「中盤から涙が止まらない。老若男女きっと共感できる感動の実話。」ヒノマルソウル 舞台裏の英雄たち 雨音さんの映画レビュー(感想・評価)
中盤から涙が止まらない。老若男女きっと共感できる感動の実話。
『ヒノマル』『日本に金を』
この言葉だけで、五輪はいいよ…となってしまう人も多いと思う。
オリンピック選手の苦悩?
そんなスケールの大きい話…
そんな風に思う人もきっと。
映画ヒノマルソウルは東京でオリンピックの開催が決まる前、2011年から映画化しようと決意された作品らしい。
映画の中では『日本の為』にという事に疑問を投げかけるセリフもある。
この映画に出てくる主人公は仲間の失敗で金メダルを逃し、年齢的に最後のオリンピックでは怪我に見舞われ代表を落選してしまう西方仁也。
何処か遠くの話のように感じるが、プライド、妬み、嫉妬、将来への迷い、夢…
彼の抱く感情は誰しもが経験した事があるであろう人間臭いもの。
だからこそ序盤から彼の心情が痛いほどに伝わってきて苦しい。
西方仁也を演じているのは田中圭。
金メダルを取れなかった時の悔しさ、長野オリンピックに選ばれなかった現実。
言葉ではなく微量な表情の変化から彼の苦しみが伝わってくる。
特にオリンピックの選考に選ばれなかった時の表情はリアリティがある。
安堵からの落胆。
一瞬にして静かに表情が変わっていき、いたたまれない気持ちになる。
テストジャンパーとして裏方で五輪に携わるが、ジャンプを失敗した原田が長野五輪に出場。
何で俺が裏方なんだ…
そんな思いを原田選手にぶつけてしまうシーンがある。
言葉は妬みや嫉妬だが、彼の表情から苦しさ悲しさが溢れる。
言ってはいけない事を言ってしまったと言う気まずい空気が流れ張り詰める。
田中圭さんの言葉を借りればずっとウジウジしている主人公。
そんな彼にここまで感情移入してしまうのは、所々に入る家族や仲間とのシーンから垣間見える彼の人間力。
土屋太鳳さん演じる奥さんの、幸枝さん。
感情を表に出さずに時に冷くも聞こえる言葉で西方さんの気持ちを汲んでいく。
こんな妻でありたいと思える程の素敵なひとだ。
幸枝さんといる西方さんの表情は、どこか少年のようで普段見せている表情とは全く違う。
奥さんに大きな信頼を寄せ、奥さんの物言いに、時に傷つくような表情を見せる可愛らしさがある。
リレハンメルオリンピックで金メダルを逃した後、失意の原田に前向きな声をかけた西方が奥さんの前で大粒の涙を流すシーンがある。
雪を溶かすような大粒の涙を流す姿は子どものようで、強く温かく包み込むような幸恵さんの包容力。
2人の関係性が一瞬にしてわかる素敵なシーンだった。
子供と対峙する時、後輩のジャンパーとのやり取り、所々に見せる西方さんの優しさ温かさが彼の魅力を増していく。
決して大袈裟にいい人を振る舞うのではなく、身体の中から溢れ出す人の良さというか…とにかく田中圭が演じたからこそ感じる熱さ、温かさがある。
そんな人間味溢れる主人公に感情移入が止まらないのだが、この映画は決してそれだけでは無い。
脇を固める俳優陣の演技、役柄にも魅了される程にどの役も素晴らしいのだ。
怪我のトラウマを抱える南川(眞栄田郷敦)生意気な素振りを見せつつも、恐怖を拭えない姿。
それでいて西方さんの話を聞いている時はワクワクする気持ちを抑えられないような可愛らしさがある。
女子高生テストジャンパーの小林(小坂菜緒)オリンピックに対する思いは誰にも負けない熱い闘志がある。
彼女の真の強さ明るさは人を動かす力がある。
聴覚障害のある高橋(山田裕貴)ハンディキャップを背負いながらも誰よりも飛ぶ事を楽しんでいる明るいムードメーカー。
山田裕貴さんの持つ熱さ優しさが溢れて、苦しく張り詰めたシーンでも、彼が映る事でとても安心する。
彼のジャンプシーン、一瞬音が消え彼の感じている景色を一緒に体感できるようで一気にスクリーンの中に吸い込まれるような気持ちになる。
飛んだ後の高橋の表情、言葉には毎度泣かされる。
日本の金メダルをかけた命懸けのジャンプ。
様々な思いを抱えて飛ぶテストジャンパー達。
彼らのキラキラした笑顔。
この辺りからエンドロールまで終始涙が止まらない。
最後まで吹っ切れない西方が仲間の姿に押されるように飛ぶシーン。
何のために飛ぶのか…それは決して日本のためでは無い。
25人のテストジャンパーが開いた金メダルへの道。
いつも明るく呑気にも見える笑顔の原田選手がこれまで抱えて来た重圧。
仲間への思い。
そして西方への気持ち。
日本が金メダルを取った裏側、誰も見ていない場所で、記録にも記憶にも残らない命懸けの戦いがあった。
原田選手の「みんな」と言う言葉の真実を知り涙が止まらない。
ジャンプを終えた西方へ息子の慎護くんが渡すプレゼント。
貰った後の西片さんの涙。
映画でこんなに泣いたのは初めてだ。
気を抜いたら声をあげて泣いてしまうほどだった。
震える肩が止まらなかった。
放心状態になりながら観るエンドロール。
少しずつ温かい気持ちになっていく。
そしてエンドロールのラストに映る写真。
その後の文字。
ここでまた涙腺が崩壊する。
そう…これは実話なのだと思い出す。
来るぞ来るぞ!という大袈裟すぎる音楽も、お涙頂戴の演出もないのに自然に涙が溢れてくる。
人を支えられることへの喜び。
人に助けられて生きていることへの感謝。
裏か表かはどうでもいい。
やるべき事に真剣に向き合おう。
色んなメッセージを受け取った。
長野オリンピックの記憶がある人はもちろん、これから沢山の夢や希望、そして挫折を味わうであろう若い人達にも観てもらいたい素晴らしい映画だった。