ネタバレ! クリックして本文を読む
2019年3月公開で、だいぶ遅れて2020年に観たものが、自分の映画ドットコムのHomeで「トレンド」に上がってきてびっくり。なんで?
フォローしているレビュアーのどなたかが投稿したからか? ま、それはいいや。
そんなことをきっかけに、そう言えばかなり好きな作品だったのに当時は映画ドットコムにレビューを投稿するという習慣がなかったので、何の痕跡も残せていないことを思い出した。確かfacebookに投稿した覚えがあるが、ご存知の通りあのSNSのアーカイブ検索機能はshitなので容易に掘り出せない。
これも何かの啓示なので、振り返りつつ改めて書いてみたい。
---------------------------------------------
無料化していない配信で500円だかを払って視聴したのは、前年の夏にリピートで観た新海アニメ『天気の子』の主演VC、森七菜なる人物が実写映画に出ている、と気づいたからだ。
同アニメの宣伝も兼ねてAmemaTVやらYouTubeやらに登場していた小動物感が満載の不思議ちゃんとは知っていたが、へぇ、シリアスな実写映画にも出るんだ・・・ていどの認識だった。
他にも斉藤由貴、永瀬正敏、染谷将太、戸田恵梨香、窪塚洋介なんて芸達者の中で、どんな演技を見せるのか、というのも気になった。
ちなみに当方は強いて言えば熟女好みであって、森七菜のロリっぽさにはまったく惹かれず、斉藤由貴の妖艶さに惹かれるタイプである。あ、すいません、そんなこと、どうでもいいですね。
しかし映画が始まって30分もすれば、脚本のおもしろさと役者たちの上手さ、演出のバランスの良さに完全に引き込まれてしまい、そんな「好み」なんてどこかに吹っ飛んでしまった。
結局、二、三日おいてもう一度観ることになる。
私がこうして一度ならず最低二度は観たい、と思うのは、明らかに印象的なシーン、ここは絶対にもう一度観たい、と思うシーンがあるからである。
---------------------------------------------
2026年に振り返ってみて、近年の映画は洋の東西を問わず、もはや「家族」とは何か、が最も重要なテーマでありモチーフとなっているとつくづく思う。
是枝裕和がずっとさまざまに描いているけれども、何も彼に始まったことではない。
かつて、SFやサスペンスやホラーや青春モノではない「物語」の主軸は、身分の違いや旧い制度による悲恋や不条理、あるいは人種差別、民族差別の壁、そして戦争や犯行の罪と罰であった。
もちろんそれらは現在でも残る問題だが、近年ではかつてのような同時代性を真正面から据えた物語を紡ぐと言うより、別のバックストーリーを見せたり、何かに仮託したりする。
そこに家族が絡んでくる場合も当然あるけれど、そうでない場合もある。
その一方で、何の変哲もない、まったくドラマチックではない家族の遍歴を淡々と描いていく作品が非常に多くなっていると思う。
2025年に観たものだけでも『夏の砂の上』、『見晴らし世代』、『兄を持ち運べるサイズに』、『みんな、おしゃべり!』、『平場の月』なんてあたりがそうかもしれない。
それ以前なら、『湯を沸かすほど熱い愛』もそうだし『PERFECT DAYS』もそうだろう。
共通するのは、それぞれの控え目なナラティブで日常の多様性を積み重ねていきながら、「ありふれた人生だけれどやたら胸に迫る人生」という普遍性を投げ込んでくるところである。
このひょっとしたら日本全国、どこにでもありそうな家族関係のあれこれを淡々と描くというのは『東京物語』に源流があるのかもしれないが、私は映画学科の研究者ではないので、映画評論的に、あるいは物語論的にどうかは残念ながら不明である。
プロットや撮影の技術的なことも、あるいはかなり重要なのだろうが、素人としては楽しんで味わう側でしか受け止められない。
---------------------------------------------
だからこの『最初の晩餐』でもそうなのだけれど、まったくドラマチックではないが、家族にとっては大きな出来事である「新しいメンバーの合流と習慣や価値観の違いによる軋轢」、「じょじょに進む理解もしくは最後まで相容れないこと」、「重要なメンバーの死あるいは喪失と後に残る者たちの振る舞い」について、いかに丹念にリアルなエピソードを交えて描くか、そのリアルさを担保するだけの役者の演技と演出が存在するか、が作品の質を非常に左右する。
そして家族の時間の中心にはもれなく「食卓」、主に晩餐がある。
この作品では味噌汁の味噌の種類が火種になっても母・アキコが有無を言わさない折衷案を提示したし、通夜振る舞いでは亡父がかつて作ってくれたチーズ入り目玉焼きが登場した。
そして余命幾ばくもない父(演: 永瀬正敏)の病床を久しぶりに見舞った長男(演: 窪塚洋介)はすき焼きを振る舞う。
---------------------------------------------
私は必ずしも「家族」が絶対的な正義だとは思わないし、思考停止して美化する政治的保守派やそれと癒着してきた宗教勢力が唱える「日本の伝統的な家族」など幻想に過ぎないと思っているし、血縁の家族が修羅場だった人たちだってたくさん居るのを知っている。
しかし従来型のイメージだろうとそうでなかろうと、血の繋がりがあろうとなかろうと、法的にどうだろうと、人間は孤独には育たないし、関係性の中でしか学べない。
複数の互いに思いやれる「誰か」とともに、文字通り寝食をともにする時間がどうしても必要だ。
そこで万一反発し合ったとしても、互いの弱さをなじりあったとしても、最終的に決裂しない関係性がいわば「家族」の本質であり、人間という社会的動物の最低限の生存戦略なのだと思っている。
だから『兄を持ち運べるサイズに』の
「呪縛ではなく、支えとして」
という一言は、瞠目すべき慧眼であって、「家族とは何か?」を考え続けるうえで非常に大切なメッセージなのだと思う。
この『最初の晩餐』はそんな家族をとてもバランスよく描ききっている傑作だと思う。