リチャード・ジュエルのレビュー・感想・評価
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なかなか良かったです。
だから喋るなって言ってるでしょうがぁ!
さすがクリント・イーストウッド監督
映画の力
逃亡せず、捜査協力し、英雄になりました。
題名の「リチャード・ジュエル」は、アトランタ爆破事件の
第一容疑者です。
法廷ドラマではなく、ドキュメンタリーで、ヒューマンドラマです。
アトランタ爆破事件を知りたいという人々には良い映画です。
報道関係者や捜査関係者はもちろん、SNSで事件について投稿したり、
リツイートする人々にも良い映画です。
現在は、報道関係者や捜査関係者だけでなく誰でもがSNSで、
報道加害者にも報道被害者にもなります。
報道だけでなく、盗聴の恐怖もあります。
「ニュースの真相」や「大統領の陰謀」が好きな人には向いています。
私も、その一人です。
第一発見者が、犯人である確率は5%ぐらいで、
「第一発見者は、第一容疑者」というのは捜査の基本です。
情況証拠や自白のみで事実認定をするのは間違いではありません。
情況証拠や自白のみで事実認定をすることで「無実であるのに
犯罪者として扱われてしまうこと」が起きます。
事件の第一容疑者として尋問され、報道被害を受けて、無実を
勝ち取るのは困難です。
権力ある人には金があり、弁護士を雇い、起訴を免れるのが現状です。
権力のない人には金がなく、弁護士を雇えず、起訴されて、99.9%の
確率で有罪になるのが現状です。
米国では、お金がない人でも、無罪を勝ち取れば、莫大な賠償金を
得ることができるので、弁護士を雇ことができます。
「エリン・ブロコビッチ」を鑑賞すると分かります。
日本では、お金がない人が、無罪を勝ち取っても、莫大な賠償金を
得ることができないので、弁護士を雇ことができません。
ストーリーは、時系列を前後させることはないので、分かりやすいです。
テーマは重いですが、所々で笑いも起きました。
まず、人間関係が紹介されます。
リチャード・ジュエルは、中小企業局アトランタ事務所で、備品係を
しています。
ワトソン・ブライアント弁護士は、中小企業局アトランタ事務所で、
細かいことに気が付くリチャード・ジュエルと知り合い、「レーダー」
というあだ名をつけます。
FBI捜査官のトム・ショウは、キッシー・スグラックに捜査情報を漏らす
架空の人物です。
キッシー・スグラックは、アトランタ・ジャーナルの女性記者です。
ボビ・ジュエルは、リチャード・ジュエルの母親です。
ナディア・ライトは、ワトソン・ブライアント弁護士の秘書です。
それでは、年表です。
1994年6月27日、長野県で松本サリン事件が発生しました。
1994年6月29日、報道機関は、河野義行さんを容疑者扱いする報道を行いました。
永田恒治弁護士は、松本サリン事件において、事件の第一通報者で、
容疑扱いをされていた河野義行を、弁護士として支援しました。
1995年3月20日、東京都で地下鉄サリン事件が発生しました。
1995年5月27日、報道機関は、河野義行に謝罪しました。
1996年7月19日、アトランタオリンピックが開幕しました。
1996年7月27日、オリンピック公園の屋外コンサート会場で爆破事件が発生し、
2名が死亡、111名が負傷する事件が発生しました。
1996年7月30日、地元紙アトランタ・ジャーナルは、号外一面トップでFBIが
第一容疑者としているリチャード・ジュエルを実名で報道しました。
FBIは、リチャード・ジュエルに尋問を開始しました。
リチャード・ジュエルは、ワトソン・ブライアント弁護士に電話しました。
1996年7月31日、リチャード・ジュエルは、ワトソン・ブライアント弁護士に会い
弁護を依頼しました。
FBIは、リチャード・ジュエルの自宅を家宅捜索しました。
1996年10月26日、FBIがリチャード・ジュエルは捜査対象から外れたことを発表
しました。
2003年5月31日、元米陸軍兵士で爆弾に詳しいエリック・ルドルフが犯人として
逮捕されました。
カルロス・ゴーン容疑者は逃亡し、捜査協力せず、英雄ではありません。
カルロス・ゴーンが逃亡を計画し、逃亡を実行し、カルロス・ゴーンの
弁護士である弘中惇一郎弁護士と高野隆弁護士は、初公判の前に
「ノー・コメント」と言い残して、辞任しました。
カルロス・ゴーンが、「弘中惇一郎弁護士と高野隆弁護士のことを、
ウスノロで、間抜けの、アホ野郎」とでも言ってくれれば納得しますが、
何も言わないなら、共犯ではないかと思います。
日本には、弘中惇一郎弁護士と高野隆弁護士のような弁護士がいるから、
日本では取り調べ中に弁護士を同席することすら権利として認めるわけ
にはいきません。
パンフレットは、よくできているので、映画を理解したい人には
お勧めできます。
☆☆☆☆ 御大お見事です! お見事過ぎた…と言っても良いかも知れま...
☆☆☆☆
御大お見事です! お見事過ぎた…と言っても良いかも知れません(誰の言い回しだよ💦)
どうか眼前にひれ伏すご無礼をお許し下さいませm(._.)m
今回は冤罪を生み出す背景及びメディアテロの仕組み。
ここ数年に於ける。御大得意の…。
〝中身は濃いのにサラッと簡単に撮っているかの様〟
なんなんですかね〜、この円熟味の極致は?
心に刺さる台詞が多かったのですが。御大の演出力に圧倒されてしまい、覚える暇すら与えては貰えませんでしたよ〜。
バビーが記者会見を開いた時に映る重要人物の顔。それに被さるはピアノの静謐な調べなんぞは、もう完璧過ぎて言葉も出ませんでしたよ💧
それにしても。90歳を越えてなお《全く枯れない》ってどうゆう事なんですか?
恐ろしいです。恐ろし過ぎると…(^^;;
2020年1月17日 TOHOシネマズ日比谷/スクリーン5
※ ところでジュエル〜!
「ゲイじゃないのを証明する…」って、、、
それが大事なんか〜い( ´Д`)
国民の反応は??
1996年アトランタ爆破テロで爆弾を発見した警備員リチャード・ジュエル。避難を促し、被害も少なくしたと当初は英雄視されるが事態は一変し、FBIからは容疑者として扱われ、その情報が漏れたことでメディアリンチにあったという史実を元にした作品。
リチャード・ジュエルを演じるポール・ウォルター・ハウザーは『ブラック・クランズマン』や『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』でマヌケな役を演じていたが今回もマヌケな役で融通が利かないし、マザコン、家にはやたらと銃が置いてある、爆弾にやたら詳しい、逮捕歴もあり、周囲からは好かれていない変わり者でオタクっぽいというクセが強すぎて怪しすぎる役を演じている。つまりこんなに怪しさ満点の人物が実は無実でメディアリンチにあってしまったら…
SNSが一般化して、当時のインターネットがまだほとんど普及していないという時代背景であってもこんな状態なのに、今もしこの様なことが起きたとき、私たちはSNSやメディアに動かされずに真実を見極める力をつけるべきであるというクリント・イーストウッドが警鐘を鳴らした作品である。
警鐘を鳴らしたいというメッセージを受け取ったのだが、描き方が弱い。史実だからアレンジができない部分があるのかもしれないが、この手の冤罪を扱った作品だと、邦画でも洋画でも、もっともっと酷い事態が描かれることが多い。例えばリチャードの車がパンクさせられていたりするとか、家に「テロリスト」と落書きされるとか、出かけた先で罵倒されるとか…確かにメディアリンチにはあっているし、FBIの非情な捜査は耐えられないことではあるが、何が問題かというと国民の反応が描かれていないことだ。
テロが起きたという事実から、一番不安にかられているのは民間人である。例えば現場にいてリチャード・ジュエルによって助かった者や逆に近くにいたからこそ怪しむ者、メディアの報道を観て便乗してテロリストと騒ぎ立てるもの、もしくは逆に擁護する者…この手の作品で冤罪の悲惨さを描くのに必要なのは絶対的に周囲の一般的な目であるが、この作品は全体的にそこの部分が欠落しているのだ。物事の表と裏を容赦なく描いてきたイーストウッドにしては薄口な作品としか言いようがない。
そのせいでマスコミとFBIは騒いでいるけど、国民の反応は置いてけぼりという状況を作り出してしまっていることによって、どうしても内輪もめの様に感じてしまい、映画的盛り上がりに欠けてしまっている。
前半はスピーディな展開で飽きさせないが、後半は失速し話のテンポも落ち着いてしまっていて、何だか「前半で疲れたから、後半はゆっくりやりますよ」と言われている気がした。さすがに90歳超えのクリント・イーストウッドだから描き方のテンポのスピードもお爺さんなのだ。前作『運び屋』でもそれは感じないではいられなかったし、最近だとマーティン・スコセッシの『アイリッシュマン』なんかもそうだ。
そう思わせてしまっている原因として、キャラクター造形自体が弱いという点も挙げることができる。キャラクター造形が良ければキャラクターの魅力でテンポはカバーできるのだが、サム・ロックウェルの弁護士ワトソンは、世界一無謀と言っている割には、落ち着いていて、それほどクセモノ感はないし、一番謎なのがオリビア・ワイルドが演じている騒動の原因となる記事を書いた新聞記者のキャシー役だ。
キャシーというキャラクターは、とにかくネタをつかみたいという野心家で相手のことも考えずワトソンの車に忍び込むなど非常識で破天荒なキャラクターではあるが、実は物理的にリチャードは犯人ではないと知った後から超失速する。リチャードの母ボビの会見には涙を流し、これから自分の間違いを正すべく真のジャーナリスト精神に目覚めて大きな役割を果たすのかと思いきや…それ以上触れられない!なんだこのキャラクターは!!
しかし、リチャード・ジュエル役のポール・ウォルター・ハウザーのクセもの加減は見事。それだけは間違いなく、それでもっている作品だと言えるだろう。劇中で当時のインタビュー映像が使用されているのだが、これは差し替えでなく、本当に当時のリチャード・ジュエル本人のインタビュー映像なのだ。その後すぐにポールに切り替わるが違和感がない。彼だからこそ、この演出は成り立ったと言えるだろう。
『ブラック・クランズマン』ではKKKのメンバーを演じていたポールにワトソンが「KKKのメンバーと接触したことはあるか?」という質問するシーンがあるのは笑い所だ。
1996年の実話に基づく映画
1996年アトランタオリンピックの爆破事件を題材にした作品。
■良かった点
・実話に基づいていて、見応えがあった。色々と、時代を感じさせる。
・うまいこと、まとまっている映画だった点。
■残念だった点
・主人公の言動に少し苛つく点。
正義マン
明日は我が身
爆弾を見つけたことで英雄となったはずの警備員のリチャードジュエルだが、FBIやマスコミの報道により、真逆の犯人の濡れ衣を着させられてしまう実話を生きるレジェンドでMr.アメリカのクリント・イーストウッドがメガホンを撮る。
いやー!終始胸糞と苛立ちを隠せずにはいられなかった。特に正義を夢見心優しく、馬鹿にされても挫けず自分の信念を貫くために生きてきたリチャードジュエルとは裏腹に、裏工作やどんな手を使ってでもどうにかして犯人に仕立ててやろうとするFBIやネタの為なら、一般人のプライバシー等知ったことではないと言ったマスコミの態度にまーむかっ腹が立って仕方がなかった!
本当、このへんは普通の映画ならFBIやマスコミなんかを絶対悪としてはあまり描かないはずなのに、どストレートで描いてしまい、観てる観客側にその感情を上手いこと植え込むことを意識した脚本と魅せ方はもう流石、クリント・イーストウッド節炸裂と言ったところだ!
唯一の昔からの知り合いの弁護士のワトソン演じるサム・ロックウェルとの関係もよく、相変わらずのサム・ロックウェル口調からなる力強い演技も見もので良かった!
テーマも、今の時代にマッチしたSNSやネットメディアが日常生活で当たり前となった世界で、何処でも起こりうる炎上や普通の人から被害者になりうる現代社会への意味でも一石を投じる意味のある。明日は我が身かもしれない感じさせられる作品であった。
イーストウッドにハズレ無し
史実を扱うまでもない浅さに閉口
クリント・イーストウッド監督最新作
期待して観に行きました
御年90歳ながら時事問題をつぶさに捉え
作品を通じてメッセージを発信していく
バイタリティには頭が下がります
グラン・トリノは非常に感動しました
今作の感想としては
悪くは無かったですが…
史実ベースであったとしても
なんとも捻りなくアッサリな作りで
拍子抜けな印象でした
物語はリチャード・ジュエル視点から始まり
元執行官ながらぽっちゃり体型の見た目ややたら拘りの強い性格で変わり者扱いされ
警備員等の職を転々とする様子が表現されていました
そして五輪の警備員任務中にひょんな事からイベントの公園で見つけた
リュック爆弾もマニュアル通りの連絡と誘導で対応しますが突然爆発
しかし死傷者は最小限度に留まりリチャードは一躍英雄となります
その場に居合わせたその地域管轄のFBI捜査官のショウはメンツを潰され
ほとんど腹いせに第一発見者リチャードを犯人に仕立て上げようとします
イチャついてる女性記者にもリークしリチャードは一転容疑者です
…つまり映画観てる側はリチャードが犯人じゃない様をすでに
見ていますからどうやってデッチあげるのかという描写に当然注目がいきますが
そこが非常にアッサリというか稚拙でウソの要件でビデオや電話で
自白とおぼしき言質を取ろうとするサルでも判るデッチあげ
ぽっちゃり風貌からショウらがナメてかかった部分もあったのでしょうが
さすがにリチャードは知り合いの弁護士を呼びます
その弁護士ワトソンはリチャードの変わり者で誤解されやすいが
観察力に優れ悪気のない性格をよく知っているため面談によって
リチャードの無実を証明する決意を固めますが…
でもご存じの通りデッチ上げレベルの話なのでいらん事喋るな
くらいの事しか言えない
現場から犯行予告した公衆電話の場所まで時間内にたどり着けない
事を調べて犯人じゃないという確信を持つくらいです
それくらいしかない
つまり予告などで全国民が敵になったとか煽ってましたが
あまりに事件の概要がショボくしか見えてこずどうにも話が
盛り上がってこないのです
女性記者も最初はワトソンの抗議にFBIから聞いたと
イキのいい所を見せていましたが自分で調べてみろと言われ
同じように公衆電話までの時間を測ってアッサリ無実だと認めてしまいます
はぁ?なんだおまえと流石に思ってしまいました
さすがにキャラ自体の深みがなくなってしまってます
最後はリチャードがワトソンとFBIに乗り込み
まだデッチ上げを図るクズ捜査官どもの前で「証拠はあるのか」と
聞いたらFBIは何も言い返せず席を立っておしまい
…それだけ??
でもそれだけなんですよねやってないんだから
家から爆弾の材料も何も見つかるわけない
そういうのは客もうわかっているのでそりゃ拍子抜けします
メッセージ性は確かにあります
冤罪で押し込んでる間に真犯人が次の悪事を働いたら
冤罪を恐れて自分のように爆弾処理をしようとしない人が増えたら
クリント・イーストウッド監督が伝えたいのはそういうとこ
なんだろうとは思いました
熱を入れて見られないのは
日本ではちょうどアトランタ五輪のこの事件の前に
松本サリン事件という非常に類似した事件の記憶が
あるもの関わっているかもしれません
被害に巻き込まれた夫婦が悲劇の渦中から一転容疑者に
仕立て上げられ連日ワイドショーが騒ぎ立てました
あれ知ってると今作の描写は正直ヌルいです
マスコミは「事実の公表」はしたがりますが
「真実」に更々興味はありません
だから個々に情報の選別をきちんとしていかなければ
ならない事や正義や悪を追い求めるとすぐ騙される事も
頭に置いておかねばならない事が教訓になるなら
こんなデッチあげ冤罪事件にすぎなかったテーマの映画も
意味を持つと思います
そうしたメディアリンチや冤罪に焦点を当てるべく
シンプルに扱ったのかもしれませんけど
映画的にはちょっと女性記者の性格が変わりすぎてる感じも
しましたし演技指導が一辺倒だったんじゃないかなあと
思うところでしたがサム・ロックウェルやキャシー・ベイツ
主人公のポール・ウォルター・ハウザーの演技は上々でした
クリント・イーストウッド監督らしい静かな終わり方など
定番の仕上がりですのでお暇ならと思いました
初めてイーストウッドに響いたかも
クリント・イーストウッドの冷静な視点
911の同時多発テロで、その前のテロ事件は忘れられがちだが、アトランタで発生した96年7月の公園爆破事件の前、93年2月に世界貿易センタービルで爆破テロが発生した。
6人が亡くなり、1000人以上の負傷者が出た。
湾岸戦争後のイスラム過激派によるものだった。
その為、当時は、先進諸国はテロには無力だと言われることが多く、この公園爆破事件はFBIにとっては沽券にかかわる問題だったのだ。
そして、FBIにとって、迅速な事件解決が最大の命題になっていた。
真犯人を捕らえない限り、真の解決にはならないことを理解しながらも、犯人のでっち上げに動く司法当局。
司法当局とメディアの馴れ合い。
メディアの暴走。
結局、これらのテロでも米司法当局は多くを学ばず、複数の有力な情報を得ながらも、その分析、FBIとCIAの協業が機能しなかったことなども要因となり、911のテロを防ぐことは出来なかった。
だが、この映画では、こうした司法やメディアの問題に留まらず、クリント・イーストウッドは、アメリカにあって、典型的な善良と考えられている市民の気質や、陥りやすいトラップを、ある意味、冷静に示したかったのではないか。
頭でっかちで、他人の助言に耳を傾けず、独りよがりの行動や発言をしてしまう。
自分の成果を更に誇張しようとする。
リチャードは、後のインタビューで爆弾のリュックを見つけた時に、さも自分一人で見つけたように嘯いていたではないか。
都合の悪いことは、ごまかしながらしか話さない。
細かいところに気を取られ、フレームワークで思考できなくなったりする。
こんな状況になったら、皆んな同じかもしれない。
しかし、こういう時こそ、冷静な視点が必要なのだ。
現代のネット社会では、なんの権限も無いのに、司法とメディアを一緒にしたような行動を取る輩が数えられないほどいる。
自尊心は一丁前に高いくせに、自分の犯した事について罪悪感を感じることは少ない連中だ。
僕達は、普段から自らの行動を律すると同時に、事実を積み上げることで対抗するしかないのだ。
現代社会に対して警鐘を鳴らすような作品だと思った。
考えすぎだろうか?
じんわりあたたかいラスト
無実であるのに容疑者にされてしまうジュエル、どの様にそうなってしまったのかが ジュエルという人物の生活を描きながら ゆっくりと理解出来、わかりやすい。ブライアン弁護士がはじめ、傲慢な人物だと思ったのだが、すぐ違うという事がわかる。ジュエルが無罪を勝ち取る 重要な役所、ブライアン役のサム.ロックウィルも主役で良いのではと思ってしまうくらい 人間味溢れていて素晴らしい。スーツでビシッと決めているブライアン、ラフなブライアンと とても自然に演じていた。キャップを被っていたり ラスト近く ネクタイをしめてもらっているブライアンのなんとお茶目なこと! イーストウッド監督作品はしらじらしくなく、ほのぼのとあたたかく優しくて少しホロッとするラストが好き 監督の人柄なのでしょう。
秀逸で事実で、かつ、エンタメ性MAXで、『映画』でした。
いい映画でした。もう一回観たい。
主人公のリチャード・ジュエルはテレビのリモコン投げる時も携帯電話投げる時も、柔らかいソファの上に投げていた。優しい人だとわかったよ。
ワトソンと秘書のナディアもよかった。(観ながら)覚えておくよ、と思った。二人とも、いい役者さん。
ラスト近くのシーン。
お母さんの会見。
そして、FBIの尋問でのジュエルの主張はすごく説得力があった。
尋問が終わって部屋を出るときのワトソンの表情が素敵。『こいつは、本当に本物だ』って表情でした。
アトランタの新聞の女子記者や、その他のメディアやFBIの(リチャード・ジュエルが無罪と証明された後の)その後を観たかったけど、終わりは、しっとり。あれでよかった。
自分も、いたずらに振る舞わないようにしようと思った。
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