ザ・レセプショニストのレビュー・感想・評価
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仕事とは徒刑である、という西欧流の価値観なのでしょうか。仕事に喜びを見いだすことは罪なのでしょうか。
イギリス・ロンドンに留学した台湾人の女の子が、卒業後、現地での就職に失敗して、お金に困り、売春宿の受付係として働き始めたという、いわばスケッチです。
マイナーな映画祭であれば、いかにも大賞を取りそうな鬱屈したテーマで、実際に第一回熱海国際映画祭っていう聞いたことがない映画祭で大賞を取ったらしいですけど、ひたすら画面が暗く、話も暗く、なにひとつ面白さがないお話でした。
登場する買春客は、揃いも揃って超変態の白人ばかり。
もしや監督は「関係者にインタビューをした」だけで、実際の現場を取材することもなく、空想話を組み立てて撮ってしまったのではないでしょうか。
そんなにこの仕事のネガな面だけにスポットライトを当てて、どうするのって感じ。
あと、タイトルの「接線員」という原・中国語の題名のほうが、レセプショニストなんてこじゃれたタイトルよりも印象に残るし、良かったとも思いました。
日本語でも「一線を越える仕事」というのがあり、この主人公はまさにその「一線」を越えてはいなくても、一線に接し、密着しているわけですので。
身の丈に合ってない上昇志向の成れの果て
あそこまでしてイギリスで頑張る意味がわからない。そもそもあのイギリス人の彼氏、志は高そうだが現実をみてなさげ。家賃も彼女に出してもらってる癖に・・他人様に意見できるようなご身分なのだろうか?
そんな甲斐性なしのために頑張るのもどうかしてる。主人公はさっさと台湾に帰ってやり直した方が建設的だと思ったけど。
ハイカロリー ハイヘビー
“重い”という英単語を全て煮染めたような大変重厚な内容である。それはヘビーであり、シリアスであり、シビアである。移民の問題、格差社会、性差別、搾取、略奪、タコ部屋、底辺、およそ、この地球のありとあらゆる苦しみ苦みを抽出したような、この世に神も仏もない、でもあるとすればそれは生まれ育った母国、土地なのかもしれないという結びに落とすテーマであろうか。残念ながら未読だが、劇中に提示される重要なプロップであるミラン・クンデラ著『存在の耐えられない軽さ』がこの作品のキモなのであろう。粗筋等を調べると、やはり『母国を捨てる』ことでの様々な心の有り様を表現しているようで、かなりの難書らしいが、今作を紐解く上で大変大事なのだと感じる。
映像自体は昔の邦画のようなザラついた印象を持った。イギリスなのだが、画面全体が灰色がかった色彩設計を覚える。勿論、ロンドンは曇りが多いというのは周知だが、それにしても屋内の映像までグレーの印象を抱くのは、今作品を表わしている特徴かと思う。冒頭から主人公が水辺の草原で、背丈以上の草をかき分けながら何かを探すシーンからスタートする。これは後ろの方で判明するのだが夢の中、つまり今の現状の抽象表現ということである。若者の就職難が壊滅的状況に陥ってる状況で、ましてや他国、それもアジア人である台湾出身の主人公が職などありつける筈もなく、その人種差別がベースでの、一軒家の売春宿を紹介され受付兼小間使いの仕事を始める。今まで表の世界しか観ていなかった主人公が、ここで始めてイギリスの裏の顔を体験することになる。宿主である業突くババァ、ベテラン姉さん、若いノー天気な娘という、或る意味粒立ったキャラクターに加え、ババァのツバメや、裏の世界の顔役等々がそれぞれ個性の濃さを発揮しながら物語をブン回す。思い出すのが日本のドラマ『北の国から』。あの世界観が妙に懐かしく、そして痛い程心のキツいところを刺してくる感覚に陥るのは共通なのだ。そういえばお金を盗むのも同じような展開があったような。夢破れて異国で命が尽きる人もいる、そして運良く母国に帰れる人もいる。そんな人々の苦み走った運命を重厚に見せてくれる今作品は、今の世界の脆弱さ、そして力強さの両方を表現されいた良作である。「ミミズは長いこと外にいると死んじゃう」。なんて悲しい台詞なのだろう…。
左招きは人招き
カードは止められ仕事も見つからずという状況の台湾人女性が、口利きされた場所へ行ってみると買春宿で仕事を断るも、同棲中の彼氏も失職したことから嫌悪感を抱きつつも彼氏には内緒で裏方仕事に就くストーリー。
家族の為、生活の為、金の為に働く娼婦達と接し、その世界をみることで、自身は体を売らないまでも慣れて良くも悪くも変わっていく主人公が、生々しく感じ自分に素直に見える。
彼女のその生活の終焉は、最悪な結末や先行きのことや故郷のこと等、偶々様々な出来事が重なったそのタイミングだけが切っ掛けにも感じるけれど、間違いなく一皮剥けていて希望を感じた。
良くも悪くもリアル
かの地の「アジア系の女性たちのリアルな現実を描いた」という映画紹介に、嘘はないはず。
しかし、逆に言えば、“よくこれで映画になったなあ”というのが、率直な印象。それほど普通のストーリーなのだ。
風俗店の新入りの女の子の話は、本作唯一の劇的要素だが、彼女は主人公ではない。
逆に、登場人物の中で、最も平凡なキャラクターのティナが主人公という話の作り方は、不思議な気さえする。
おそらくその理由は、本作の女性監督に一番近い存在がティナだからで、もっとはっきり言えば、ティナの目を通してしかストーリーを語れないためだと思われる。
良くも悪くも誇張のない、“平凡な悲劇”を描いた作品だった。
”Earthworms can't leave the ground for too long or they die.” テーマ的言葉?
IN MEMORY OF ANNA
亡き友人のオマージュとして、レクイエムとして、存在する映画。
オープニング・クレジットが終わるや否や映画の冒頭、自分の身の丈より高い
"silver grass" をかき分けてどこに行こうとするのか? 女性がふと振り返ると映画の主人公ティナの姿が.....。その後、観覧車のビッグ・アイ、ウエストミンスター寺院、ビッグ・ベンをいつも普段見ている時計台の文字盤が見える方向からではなくて、逆である後ろの反対方向から撮影された空からの映像が流れる。.....その意味することは.....?
雇ったらこっちの勝ち。手厚い言葉がティナに投げかけられる。共通語はマンダリンなのに......?
People in Taiwan eat this?
Tasteless!
Sasa, teach Tina how to cock tomorrow.
She can't cook.
-My boyfriend says I'm a good cook.
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Tina, I know you're scared to taste sperm!
That's why you don't want to eat the same food as us.
-No. This sandwich was on sale.
We're like a family now....You don't need to worry so much.
今回の映画の脚本家の1人でもあるジェニー・ルー監督。映画について、インタビューに答えている。「5人の個性あふれる、意志の強い彼女たちがロンドンという街を故郷と思いたい気持ちと、それに反すかのように、生活をしていく上での金銭的な苦しさや異国民に対する偏見など現実に直面する彼女たちなりの何とかして生き抜く姿を見ていただきたい。」
リリー。一軒家を借りてマッサージパーラーの事実上、オーナーのリリー。違法な営業をしていることで、マッサージ・パーラー独特の匂いが漏れないか、雑用係のティナに窓に目張りをするよう指示し、近所の視線を気にするあまり、日中でもカーテンをちゃんと占めているか口うるさく言っている。それに加え、金には厳しく、ティナには日払いといっておきながら、月末ね?なんて案外お金まわりが悪いと思っているとツバメにはティナの前でもジャレまくるし、お小遣いもあげている。そんな彼女.....
If I die from working for money that would be the best way.
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-Why do you want so much money?
I've had enough of living in poverty.
メイ。マレーシアから来たコスプレ系担当でいつでもキャピキャピな最年少?しかし、痛みに弱く強い薬も使うメイ。客からの肉体的仕打ちを受ける矢面に立っているが、皆が集まっての最後の晩餐?のようなごちそうの時....皆を励ますように
Come on!Let's toast. Here's to making loads of money.
ササ。見るからに化粧が濃く、年齢にふさわしくない派手な身なりで、普段は、ランジェリー姿でうろつき、肌の手入れには、余念がなく、リリーを除けば1番年上のササ。演じているのが、台北国立芸術大学助教授、チェン・シャンチー。この映画のシナリオでは、出会ったときは、ティナには冷たく接していたが、後に彼女と共通する点が多くみられるようになる。ただし、新人のアナには敵意を感じるほどの厳しい立場にいる。
Sasa came to England for her boyfriend, she was pregnant.
But he dumped her.
She came to me after giving birth, begging me to let her work.
I felt pity for her so I took her on.
そしてアナ。人には常に優しく接し、困っているティナにはすぐ隣に肩を寄せ、ティナが流す涙もふき取ってあげたりも自然にしている。身震いをしてしまいそうな仕事でも国でお金に困っている親族に少しでも早く送金してあげたいと思っている彼女......。彼女が登場した瞬間に何も起こっているわけではないのに、涙腺が解放状態となる。なぜなら、今後の展開の先読みが.....。ラスト、みんなが住む家から何処へ行くともなく出て行くアナ。後ろ姿だけを追っていく描写。そしてヒースロー空港ロビー。リリーからうっとうしいからやめろと言われていた、いつもの髪をいじる癖。天井を見つめているのか?発着を照らす電光掲示板を見ているのか? 裸足で立ちつくしている。
I'm going home tomorrow.
I'm going home tomorrow.
Sorry I don't have anything valuable to give you.
A gift from me.
Take it.
Please! いつまでもティナの手を離さないアナ...........悲しすぎる。💧
ティナ。大学を卒業して、インターンとして働くことで、イギリスの公共職業安定機関ジョブセンター・プラスにインターン時の給料未払いや就職斡旋すら外国人には、冷たくあしらっているのを目の当たりするティナ。しかし、その彼女が卑劣とも呼べる行為そのものが許せない! それでもメイがティナがイギリス人のボーイフレンドがいることが羨ましく、色々と聞こうとする場面は、定番の話と理解できる方なら自ずとわかるものとなっている。
視聴制限PG12となっているので映画には、目を覆いたくなるような暴力シーンや精神的に侵されたたような性的シーンも登場する。このサイト、映画.comで示されているような”暴力に支配された偽りの空間” というようなエンターティメント的なふり方をするような映画の内容ではなくて、彼女らのひたむきに生き抜く力を見るほうが得策といえる。
There are lots of dead earthworms in the garden.
Did you spray pesticide or something?
"Earthworms can't leave the ground for too long or they die."
アナの死の本当のきっかけは.......?
I should have gone easier on her.
ササは、冒頭でティナが見る夢と同じ夢を見るという........。
Don't you think that our dreams get smaller as we get older?
レビューが存在する。
Another Gaze
サイトの趣旨として、”2016年1月に設立されたフェミニスト映画情報誌で、映画業界のジェンダーの不平等に対して声を上げ、しばしば見過ごされがちな、女性としか見なされない映画監督の声を世間に届かせるために設立されました。私たちの目的は、主流のウェブサイトが”woke・ウォーク” をアピールしている時間だけではなく、女性の映画が公共の思わくの中で長く生き続けることです。”
woke:社会的不公正や人種差別に対して敏感であること、またその意識。スラング
「 特にティナとササの友情は、映画の最も強力な部分の1つで、2人の女性は互いをとげとげしく思う発端を理解していることが分かっている。」
Sunday Times (UK)
サンデー・タイムズ は、英国の英語の保守系高級紙タイムズの日曜版。1822年創刊。
「残念なことに、映画の筋のターニングポイントの多くは、メロドラマを恥ずべきと思うような強引なシナリオで組み立てられている。」
あまり思い出したくもない事が、これもよく似てる、あれもあったと、実際に近いものが思い出される。過去のいい思い出と振り返ろうと努めてみるが.........すぐに思い出される。
大家の甥が毎週家賃を回収に来る。部屋の中を覗き込むように......。
自動車がなければ暮らせない世界で、自動車免許の取得。筆記試験 OK 実技 OK いくら待っても免許取得を知らせる通知が来ない。しかし、日本の免許があれば 即OKの1文が....
知り合いが、交通違反を取り締まる警官から、車から降りるように言われ、警告なしに後ろ手に手錠をかけられる羽目に。ローズティーを飲む弁護士からのアドバイス、「罰金を払いたくないなら、この国から出なさい。」ッて? 後ろ手に手錠という人権は....。何もなかったように、その後、季刊誌を見せられ、セイトウ・ユキを知っているか?と尋ねられる。彼女、日本では、ビールをおいしそうに飲むCMに登場され、しかも戒律では禁忌とされることもされている方です。
主テーマかのように売春というものが、この映画では避けられないが、イギリスといえば、コモンウエルス通称:英連邦王国(Commonwealth realm)。現国家元首・君主であるエリザベスⅡ世が8か国から50か国に増やしたとされるコモンウエルス加盟国。イギリス移民が大部分を占めるオーストラリア・ニュージーランドといった国は売春に関しては、似通った法律が存在していると思うとそうでもない。特にオーストラリアはアメリカのような各州で独立した法律があり、異なる内容のものが存在する。そのキャンベラの女性市長のよく知られている言葉、「モラルを押し付けておきながら、福祉を充実させずに貧しい生活を甘受せよというのは、金持ちの身勝手である」このことから1部の州では売春が合法化されている。隣の国ニュージーランドでは、売春は公共機関からの許可制となっていて、避妊具も提供されていると聞く。そんな中、イギリスでは個人で行う売春については、合法という見方ができるが、この映画の悲劇の舞台となるマッサージ・パーラーなどの組織売春は、違法となる。よく言われるイギリス人の2枚舌とも取りうる内容とされる。そして、書くのを諦めさせるような近所のイギリス女性の言葉が、終わり近くになると彼女たちに投げつける。
いつまでも変わらないのは、貧しいものは、いつまでも貧しく、またロンドンのような大都市に、小さな希望を抱いてやってくるアナのような純粋で優しい心根を自然に持っている人が、来ないことを願う。
ただ、救いだったのが、ジェニー・ルー監督の隣で、目を輝かせながらインタビューに答えているこの映画のプロデュサーでもあるシュアン・テンさんがいた............
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