「80年代後期の青褪めた英国の曇天から降り注ぐブルースの歌声が導くささやかな成功が眩しい青春譚」カセットテープ・ダイアリーズ よねさんの映画レビュー(感想・評価)
80年代後期の青褪めた英国の曇天から降り注ぐブルースの歌声が導くささやかな成功が眩しい青春譚
舞台は1987年、英国の片田舎ルートン。パキスタン移民の高校生ジャヴェッドは昔親友のマットに日記帳をもらったことから毎日日記をつけるのが日課となり、それが長じて厳格なムスリムである父に対する不満や日々苛まれている民族差別に対する怒りをノートに綴っていた。そんな折学校で知り合ったムスリムの友人ループスに貸してもらったブルース・スプリングスティーンのカセットテープを聴いたジャヴェッドは雷に打たれたかのような衝撃を受ける。自分の価値観を根底からひっくり返す啓示を読み取ったジャヴェッドは今までの消極的な態度を改めると次々と人生の扉が開いていく。
1987年は自分自身も閉鎖的な郷里で悶々とした浪人生活を送りながらこことは違うどこかへ飛び出したいという思いに駆られていた時期。デイパックに何本ものカセットテープを詰め込み、ベルトにぶら提げたウォークマンから流れるロック越しに世界を眺めていた自分が抱えていた焦燥がまざまざと蘇り、ジャヴェッドの置かれた境遇に胸が震えるほど共感しました。とはいえ当時の英国を覆う鬱屈した空気は移民排斥の風潮を内包し、国民戦線の台頭を許してしまった世界はより過酷。絶望的な世界で俯きながら暮らしている何者でもない市井の人々の心情を掬い上げたボスの歌声が曇天の空から時折覗く青空のように降り注ぐ。そこに浮かび上がるのはささやかな成功だが、その成功により様々な断絶が氷解していく様に涙が止めどなく溢れました。そかしそれは全然綺麗事ではなく、ジャヴェッドの同級生達が随所で吐き捨てているように当時ブルースはもっと上の世代が聴く時代遅れのものだと聴きもしないで決めつけていた不寛容極まりない自分に対する叱責の念が半分。要は自分はむしろジャヴェッドに唾していた側の人間だったことはこれからも後悔し続けることでしょう。
実際に1987年にビデオカメラを持ち込んで撮影したかのようなうっすら青みがかかったザラついた映像とペットショップボーイズ、レベル42他のキラキラした80’s後期のブリティッシュポップスが当時の空気感が忠実に再現されているのは圧巻。それゆえにそんな世界に相容れないようなブルースの野太い歌声が遠く響き、様々なイデオロギーを許容することの大切さがくっきり描写されていて、それはエンドクレジットの最後の最後まで響いていますので、客電が点くまで席を立ってはいけない作品です。
個人的にはカッティング・クルーの『愛に抱かれた夜』が使われているのにグッときました。確かに80‘s後期の芯を食った選曲だと思います。あと劇中ずっとジャヴェッドの親友マットをどっかで観たことある顔だなと気になっていましたが、『1917 命をかけた伝令』のブレイク上等兵でした。