「どんなときもベストを尽くす事が必然の結果を招く」TENET テネット よしおさんの映画レビュー(感想・評価)
どんなときもベストを尽くす事が必然の結果を招く
どんなときもベストを尽くす事が必然の結果を招く
そんなことを思ったのが、クリストファーノーラン監督のTENETを観てからだった。
TENETは主人公の「名もなき男」が未来から来た敵と戦い、世界を救うというSFアクション映画だ。
未来人は自分たちの住む地球が滅亡の危機に瀕しており、なす術なく科学者が開発した「アルゴリズム」を使って
右(始まり)から左(地球の終わり)に流れる時間の流れを左から右に逆行させる事で、助かろうと考える。
しかし、科学者は時間を逆行させてしまえば、過去と未来で全ての生命が消滅する事態に陥る事を懸念する。
時間を逆行させるということは歴史を逆順するという事、先に祖先が死んでしまえば子孫の人間は生まれなくなる。
このパラドックス(矛盾)が生じることで、アルゴリズムを発動した瞬間、過去の人類も未来の人類も一瞬にして消滅してしまう事を恐れた科学者は
「アルゴリズム」を9つに分解し、過去の時代に隠してしまう。
しかし未来人はそれがわからず、過去の時代に隠したアルゴリズムを集め発動させる使命をセイターという武器商人に託す。
(武器商人になったのも未来人の援助あってのことなのだが)
TENETではそのアルゴリズムの起動を防ぐ為に「名もなき男」が謎の組織にスカウトされ奔走するストーリーだ。
名もなき男はCIAの特殊工作員であり、テストという形でウクライナのオペラハウスで起きるテロ事件の果てに謎の集団にスカウトされる。
そしてセイターの思惑を察知した名もなき男は時間を遡りながらアルゴリズムの争奪戦を行う。
この映画の肝は、時間移動にあるが、驚くのが時間移動の方法と、時間に対する「考え方」だ。
TENETでは未来の敵が時間を「逆行」して進んでくる。
逆行とは読んで字のごとく、時間を逆に進んでくる、単純なワープではない。
例えば10年前に戻りたいと思えば、10年分の時を過去の方向に歩いていかなければならない。
2020年の現在、20歳の少年が2010年に戻りたいと「逆行」したとしても、10年分歳を重ねることになるので、2010年に戻れた時には30歳になっているということだ。
そして「逆行」はあくまでも起きた出来事の「結果」に対してのものであって、どうあっても「結果」を変えることは出来ないように描かれている。
というのもこの映画の始まりは時間を右から左に進む「巡行」で話が進んでいく。
オペラハウスでのテロ事件(テスト)→スカウト→同胞との邂逅→セイターとの接触→ハイウェイでのアルゴリズム争奪戦、と目の前で起きる出来事は全て我々が感じることのできる時間の流れで進んでいくのだが、ハイウェイでの争奪戦の際、我々は信じられない光景を目の当たりにする。
セイターが時間を「逆行」してアルゴリズムを奪いに来るのだ。それが巡行目線で描かれる。
車が逆再生のように動き、主人公達を追い詰める。
これは「挟撃作戦」と言って、巡行の流れにいるセイターの仲間達がセイターに主人公達の動きを逐一教え(始まり)、
アルゴリズムを奪われた瞬間(終わり)にセイターが「逆行」し、起こる出来事を全て知った上での強襲をかけてくるのだ。
始まりと終わりが連携することで強奪の瞬間という時間を挟み撃ちする作戦なのだ。
アルゴリズムを奪ったセイターはそのまま逆行し、とある時間に戻りアルゴリズムを発動させようとする。
その場所がスタルスク12と言うセイターが生まれたロシアで核爆発により投棄された地図にない都市だ。
セイターはこの場所で核爆発をスイッチにアルゴリズムを発動させようと画策する。(ここにはもう一つスイッチがあるのだけど割愛)
名もなき男はそれを阻止する為に「逆行」し、スタルスク12で最終決戦に挑む。
実はこのスタルスク12は物語の序盤、主人公達の同胞、プリヤとの邂逅時にキーワード(話題)に上がる。
プリヤとのちょっとした与太話の中で、名も無き男がオペラハスに居た同じ時、スタルスク12で謎の爆発が起きたことが告げられる。
この謎の爆発がスイッチになる爆発のことであり、すでに起きた出来事である事が判明する。
アルゴリズムが発動した瞬間、全ての人類が消滅する。
しかし、ハイウエイでのアルゴリズム争奪戦まで、名もなき男達は「消滅」していない。
これはつまり、「アルゴリズムは発動しなかった」=「名もなき男の勝利」は確定している「結果」である事が判明するのだ。
中盤で名も無き男はこの事に気づき、相方で謎の組織から出向してきた相棒ニールに告げる。
「今ここに俺たちが居るってことは、未来は救われたって事じゃないのか?」と。
対して、ニールはこう返す、
「結果がわかったとしても僕らが何もしない理由にはならない」と。
このあたりでこの映画は「与えられた結果に対して事を全うする男達のドキュメンタリー」である事がわかる。
主人公がスカウトされたのも、セイターがアルゴリズムを奪ったのも、全ては「結果」にとっては織り込み済みの内容であり、
名もなき男はその「結果」を全うするための「主役」でしかないのである。
それを理解した上で如何にして結果に導いていくのか、スタルスク12に降り立つ名もなき男は、
エンディングまでどんな事があってもこのプロセスを重視するTENET(主義)を貫き通すのだ。
そして相棒ニールから告げられる「告白」、彼もまた主義を貫く男である。
そして最終的には大団円の良い結果をもたらすのだ。
未来を知ろうが、知りまいが、今目の前で起こる出来事に対してのTENET(主義)を持ち行動する事。
彼らに比べて僕らはなんと贅沢であろうか?
僕らはどれだけ頑張っても未来のことはわからない。
ただ目の前で起こる出来事をこなすだけだ。
少ししんどければサボる事もできるし、やめる事だってできる。
そこにはなんのプレッシャーもない。
TENETの登場人物は、未来を知りながらも安堵はしていられない。
自分たち一人一人が役割を果たさなければ結果がもたらされないことを知っているのだから。
与えられた状況が自分にとって不満であったとしても、「自分に決してブレない大切な事」=「主義」を貫いて全力で生きていく事、
この時代において全ての人々が大切にしなくてはいけない事がこの映画の強いメッセージ性である。