「総理の夫は理想の夫」総理の夫 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
総理の夫は理想の夫
出張に行く前、妻からヘンな事を言われた。
もし、私が総理大臣になったら困る事ある?
…まあ、困る事あるんじゃないの。色々と。
出張先はろくに電波も入らず、情報遮断。
で、帰って来たら、びっくり!と言うより、ポッカ~ン…。
あれは冗談などではなく、本当に妻が“日本初の女性総理大臣”になりました。
そしてその日から、僕も“日本初のファーストジェントルマン”になりました。
設定を大まかにするとこんな感じ。
日本初の“女性総理大臣”と“ファーストジェントルマン”を題材にした政界コメディ。
予告編なんかからも。自宅に帰ると警備員に止められて、「僕は総理の夫です!」。
コメディの定番のようなシーン。普通、直属警備員が“総理の夫”の顔を知らない訳ないよ。
レビューを見ると、“不支持”声もちらほら。三谷作品のようなもっと笑えるコメディかと思ってた。
実は意外とドラマ性もしっかり。単なる爆笑コメディではない。
私的にはこれでちょうどいいと思った。
コミカルさは勿論、しっかりとした政界ドラマ。女性と社会。夫婦愛。
コメディとシリアスのバランス加減も悪くない。
『大怪獣のあとしまつ』に必要だったのはこれじゃなかろうか。
基本は“総理の夫”となった主人公・日和に降り掛かる珍騒動、大騒動。
現実社会でも新総理共々ファーストレディも注目を集め、それが日本初のファーストジェントルマンなのだから、大変さもお察しを。
自由な行動も限定される。予定に無い行動はNG。広報官から厳しいお達し。
仕事で出張にも行けない。何日も家を空けたら別居説が噂されるから。
住み慣れた家から総理公邸へお引っ越し。ゴージャスなさすが総理公邸だが、あちこちに監視カメラ。テロ警戒だって…。
妻とすれ違い続く。もう自分一人だけの“愛妻”じゃない。一国の“総理”。
気の休まる時も無いほどの激務。国の為に働く君は美しいけど、でも凛子、身体は大丈夫…?
総理は総理で大変だが、ファーストジェントルマンもファーストジェントルマンで大変。
総理の夫はつらいよ。
せっかくの題材。女性総理奮闘記としても見応えあり。
注目や期待は男性総理の比じゃない。
何か変えてくれる。皆、そう思ってる。
だけど、一度失敗見せれば…。持て囃しからの国民の手のひら返しほどの脅威は無い。最初はあんなに騒いでたくせに…。政界に限った事ではないが。
それに、彼女は“女性”。政治家としてはまだまだ若い40代。
何か失敗した時の叩く材料は揃っている。
若手故の大胆なマニフェスト。“増税”。
劇中でもそれが度々槍玉に上げられる。
増税は正直、イヤだ。どんだけ国民から摂取するんだ…?
だけど、世界から見れば日本の税金は低い方なのは有名。海外では、30%とかもざら。さ、30%も取られるなんて…。
でも、そういう国々は税金の使い道がはっきりしている。全て、国や国民の為。取られる額は大きいが、その分医療や学費に保障される。
そういう使い道だったら、断固として反対ではない。
日本だとそういう所、不透明なんだよなぁ…。
それをはっきりさせてくれるリーダー不在なのも問題。
もし、劇中の凛子のようなリーダーだったら…?
現実の男性総理でも病や過労に倒れる事もある。我々国民はそんな事意に介さず、あれこれ難癖付けるが。
それが40代女性だったら…? 過度のプレッシャーを課せられたら…?
どれほどの心労か、想像も出来ない。
想像出来る事は一つ。国民の反応。
期待の割りに…。これだから女は…。
100%間違いなく、この現実社会では上がる声だろう。
凛子の場合、最も大事な時に倒れた。
原因は、妊娠。
忘れてはならない。一国の総理であると同時に、新たな生命を授かる母体なのだ。
海外では、女性リーダーの妊娠/出産/育休は珍しい事ではないらしい。
が、やはりこれまた日本では…。そもそも日本では、男性の育休すら満足に取れない。…いや、取れるのは取れるのだ。が、社会全体がそういう空気にさせない。
皆が身を粉にして仕事してるのに、呑気に育休なんて…。
間違っちゃいけない。子育てだって立派な“仕事”だ。男は外に出たら戦場と言うが、息抜きの飲み会などの場もある。
が、家に留まる女性は…。24時間子供を見てなくてはいけない。その僅かな間に、家事。帰って来た夫はろくに手伝ってくれない。自由の時間など無い。男の仕事より寧ろハード。
もし、これが女性総理だったら…?
どっちを取るかじゃない。どっちもやらねばならないのだ。一国の総理として、母として、さらに妻として。
過労で倒れて当たり前。それほど過酷なのだから。
国の事も考えなきゃならない。我が子の事も、家庭の事も考えなきゃならない。
男みたいに家の事は女性に丸投げという訳にはいかない。だって、真の大黒柱。
凛子はまだ妊娠中。本来なら安静にしなければならない時。
しかし凛子は、この時も総理の仕事をしようとする。
日和くん、お願いだから私に頑張ってって言って。
そう過剰なまでに自分を追い込む。いつも冷静な凛子がこの時ばかりは取り乱し、見てて痛々しかった。
重要ポストに居る女性なら誰もが通る茨の道なのだろう。
その時、男には何が出来るか…?
日和の苦悩も計り知れない。
女性総理。
それを演じる事の出来る女優も限られてくる。
気品、聡明さ、芯の強さ、演技力…。
なるほど、中谷美紀になら一票投じたくなる。
凛とした美しさ、立ち振舞い、喋り方…いずれを取っても“パーフェクトレディ”。
時折見せる妻の顔、弱さ脆さも人間味を感じさせる。
未だ誕生しない女性総理。“大国”と呼ばれる国々で、未だ女性がトップに立ってないのは、アメリカと日本くらい。どんだけ男女格差が深刻なんだ…? 一体、いつの未来になる事やら…。
もし晴れて誕生した時、果たして凛子総理を超える支持を得る事が出来るか…? 誰やっても同じ男性総理もそうだが。
あくまでフィクションの理想像だが、フィクションの世界だけ理想のリーダーを見ていいではないか。
貫地谷しほり演じる広報官も“働くママ”。好サポート。それだけに、彼女がしてしまった“過ち”は…。辛かったのだ。尊敬する総理へ、同じ女性として。
イケメン秘書、実直な官房長官、ゴシップ狙う巨漢フリーライター、一癖二癖ある日和の母親と兄、個性的な日和の同僚…。
中でもインパクト残すは、政界の大物。味方なら非常に心強く、敵なら非常に厄介。女性総理誕生に一役買ったが、実は虎視眈々と総理の椅子を狙っている…。その名も、腹黒い原九郎。だって、岸部一徳が演じるのだから、何かあるに決まってる。
だけどやはり、“総理の夫”を見る作品。
田中圭のズッコケ鈍直ぶりがハマってる。
硬軟様々な役を演じるけど、何だかこういう役こそ彼の持ち味が活かされてる気がする。
ちょっと頼りなさげだけど、温かく真面目。
同僚の隠れ美人の誘惑に、動揺しつつよく耐えた!
お金で解決しようとせず、頭を下げ、誠心誠意頼み込む潔さ。
いいキャラしてる日和だけど、ちと残念だったのは、キャラ設定。
実は、財政界の大物の母を持つ“いい所のお坊っちゃん”。
それだけに、ズレやとんちんかんが笑えるのだけど…
結局は女性総理の夫は、上流階級者。日和の性格自体は一般人レベルと何ら変わり無いのだが、その設定だけ、何だか突然敷居が高くなったような…。
日和がただの“鳥オタク”のごくごくありふれた一般人だったら面白かったのだが…。
政界コメディや政治ドラマとして、良質のエンタメ。
最後は夫婦愛のドラマとして締め括られる。
悩みに悩んだ末、総理の座を辞する事に決めた凛子。あっという間の短任期だった…。
会見に臨む。
悩んでいたのは日和もそうだった。
自分に何が出来るか…?
映画的だが、会見上に飛び入り現れる。
そこで彼が放った言葉は…
ベタな作品だったらここで、
諦めるな!
向かい風に向かって飛ぶんじゃなかったのか…!?(凛子の所属党のシンボルマークは、向かい風に向かって飛ぶ鳥)
辞任を思い留まらせるだろう。
しかし日和は、
後悔は無いのか。
一度羽を止めた鳥がもう飛べないなんて、誰が決めた?
一見同じような事を言ってる気もするが、微妙にニュアンスが違う。
妻の意を尊重し、労い、また羽ばたく日へのエール。
これが自分に出来る事。夫して。
ラストシーンも愉快。
アレ、どっかで見たシーンと台詞…?
しかしその時の日和の顔に、“困り事”は無かった。寧ろ、
凛子、頑張って!
総理の夫は理想の夫。