげで、今では当たり前の撮影ノウハウなどが新たに導入され、物語に重みを与えている。

ただ、やはり、「市民ケーン」はマンクの執念によって出来たことは間違いない。

ケーンは力を失う。

しかし、現実では、共和党も実は力を失い、作中で社会主義的と揶揄された労働時間は今や8時間がベースで、福利厚生は改善、人種差別は大きく後退し、ジェンダーの差別も当然無くなってきている。

それに、今や、大統領選でカリフォルニア州の選挙人を共和党が獲得できるとは誰一人思わないだろう。

民主党のケネディは銃弾に倒れたが、クリントン、オバマは長期政権を全うした。
白人労働者を鼓舞したトランプは、大統領の座を追われることがほぼ決まりだが、何かに取り憑かれたように、フェイクを発信し続けている。
既得権益にしがみつく、当時の映画制作者や企業のようでもあり、皮肉だ。

そして、多くの俳優やシンガーは、人種や国籍を問わずパフォーマンスし、米国の屋台骨となっているITやハイテク産業の労働者も対象の市場も、人種やオリジンを問うたりしないし、相手は世界市場だ。
トランプを支持する白人至上主義者は所詮ワン・オブ・ゼムでしかないのだ。

この世界最高傑作の映画誕生にまつわる物語はモノクロで撮られている。
しかし、色褪せず僕達に語りかけている。
普遍的な価値観はあるのだと。
時代や環境が変わろうと、それは変わらないはずだと。

我が国の現状を鑑みると気後れしそうになる。

因みに、「市民ケーン」は、作中で数回紹介されるコンラッドの「闇の奥」の制作を断念して取り組まれた作品だ。

「闇の奥」からインスパイアされて作られた作品はコッポラの「地獄の黙示録」。

#BlackLivesMatterのムーブメントで、標的とされた銅像に、ベルギーのレオポルド2世のものがある。
「闇の奥」のモデルとされる人物だ。

何か、最近の出来事と連なって、シンクロニシティとは言わないが、妙な縁を感じる作品だと思った。
まあ、制作者は意図してると思うけど。

多くの人に観て欲しいと思う。

ワンコ
talismanさんのコメント
2021年2月18日

ワンコさんのレビュー、勉強になりました!私も多くの人に見てほしいと思いました。

talisman