ソウルフル・ワールド : インタビュー
人生とは何か? 「ソウルフル・ワールド」ピート・ドクター監督が出した答えとは――
ディズニー&ピクサーの新作「ソウルフル・ワールド」が、Disney+で独占配信中だ。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け劇場公開はかなわなかったが、今作が伝えようとしているメッセージは、スクリーンの大小で変わってしまうような薄っぺらなものではなかった。
物語の主人公は、ジャズピアニストになる夢を追い続ける中年の音楽教師ジョー・ガードナー。ひょんなことから米ニューヨークでもっとも有名なジャズクラブで演奏するチャンスを手にし、浮かれ気分で街を歩いていたところ、誤ってマンホールに落下してしまう。
目を覚ますと、そこは生まれる前に「どんな自分になるか」を決める“魂(ソウル)の世界”だった。青い“ソウル”の姿になったジョーは、自分のやりたいこと=“人生のきらめき”が見つけられずと何百年もソウルの世界に留まっている22番(ソウルは番号で管理されている)と出会う。自分が元の世界に戻るためには、22番がきらめきを見つけるしかないことが判明し、ジョーは夢や情熱といった人生の素晴らしさをなんとか伝えようと奮闘するが……。
思いがけず自らの人生と向き合うことになったジョーは、「僕の人生はこんなものだったっけ……?」という虚無感に襲われながらも、自分が人生で大切にしたかったもの、見過ごしてきたものを目の当たりにすることになる。ピクサーの作品は老若男女問わず支持を集めるが、今作に限っては、人生に意味を持たせなければならないという漠然とした不安を抱えている大人の方が、グッとくるのではないか。人生そのものをまるごと肯定し、見終わったあと、これまでの人生で“後悔”と感じていたことが少し減ったような気持ちにさせてくれる優しさがあるのだ。
「そもそも今作が子ども向けの映画とは考えていません」と言い切るのは、今作の監督であり、ピクサー・アニメーション・スタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサーも務めるピート・ドクター。共同監督で脚本を手掛けたケンプ・パワーズ、プロデューサーのダナ・マーレイを交えて話を聞いた。(取材・文/編集部)
――大人になると、ジョーのようにふと「自分は何をやっているんだろう」と思う瞬間があります。そういう意味では、大人にグッとくる作品です。意識されたことはありますか?
ドクター監督 そうですよね、実はそこがこの映画の始まりなんです。私にとってその瞬間は、監督した「インサイド・ヘッド」が終わったときでした。「インサイド・ヘッド」は幸運にも世界に好意的に受け入れられて、いくつか賞もいただき、興行収入も好調でした。それなのに私は、「さて、これからどうしよう?」という感覚になったんです。「ただもっと映画を作るべきなのか? どうしたらいいだろう」と。人生とは何か、という問いが生まれました。そのときに残りの人生で何をするべきかを考えましたね。
高校で哲学の授業をたくさん受けていたので、本質主義、虚無主義、実存主義といった基本的な議論を改めて考える機会にもなりました。そういったものが、今作のキャラクターを通して、楽しい形で観客の皆さんに伝わると嬉しいです。
――その「インサイド・ヘッド」に、「今日も死ななかった。文句なしの大成功」というセリフがあります。劇中ではジョークのように使われていましたが、今作を見たあとだと「本当に人生ってそれで大成功だな」と深く感じました。
ドクター監督 ありがとうございます。私も同じように感じています。みんな、自分がダメージを受けないために、怖いことに首を突っ込まないようにすることがありますよね。身体面にはもちろんですが、感情面にもいえることです。拒絶されたと感じたり、自分は十分ではないと思ったりすることがあるかもしれません。今作で伝えようとしているメッセージのひとつは、「誰もが十分である」ということだと思っています。
人生とはその人のものであり、何も達成できていないとか、期待に応えられていないとか、そういう問題ではないのです。幼い頃の私は、なぜか「大人になったときに何かしらの形で成功しなければ、誰かに愛され、受け入れてもらう価値がない」と思っていました。22番というキャラクターは、そういった側面を探求したキャラクターなんです。
パワーズ 特にアメリカの文化では、成功しなければ価値がないというような思考が大きいのではないでしょうか。誰もが勝者か敗者かのどちらかであるという考え方です。ほとんどの人の人生が、勝者や敗者といった枠に完全に当てはまることはないのに。そういう思考体系は非常に有毒だと感じています。人生には確かにたくさんの勝ちと負けがありますが、人生でどれだけ成功を収められるかは、最終的にはジェットコースターのような乗り物をどう乗りこなすかにかかっているのです。
マーレイ 人生についての考えで、いまほど「その通りね」と思ったことはないですね(笑)。
――今作を通して、観客にどのようなメッセージを届けたいですか?
パワーズ 今作を見てくださるすべての方には、いま人生でどんな状況にあるかに関わらず、すべての人生に価値があり、生きるに値すると思っていただきたいです。そして、幸せになるためのカギはひとつではないと知ってほしい。何か偉大なことを成し遂げるヒーローの話がよくありますが、今作のヒーローである主人公(ジョー)が歩む旅路は、そういったタイプのものとはかなり違います。世界を変えるようなことを成し遂げていなくても、誰もがジョーというヒーローに共感できるのです。それがこの映画を特別なものにしていると思いますし、みなさんがこの映画から何かを得られることを願っています。
――今作の企画の成り立ちを教えてください。
ドクター監督 始まりは、「インサイド・ヘッド」を終えたことで生まれた、「これでいいのだろうか? もっと何かをすべきではないか?」という疑問です。
「インサイド・ヘッド」は、私に“人格”というものについて考えるきっかけを与えてくれました。いまでは大人になった私の子どもたちを見たときに、生まれた瞬間から、少しですがすでに人格が存在することに気が付きました。彼らには個性があったのです。「そんなことがあり得るのか?」と思いました。世の中にまったく出ていないのに、個性を持っているなんて。それで、「(生まれる前に)魂を鍛える場所があるはずだ」と思ったんです。そして(劇中に登場する)魂のアカデミー、ユースセミナー、グレートビフォアと呼ばれる場所を考えつきました。
人は目的を持って生まれてきたのか、もしくはそんなものはないのか。これは、1000年前から行われてきた古い哲学的な議論です。子ども向けの映画のテーマには向いていないと思うかもしれませんが、私たちはそもそも今作が子ども向けの映画とは考えていません。まずは私たちに響くものでないとダメなんです。4年半もの歳月をかけて映画を作るのは私たちですから、私たちが面白いと思える要素があった方がいいでしょう(笑)?
でも、子どもたちに見てもらうことも意識して、大人が考えさせられるような深いものから、子どもが笑えるような表面的なものまで、様々な層がある作品に仕上がるようにしましたね。
――ジョーのキャラクターには脚本を手掛けられたパワーズ共同監督の人生が反映されていると聞いています。具体的にどのような部分に反映されたのでしょうか?
パワーズ 私がピクサーに入社したとき、すでに今作の開発は数年前から進んでいる状態で、主人公のジョーが“誰か”ということは決まっていました。でも、“どんな人物か”は明確になっていませんでした。ジョーがニューヨーク出身の45歳の黒人男性という、偶然にも私自身にぴったり当てはまるキャラクターだったので、基本的なレベルで彼を理解していると感じました。ジョーについて書こうとしたときに、自分の経験を参考にしたのは理にかなっていたと思います。
私は、17年間ジャーナリストとしてのキャリアを築いてきました。なので、今作の観客の皆さんは、私がいろんな人に「諦めろ」と言われながら、10年以上にわたり夜な夜な、そして週末に情熱を持って取り組んできたことが、セカンドキャリアとなっている瞬間を目撃しているわけです。だからこそ、夢を追いかけるジョーの思いが痛いほどわかります。ジョーというキャラクターがどこから来たのか、純粋に理解できた気がしました。
――ジョーの置かれた状況で、1番共感したシーンはどこでしょうか?
パワーズ ジョーと母親が、母親のスーツ店でする会話のなかで、ジョーが自分の情熱となぜこの仕事(安定した音楽教師の職)を受けたくないのかを説明しているシーンです。私も実の母親とその会話をしました。親は若い世代には自分よりも上を目指して欲しいと思っているし、労働者階級から来た世代にとっては、芸術を追求することで安定が得られるとか、儲かると思うのは難しいことです。親は、子にとっての最善の選択をして欲しいと思っているし、安定していて安心できる環境を得てほしいと思っていますから。自分がいなくなっても、子どもが大丈夫だと確信したいのです。私の場合は、ありがたいことに母が味方になってくれました。母は、この(脚本家になりたいという)狂った夢をこじらせていた私が、どれだけうまくいくかを知っていたみたいです(笑)。いま母は幸せですよ。
――ドクター監督は人生を肯定する一貫したメッセージを発信されていますが、これはピクサー・スタジオの方向性なのでしょうか?
ドクター監督 作品の方向性は、監督によって本当に様々です。ピクサーで我々がやろうとしたのは、それぞれの映画製作者や映画製作チームが自分たちにとって重要なことを話すために、一定の裁量を持てるようにすることでした。若い新人の映画製作者がたくさん出てきていますが、彼らは私たちとはまったく違うことをやろうとしています。なので、ピクサーの映画が幅広い題材を扱い、様々なアプローチをすることを期待しています。いまのところ、これから出てくるものを見るのがとても楽しみです。お披露目するのが待ちきれません!
――現在、世界中が新型コロナウイルスのパンデミックに直面しています。今作も劇場での公開はされませんでした。アニメ映画製作には変化がありましたか?
ドクター監督 私は、観客のみなさんに大きなスクリーンで映画を見ていただくのが好きです。残念ながら最近はそういったことはできていませんが、また映画館で上映できる日が来ることを願っています。しかし、スクリーンのサイズに関わらず、すべてのピクサー映画の核心は、自分自身やその人生経験について語ることです。私たちにはまだまだ語りたい物語がありますし、そういった映画を作る楽しさは、それ自体が贈り物のようなものなのです。私は昔、「お金がもらえなくてもこの仕事をやるよ」と言っていましたが、どうやらその気持ちはいまでも変わっていないようです。