「中島みゆきへのオマージュ作品」糸 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
中島みゆきへのオマージュ作品
この映画を観るには相当の覚悟を持って臨まなければなりません。
中島みゆき作詞作曲の「糸」からインスパイアされたという曰く通り、実は全編が中島みゆきへのオマージュで紡ぎ上げられた作品です。
平成元年に産まれた男と女が13年後に出会い、そして別れ、互いに交わることのない二人がその7年後の偶然による一瞬の交差の後に、更に各々の人生の苦楽を経て、恰も運命の長い長い糸が手繰り寄せられ編み合わされたかのように、平成最後の瞬間に再び出会う、本作はその道程を描いています。
一種の大河小説ラブストーリーといえますが、二人の男女の生涯を辿るという構成と各シークェンスの時間繰りには端から無理があり、多くの織り込まれたエピソードは全てアウトライトに構成され、殆ど連関性がないために掘り下げも甘く、而も小刻みにカットを割り長回しもなく次々と展開するので観客はあまり感情移入する間を持てず、各々の印象が淡々と希薄なままに、映画は食傷気味で2時間過ぎていき、漸くラスト10分を迎えます。
これだけだと如何にもホンの出来が悪いように思え、実際に観賞後の講評も総じて良くありません。
然し本作の本質は、全く別の処にあると思います。
130分の上映時間の120分は、延々と続くイントロであり、最後の10分のみが本作のエッセンスです。
ではこの冗長なイントロのドラマの意味は何か。これこそ、ほぼ半世紀に亘り聴衆を魅了してきた偉大なる歌姫・中島みゆきへの壮大で崇高な讃歌です。
イントロに鏤められたドラマの其々の背景に、「わかれうた」が、「化粧」が、「空と海のあいだ」が、「悪女」が、「地上の星」が、「永遠の嘘をついてくれ」が、「孤独の肖像」が、鮮やかに画面から透けて泛んできます。
そして作品全体を貫くのは「時代」であり「世情」であり、タイトルにある「糸」、作中に挿入される「ファイト!」、更にやはり「二隻の舟」が脳裡に奏でられ響いてきます。
長々と繰り広げられた序章の後のラスト10分間。異常に緊張が高められ、焦燥感が募った頂点で、一旦落胆と失望に晒された後での見事なターンオーバーは、観客に与える快感と満足感は最高潮に達してエンディングを迎えます。
メロドラマの常道とはいえ、中島みゆきのジリジリとしたモヤモヤした世界から一気に解放されただけに、そこに降りてきた幸福感は、間違いなくレバレッジされて極大化していました。
中島みゆきといえば、半世紀を経ても全く色褪せない名曲「時代」は、初めて耳にした時の感動と共につい口誦してしまいますが、今ならどうしてもサントリーBOSSのCM「宇宙人ジョーンズ」シリーズが想起されます。
その中のジョーンズが呟く台詞を最後に捧げます。
「この惑星の年末には、中島みゆきがグッとくる!!!!!」