WAVES ウェイブス : 映画評論・批評
2020年7月7日更新
2020年7月10日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
斬新なミュージカル映画のような語り口で、観客の感性を刺激しまくる
灼けるような太陽と海風が皮膚を撫でるフロリダのハイウェイを、若いカップルを乗せた車が楽しそうに疾走して行く。原色の画面、音楽に連動してストーリーが展開するポップな演出、人物の心境に応じて変化するアスペクト比etc。まるで、斬新なミュージカル映画のような語り口で観客の感性を刺激しまくる本作は、映像と音楽と物語が終始絶妙にシンクロして、やがて、絶望の果てにある微かな希望の光を、観客の心にも灯してくれる。
ケルヴィン・ハリソン・Jr.演じる高校のエリート・アスリート、タイラーが、親の期待に反してレスリング試合で苦杯を舐め、追い討ちをかけるように恋人の妊娠が発覚したことから、自暴自棄になって取り返しがつかない罪を犯してしまう前半が、パート1。そんな兄のせいで心が疲弊し、キャンパスでも閉じ籠もりがちだった妹のエミリーが、ある日、向こうからアプローチして来た青年、ルーク(ルーカス・ヘッジズ好演)と恋に落ち、安らぎの境地に至る後半が、パート2だ。
オープニングの至福感満載のドライブシーンに始まり、タイラーの期待と不安が入り混じった内面の混沌や、エミリーの行き場のない心の鬱屈を、演技と寄り添う形で表現するのは、音楽マニアでもある監督のトレイ・エドワード・シュルツが脚本に添付した全31曲のプレイリスト。フランク・オーシャン、エイミー・ワインハウス、ケンドリック・ラマー等、トップアーティストたちによるこれらの楽曲は、過去2作でもシュルツとコラボしている制作プロ、A24のウェブサイトにアップされ(シュルツの注釈付き)、日本語の公式ホームページにも転載されているので、チェックしてみてはいかがだろう。また、タイラーとエイミーの状況に呼応する形で、1.85:1→1.33:1→1.85:1と変わるアスペクト比も、シュルツが脚本に添えたアイディアだとか。ここまでコンセプチュアルな作品は近頃珍しいと思う。
人物配置も斬新だ。タイラーとガールフレンドのアレクシス、そして、エミリーとルークの間に今や人種の壁が皆無だし、タイラーに自らの経験を押し付けようとする厳格な父親も、ルークがあまり話したがらない疎遠な父親も、みんな、アメリカ社会の歪みをもろに被った前世代の生き残り組。若者たちは過去に縛られず、自分たちの時間を共有し合いながら、過ちを犯してもやがて克服して行く。安易な希望ではなく、現実的で未来志向。それが映画の形式を超えて心地いいのだ。
(清藤秀人)