パリの調香師 しあわせの香りを探して : 映画評論・批評
2021年1月12日更新
2021年1月15日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラスト シネマ有楽町ほかにてロードショー
優しい芳香に癒される、香水業界を舞台にした繊細な人間ドラマ
パリの香水業界が舞台で、エルメスやディオールが協力している、と聞けば、いかにも洗練されたフランスの香り漂う、女性的な映画をイメージするかもしれない。だが本作は、そんなカテゴリーで括ってしまうには勿体なさすぎる。
もちろん、洒脱な雰囲気も魅力には違いないが、この映画の真のテーマは、異なる世界に住むそれぞれに困難を抱えた人間が支え合い、連帯することで障害を乗り終えていくことにある。それは世界が困難な状況に直面している今、ことさら本質的なこととして観る者の心に響くのではないか。
かつて天才調香師の名を欲しいままにしたアンヌは、4年前にストレスから嗅覚を失う悲劇に見舞われ、その後回復したものの、生き馬の目を抜く香水ビジネスの世界で、もはや以前のステイタスを得ることはできない。そんな彼女の元に新しく雇われた運転手がギョーム。彼もまた、失業や離婚を経験し、人生の立て直しを迫られている。
ディオールの名品「ジャドール」(シャーリーズ・セロンのCMでお馴染み)を生み出した、という設定のアンヌは、仕事に身を捧げてきたせいでいまも独身で、プライドだけは高く、わがまま。だがその内側には、孤独や不安を抱えている。
こういう役をやると、エマニュエル・デュヴォスは独壇場だ。もともとアルノー・デプレシャンやジャック・オーディアールの作品で評価されてきた彼女は名女優だが、いわゆる華のあるタイプではないだけに、同世代のジュリエット・ビノシュやエマニュエル・ベアールに比べると、いささか損をしている節がある。
だが、はっとするほどエレガントで美しい瞬間があるかと思えば、憎らしいほど傲慢で嫌味な女になるときもあり、ときには手を差し伸べたくなるような脆さを漂わせる。「ネ」(鼻の意味)とフランス語で呼ばれる、職人気質と芸術家肌の両方を兼ね備えた調香師の複雑さを、みごとに体現していると言える。
一方、「冴えないけれど中身はピカいち」なギョームに扮したグレゴリー・モンテルの、受けの演技も捨て難く、このでこぼこコンビのやりとりには、思わず微笑まずにはいられない。
もうひとつ本作がユニークなのは、男女の話の場合、かなりの割合で誘惑と欲望に結びつくフランス映画において、そんな紋切り型を粋なやり方でかわしていること。このあたりも、とても繊細で大人の映画だと感じさせられる所以だ。
優しい香りに満ちた本作に、ぜひ癒されて頂きたい。
(佐藤久理子)
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