台湾、街かどの人形劇

劇場公開日

  • 予告編を見る
台湾、街かどの人形劇
台湾、街かどの人形劇
0%
38%
49%
13%
0%
採点

採点する

採点するにはログインが必要です。

新規会員登録

Check-inCheck-in機能とは?

Check-in機能を使うにはログインが必要です。

新規会員登録

0/120文字

(連携設定はこちら

解説

台湾の伝統芸能・布袋戲の人形師である人間国宝チェン・シーホァンを10年にわたって取材したドキュメンタリー。ホウ・シャオシェン監督作の常連俳優としても知られる布袋戲の大家リ・ティエンルーを父に持つチェン・シーホァン。13歳から布袋戲の人形師として芸を磨き続け、偉大な父の背中を追いかけてきたが、母の姓を継いだことで父との間に深い葛藤が生まれ、自身が80歳を超えた現在も、そのわだかまりが消えることはない。親子でありながら師弟でもあるが故の複雑な思いと、天命を知る者ゆえの闘いの記録を描き出す。監督は「あの時、この時」など数々のドキュメンタリーを手がけてきたヤン・リージョウ。

2018年製作/99分/台湾
原題:Father
配給:太秦

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

全てのスタッフ・キャストを見る

フォトギャラリー

  • 画像1
  • 画像2
  • 画像3
  • 画像4
  • 画像5
  • 画像6
  • 画像7
  • 画像8
  • 画像9
  • 画像10
  • 画像11
  • 画像12
  • 画像13
  • 画像14
  • 画像15
  • 画像16
  • 画像17

(C)Backstage Studio Co., Ltd.

映画レビュー

4.0老師。元帥。亀仙人。

2020年1月27日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

さてさて問題です。この映画に出て来ないのは誰?

って言うか、元帥、怖いです。地味に。小っちゃいアナベル、的な。魂、宿ってるから。元帥。絶対。冗談はさておき。

家督だか襲名だかは分らないけど、ずいぶんと面倒くさいシステムなんですね。いや、程度の差はあれども、類似した問題は世界中に溢れてる訳で。人を生き難くするシステムなんて、無くしてしまえば良いのに。なんて、マルクス・レーニン主義的な事も思ってしまうけど。屋号の継承に苦しめられた老師の秘技には、心奪われる。

かつて、布袋戯は生活の延長だった。今は芸術だの文化だのと持ち上げられるのは良いが、役所に認められなければ、存続すらままならない。

布袋戯のドキュメントは、その終焉の記録だと言う、一番弟子。生活の延長であれば、人の生活が変わって行けば、無くなってしまうのも定めだと言えなくも無い訳で。今、この時。儚くも消え行こうとする民間文化は、ただただ美しい。

誰にでも教える。熱意があれば、外国人でも、誰でも。

分化の伝承は、偉大な父である老師の、また自分の生きた証の布袋戯に賭けた、賭けるしか無かった命を繋ぐことに他ならず。

消え行く定めと知りながら、見過ごす事に慣れ過ぎた私達。私達が未来に遺せるものって、何なのだろうか。なんて考え出すと。繋ぐ事の意義を再考しなきゃ、って思いました。

良かった。とっても。

コメントする (コメント数 0 件)
共感した! (共感した人 1 件)
bloodtrail

3.0帯に短し、襷に長し

Imperatorさん
2019年12月3日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

露天において少人数の客の前で行う、ちょっと昔の芸能。
この映画のヒットで、本国では人気が復活したそうだが、こういう芸能がすたれていくのは時代の流れだろう。

終映後のトークによれば、見かけによらず、操作は難しいらしい。
常に立てた状態で、適宜、動きをストップさせながら、“人間”に見えるように動かす。“猿”のように揺らしてはならない。
人形を取り去って、“手の動き”を映すシーンがあるが、「なぜそれで、その人形の動きになるのか?」と思ったくらい“謎”である。

要するに、すたれさせるには惜しい、高度な芸能なのだ。
今では、“芸術”として再評価され、公的機関のイベントを中心に、外国にも行って公演している(陳錫煌ではないが、「いいだ人形劇フェスタ2018」にも来ているようだ)。

それにしても、事情が説明されないことが多くて困る映画だ。
最初の子であった主人公が、母の姓を嗣いだので、「父との葛藤」が生まれたとは何のことか?
一番弟子が後継者に指名されず、伝統を継ぐ意欲を失っているのはなぜか。
また、“反共抗露”の宣伝に利用されたとか・・・。
何だか、さっぱり分からないのだ。

映画のラストでは、じっくりと一つの演目を見せて、楽しませてくれる。
“台湾語”でないと“感じが出ない”そうだが、1980年代までは学校やメディアでの台湾語の使用は、禁止または制限されていたらしい。
よって、「今では台湾語を分かる人も減ったので」ということで、台詞のない聴覚障害者向けの演目である。

露天で演じるには高度だが、劇場でやるにはスケールが小さい(小さくて良く見えない)という印象だ。
「帯に短し、襷に長し」の、存在意義を主張しづらい「街かど」の芸能だった。

コメントする (コメント数 0 件)
共感した! (共感した人 0 件)
Imperator

3.5男は誰でも二度生まれる。一度目は母の子宮から。二度目は父から離れるとき。

栗太郎さん
2019年12月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

台湾の人形劇「布袋戯」の人間国宝、陳錫煌。彼を追いかけたドキュメンタリーである。
この老人に感じたのは、孤独であった。
偉大であった父とも、自分の息子とも会話はないという。なのに戯劇の神様とは会話を交わす。父に認められずに、今だその亡霊に悩まされているようで。息子にも気を許せず、肉親を愛する術を知らぬかのようで。そんな彼が自分の存在を確かめるには、布袋戯に打ち込むことしかないような。
布袋戯は、かつて台湾の街の角々で催されていた大衆芸能だった。それが今では、客足は他の娯楽にとってかわられた。今、布袋戯を支えている人たちは老人ばかりで外人までいる。次世代がしっかりと受け継がなければ、先が見えているのに。でもこうして世界中の、民衆の暮らしに寄り添った芸能は消えて行っている。
制作者は言う。結果的に我々が記録しているのは、布袋戯の終焉、それとそれにまつわる悲喜交々ね、と。陳氏はそれを痛感しているからこそ、惜しみなく記録に協力し、技を開示するのだろう。布袋戯を通して、我が生きた証をとどめようとして。

コメントする (コメント数 0 件)
共感した! (共感した人 1 件)
栗太郎
すべての映画レビューを見る(全3件)
関連DVD・ブルーレイ情報をもっと見る