私のちいさなお葬式のレビュー・感想・評価
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主人公のささやかな決意と行動が、人生の真理を柔らかく伝えてくれる
人生の最後を意識することで、人の生き方は大きく変わるという。私は未だそういった境地に立てずにいるが、本作の主人公のささやかな決意と行動力は、その人生の真理を優しく、柔らかく伝えてくれているかのようだ。
医師から余命いくばくもないことを告げられた彼女にとって、ロスタイムがどれだけ残されているのか皆目わからない。だがその中で彼女はやれるだけのことをやろうと一つ一つ物事を処理していく。このあたりの几帳面さにはかつての教師歴とも関係しているのだろうか。今やすっかり中年になった教え子たちに「先生、先生」と慕われる主人公は、彼らや友人や隣人らを巻き込みながら、自らの手で準備を着々と進める。こうして過ぎ行く日々は、死へのカウントダウンではなく、むしろ生をぎゅっと凝縮させた時間と言えるし、冒頭から登場する「鯉」はまさに生の象徴として印象を刻む。深遠さを感じさせるこの映画の美しいラストが私はとても好きだ。
Спасибо, мам♥
日本人なら、10万円貰えて簡単に死ねるのにね。
残念でした。
しかし、オランダとかベルギーとか本当に尊厳死が合法の国があるけど、売春やマリファナも合法である。
ロシアもオランダ、ベルギーも西側諸国だが、日本人にとってはどちらが野蛮に見えるだろうか?
スターリン粛清時代を乗り越えて生きているロジアのヘビーブーマー世代。キューバ危機の時、13歳ゆえに相当な賢明で実存主義的なロシア正教徒。絶対に尊厳死は選ばん。
湖はサンクトペテルブルクのラトガ湖?ナチス・ドイツとフィンランドからソ連を守り飢餓にあったレニングラード市民の末裔。
恋のバカンスは宮川先生の歌ゆえ、ロシアにリメイクがある事は確認出来ない。従って、仕込みじゃないかなあ?
追記 訂正 ソ連で大ヒットしたみたい。失礼しました。
鯉のバカンス?
タイトルから、生前葬を企てる老婦人のブラック・コメディかと思ったら、小津映画のような人情ドラマでした。
主人公は田舎の小学校の元国語の教師、夫は先立ち、一人息子は都会で仕事に追われる日々、この辺の設定も小津映画っぽいですよね。心臓病を患い余命宣告された主人公が自ら葬式の支度にとりかかります・・。
本人が出した死亡診断書を受けるお役所なんて、可笑しいし、冷蔵庫に入れられた鯉が生き返ったり車の鍵を飲み込むなんて突飛な脚本、原題Karp otmorozhennyy(凍傷の鯉)なので鯉が息子を引き留める重要な役割は端から確信的だったのですね。釣り人に釣られ主人公に助けられ、また、息子に池に戻されますが、またしても釣り人の影、この鯉は神の使いだったのでしょうか・・。
そして何より驚いたのはエンドロールで流れる曲、なんとザ・ピーナツの「恋のバカンス」じゃありませんか、調べてみたら当時のゴステレラジオ(ソ連国営放送局)東京特派員のヴラジーミル・ツヴェートフ氏がこの曲をいたく気に入って本国へ持ち帰り、1965年にソ連でレコード化、大ヒットしたそうです。
終活コメディ? いや、余韻深き名作!
ロシアの田舎、その大きな自然と何もない素朴さが
死をごく自然なものに感じさせてくれる。
向かい合い、その中でせっせと身支度を整える主人公の健気で可愛らしさよ。
そんな具合に自分で自分の葬式の用意をするのだから
全編コメディーでしかない。
だがその分、際立つ侘しさが秀逸だった。
それでいて主人公に辛さを語らせない脚本も素晴らしい。
作品は「死」をテーマにしつつも、
すればするほど近隣、友人、息子と生活へフォーカスし、活気あふれる。
鯉の存在感も絶妙だ。
だからして実際に死が訪れた時、それら余韻はよぎり
悲しみと幸せ、後悔と満足を交錯させる。
この味わい深さ、ロシア映画も侮れない。
またロケーションも、衣装も、小物全てがとにかく
ノスタルジックで丁寧で可愛いのだ。
主人公の女優さんを見ていてあの役、もし市原悦子さんが生きておられたら、
日本版でぜひ演じてほしいと思った。
恋のバカンス
余命宣告を受けた元教師による荒唐無稽の終活大作戦!
五年も帰宅せず、帰ってきてもいつもトンボ返りの忙しい息子に頼ってられない!
教え子に頼んで死亡診断書、そして役所で埋葬許可書をゲットし、棺桶を買う。
葬式の会食用の食事の準備。
途中、隣人の友人達に勘付かれてしまうけれど、ね。
何たって全てがチャーミング♪
私もこんな終活がしたいな~
そして流れる曲に、「恋のバカンス」のロシア語バージョン。
ザ・ピーナッツの歌い方によく似てる。
原題「Karp otmorozhennyy」の意味は、「解凍される鯉」
何だかそのまんまなので、邦題の方が可愛くて好きだった。
素敵な終活ファンタジー。
【社会的にソコソコ成功しながらも、両親への義理を欠いている人に(含む自分)観て頂きたいハートフルヒューマンコメディ。今作は、両親の終活についてイロイロと考えさせられる、含蓄或る映画であると思います。】
■教師を引退し、慎ましい年金暮らしを送る多くの人に慕われる73歳のエレーナ。
ある日、彼女は病院で突然の余命宣告を受ける。
5年に1度しか顔を見せないひとり息子・オレクを心から愛しているエレーナは、都会で忙しく暮らす彼に迷惑をかけまいと、自身で秘密のお葬式計画を開始する。
◆感想<Caution! 内容に触れています。>
・皆に慕われるエレーナが余命宣告を受けた後に、都会でソコソコ成功している愛息子、オレクに迷惑を掛けまいと、生前なのに終活に奔走する姿が面白くも少し、切ない。
■今作では悪者は一切出ない。エレーナの病状を心配しつつ、都会での仕事に勤しむオレク。
更に、エレーナを慕う村の人々の姿。
・エレーナが自分で、死亡診断書を手にする過程や、棺桶を自ら選ぶシーンは可笑しいが少し沁みる。
ー エレーナが、仕事で忙しいひとり息子・オレクの事を考えてイロイロと終活に励む姿。・・-
<オレクもそんな母の姿を見て、”仕事よりもすべき大切な事”に気付いて行く姿。
今作は、イロイロと考えさせられる、素敵な映画であると思います。>
これもいわゆる終活か
ロシア映画って私の中ではレアですが。
これもある意味「終活もの」と言えるでしょう。
心臓病を指摘され、主人公である老婆がとった行動は。
「自分で自分の葬儀を段取りしよう」。
その気持ちはわかるけど、順番が逆を辿っていくのが結構笑え。
火葬は嫌だからと、亡き夫の墓の横に「自分用の墓穴」を掘ってもらい。
棺桶を買う→死体安置所→死亡診断書を今日付で書いてもらう。
クソ真面目なのが余計ツッコミ。
でもなぜ自分でするのか。
それは「離れて暮らす忙しい息子だと、できないだろうから」。
前半は近所に住む友人との話、後半は息子との話。
終盤ちょい前まで、笑うエピソードが多かったので。
「え、そこで終わる⁈」。
100分ほどであっという間の掘り出し物でした。
⭐️今日のマーカーワード⭐️
「お前は幸せかい?」。
息子に迷惑をかけたくない
寡婦の主人公は余命宣告を受け、都会で暮らす一人息子に迷惑をかけまい、と自分の葬式の準備を始める。
徹底しており、死体検案書まで作ってもらい、棺桶を購入する。
母と息子の関係がなんとも言えず、可笑しいやら悲しいやら、見入ってしまった。
息子の立場から見てみると
久しぶりに、暴力的な部分がないロシア映画を見ました。2回ばかりロシアを旅した経験があり、ロシアの田舎の日常生活がよく描かれています。日本と同様に、田舎は多くの老人と野心のない少人数の若者しかいません。この映画で出てくるようなアルコール中毒者はロシア中どこにでもいます。ロシアの平均寿命が低いのも大部分がウオッカのせいです。
ところで、この映画を息子の立場から見ると、別の物語になります。私も親の介護の経験があり、息子の行動が痛いほどわかります。
ロシアを旅した頃を思い出し、楽しく見させていただきました。
自立
自分が死んでからの色々な後始末をできる時点で、精神的な自立をした女性ですよね。なんかこういう高齢女性の自立の作品が最近多いなあ。万国共通のテーマなんでしょうね。フィルムの雰囲気がロシア映画よりもフィンランドっぽくて、可愛らしかったです。
人生の仕舞い方
余命幾ばくも無いことを知り
多忙な息子に迷惑はかけられないと
何から何までの終活を自分で済ませようと
奮闘するおばあちゃんのお話。
全ての準備が整っても
思うように亡くなることはできず
友達に殺人を依頼した夜の
おばちゃん2人の掛け合いは最高。
私もあそこまでの終活をしてみたいと
憧れる気持ちもあり、
自分の終活を思い描く機会をもらえる映画でした。
「解凍された鯉」という原題が意味するもの
死んでまで迷惑をかけたくないと自ら終活に勤しむ母親と、命あるまで有意義な生活を送ってほしいと願う子。
互いを思いやりすぎてボタンをかけ違えてしまう親子の確執からの調和がテーマだが、高齢化社会や老人介護事情への関心は、日本だけじゃなく海外も同様なのだということを実感。
原題の『Karp otmorozhennyy』とは、「解凍された鯉」の意味だが、この鯉は息子のメタファーでもある。
ロシアでは国民的ソングとして知られているという「恋のバカンス」(本作になぞらえるなら「鯉のバカンス」か)が、軽妙な曲調なのに哀愁を誘う。
ちょっと変わってるが愛すべき隣人たちも、イイ味出してる。
正直、観る前は期待値が低かったが、同年代の母親を持つ身として、観終わってから心にジワジワ来た。
ラストの解釈は観た人に委ねられるが、個人的には建設的に捉えたい。そう思わないと、あまりにも切なすぎる。
最後まで自分らしく!という気持ちはわかる
人生の最後まで自分の思った通りにやりたい、いや、最後だからこそ思い通りの葬式で逝きたいという気持ちは自然。なかなか出来ない現実があるからこそ、多くのひとが憧れる。樹木希林さんの晩年に憧れるように。
「終活」をデフォルメしただけの物語
主人公エレーナの行動は、日本では法律的にありえないこともあって、一見すると、遠い外国の作り話だ。
「火葬されないように見張って」というのも、他我の違いを感じた。
しかし、表面的なことに惑わされずに見れば、日本でもありふれた「終活」をやっているだけ。
エレーナの行動原理は「矜恃」であり、むしろ“核家族”化した現代社会においては、普通の態度だと思う。
そういう、本来なら映画になるはずがない話を映画にするために、エレーナや息子のオレクに、デフォルメされた行動をとらせて、無理矢理、悲しいストーリーをひねり出しているように見える。
だから予告編の印象よりは、シリアスで穏やかな話であったものの、感情移入ができない作品だった。
デフォルメするのではなく、リアルな社会問題として描いて欲しかった気がする。
なお、ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」の前半部の方が、明らかにロシア民謡をパクっており、ロシア側からすれば“逆輸入”と言った方が良いと思われる。
まさかの「恋のバカンス」♪
現代の問題、国の高齢化、過疎化、一極集中化などを明るく面白く表してますね〜
親友のリューダ(アリーサ・フレインドリフ)の演技がとても素晴らしい!!ぜひ観て欲しい!
まさかの「恋のバカンス(63年レコード大賞受賞曲)」が流れてきて、あっこの曲って海外の曲をザ・ピーナッツがカバーしてたんだ〜と思いウィキったら…
(Wikipediaより)
人気歌手ニーナ・パンテレーエワが1965年に「カニークルィ・リュブヴィー」("Каникулы любви")のタイトルで大ヒットさせた。
って!?
歴とした日本の歌謡曲でありました!!
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(Wikipediaより)
原曲
作詞:岩谷時子
作・編曲:宮川泰
演奏:松宮庄一郎とシックス・ジョーズ・ウイズ・ストリングス
出版者:渡辺音楽出版株式会社
発売レーベル:キングレコード
・エンディングまじでびっくらこいて、一瞬ポカンとなった ・声出して...
・エンディングまじでびっくらこいて、一瞬ポカンとなった
・声出して笑っちゃうシーンがいっぱい
・他人に迷惑をかけたくない気持ちはすごく理解できるけど、他人を信用できないようにも見えるのね
・会話が成立しないのはこのおばあちゃんだからなのか、それともロシア人みんながそうなのか気になる
・隣の孫との買い物シーンほっこりする
現在ロシアの不安と恐怖
ロシアのインテリおばあちゃんの終活物語である。ソ連からロシアに変わって、商売が自由になって儲ける人たちも出てきたが、社会保障はかなり後退したと聞く。ソ連時代はリタイアした年寄は年金だけでも悠々自適だったのが、ロシアになって生活がギリギリになってしまったらしい。ロシアになって生まれた格差は着実に大きくなっており、若者は不満を抱え、年寄は不安に苛まれる。そして社会の裏側では新興のマフィアが政権に貢いでいる。
本作品のおばあちゃんは年金で裕福に暮らしているように見えるが、ロシア映画だけに検閲を受けている可能性は捨てきれない。実際はもっとずっと貧しい筈だ。心臓の不調でいつ死んでもおかしくないと医者から宣告された設定だが、本当は生活苦で自殺したいのがおばあちゃんの本音かもしれない。本作品からは、描きたいことがあるのに描けないもどかしさのようなものを感じる。
ロシアの現状はさておき、死がテーマの筈の映画なのに、死に直面したり死を深く論じたりする場面は殆どなく、死は鯉に任せて、人間は専ら金の計算である。ロシア人は金の計算が殊の外好きなようで、ドストエフスキーの「白痴」にも将来の生活費を計算する場面が出てくる。
本作品のおばあちゃんは自分の葬式と後始末の費用を計算し、息子の世話にならなくて済むようにあちこち奔走する。その姿はどこか物悲しい。息子は息子で、人生の真実よりも金儲けが大事だという演説をする。かつての彼女は浮浪者になって道端で金の無心だ。
現在のロシア人が抱えている不安と恐怖が凝縮されたような作品で、生活の温かみを喪失してしまったような雰囲気が映画全体を包んでいる。冷戦構造の崩壊、ベルリンの壁の崩壊は歴史的には価値のある出来事であったが、ソ連を始めとする東側諸国の人々にとってはそれほどいい出来事ではなかったようだ。プーチンの牛耳る政治の末端には顫えながら死んでいく人がたくさんいるのだろう。
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