劇場公開日 2021年1月15日

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「クロードの洒落た生き方が羨ましい」43年後のアイ・ラヴ・ユー 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5クロードの洒落た生き方が羨ましい

2021年1月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 破れ去った恋の思い出はほろ苦くも美しい。そして誰にも語ることはない。ひとりのとき、ふとしたことで当時の楽しさや切なさを思い出す。若くて美しかった彼女は、記憶の中ではいまでも美しいままだ。逢いたい気持ちはある。しかし本当に会うのは野暮である。歳を経てそれなりに美しく熟している可能性もあるが、そうでない可能性が大きい。確かめてどうするのだ。
 本作品の主人公クロードは元演劇評論家だ。数多の恋を知っている立場にある。当然ながら、昔の恋人リリィに会うのがどれだけ野暮か知っている筈だ。それでも会おうとしたのは、新聞に出ていた彼女が昔の面影そのままだったからに違いない。もしかしたら思い出してくれるかもしれないという淡い期待もあっただろう。老人の彼が少年のようにときめき、非常識な計画を立てるところがとてもいい。
 アルツハイマーは当人にとっては不幸ではない。シモの世話をしたり徘徊しないように四六時中監視する周囲の人間は大変だが、当人はほぼ赤ん坊だから自覚も記憶もない。そして死の恐怖もない。死にたくないと思いながら死んでいくのは不幸だ。痴呆になるのは死の恐怖にベールを被せてくれることなのかもしれない。
 元演劇評論家のクロードが一計を案じ孫娘の協力を得て、かつて恋人が主演した劇を観劇する場面は本作品のハイライトである。リアルで素晴らしいシーンだった。
 リリィを演じたカロリーヌ・シオルという女優さんは本作品で初めて見た。化粧の効果もあるだろうが、それにしても古希を超えてこれほど目の大きな人は珍しい。これ以上ない適役だ。クロードを演じた84歳のブルース・ダーンも見事である。ブライアン・コックスとの場面がいたずらっ子同士のやり取りに見えて、こちらも楽しい。
 ラブ・コメディも高齢者になると、互いに相手の気持ちを慮る場面が多く、野暮な台詞や説教臭さは皆無である。クロードの洒落た生き方が羨ましい。粋な作品である。

耶馬英彦