劇場公開日 2019年9月27日

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「勇敢な者たちと悲惨な者たち」ホテル・ムンバイ kazzさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0勇敢な者たちと悲惨な者たち

2019年11月4日
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鑑賞方法:映画館

ムンバイはインドでは首都圏デリーに次ぐ大都市で、商業、金融の中心地だ。
それなのに、地元警察ではテロに対応できないという。映画の序盤で「警官たちは怯えている」といったニュースコメントも流れる。
テロ対策部隊はあるようだが、事件発生早々に隊長が銃撃戦で射殺されたため機能していない様だ。恐らくその程度の小規模な部隊だということなのだろう。
状況は、デリーからの制圧部隊到着を待つのみとなっている。

高級ホテルでお客を助けるために逃げなかった従業員たちの美談が報道された、実際の事件。
だがこの映画は、ホテル従業員だけにスポットを当てているのではなく、VIPを含む宿泊客たちが助け合う姿や決死の行動、軽装備で敵に立ち向かう地元警官の強い使命感も描き、さらに宗教の強制力を借りてテロリストに洗脳された若者の悲惨さも映し出している。

主人公のホテルマン・アルジュン(デブ・パテル)が出勤する様子を見せるイントロ部で、靴を落としてしまったことにアルジュンは気づかない。
これが物語に大きく作用するわけではないが、上司である料理長(アヌパム・カー)の従業員への厳しさと愛情深さの両方を見せるエピソードに繋がる。
また、高級ホテルの従業員たちは、現地の貧しい労働者階級だということを示してもいる。
そして、この料理長が過酷な状況でリーダーシップを発揮するのだが、そこでアルジュンを強く信頼していることが分かる。

若者たちが小さなボートで乗り付けた海岸から上陸して、タクシーに分乗する場面が坦々と映された後、ターミナル駅のトイレで彼らが武器を準備し始めると緊迫感が高まり、一気にスピード感を上げて大量虐殺へと進展していく。
Tシャツのようなラフな格好にマシンガンを携えたテロリストたちは、銃撃の訓練を受けていて容赦ない殺戮を実行していく。
彼らの行動原理は、神の教えを騙った首謀者によるマインドコントロールと、貧しい家族に支払われると約束された報酬にある。
その報酬が本当に支払われるのかと疑いが脳裏を過った時、生きて帰れないことを自覚している彼らの心の動揺は想像すらできない。

最も極限状態にあるのは、人質となった外国人宿泊客たちであり、頭に銃を突きつけられて客に電話しろと脅される女性従業員たちだ。目の前で同僚が頭を撃ち抜かれるのを見せられた恐怖を思うと胸が詰まる。

ホテル従業員は全員がホテルに残ったわけではない。家族のために逃げるという者に対して料理長は「謝るな」と言う。
残る決断をした従業員たちも、無防備だ。包丁や肉叩きを手にして身構えるコックたちの姿に勇気と同居する恐怖心が浮かぶ。
細かい描写が、活きている。

テロリストの根底に信仰心があるため、この映画には信仰についての見解を示すようなエピソードも挿入されている。
信仰自体は尊いもので、原理主義と言われる「狂信」が対立と憎しみを生むのだろう。そして、信仰心を利用した狂信者による洗脳こそが元凶なのだ。
この実行犯たちのような悲劇の若者を産み出さないために必要なのは、教育なのだろうと思う。

次々と展開していく地獄絵図はリアルで、恐ろしい。
一方で、VIP客(アーミー・ハマー)が赤ん坊救出に向かう場面や、ベビーシッター(ティルダ・コブハム・ハーヴェイ)が赤ん坊を抱いてクローゼットに隠れる場面などは、スリルあるエンターテイメントになっている。

監督のアンソニー・マラスはこれが長編デビュー作だという。
「ボーダー・ライン」のスタッフが集結したとの触れ込みだが、共同脚本も務めていて見事な作劇だ。
印象に残った映像やエピソードがいくつもあった。

しかし…、大勢の人が死ぬ映画だ。
クライマックスで、逃げ惑う人たちと追いかけるテロリストたちの中に突入した制圧部隊は、犯人と被害者を見分けられたのだろうかと心配になったりもした。

インドでも「お客様は神様です」と言うのだなぁ、と妙に感心も。

画的には、赤ん坊の母親を演じたナザニン・ボニアディがなんとも美しい。
テレビドラマ「HOMELAND」でCIAの女性工作員を演じていた女優さん。

だが、全編で最も讃えるべきは、赤ん坊を守り抜いたベビーシッターじゃないか!

kazz
アンディぴっとさんのコメント
2020年10月1日

kazzさん、シーズン4で検索しちゃいました。思い出しました。スッキリしたっ😅
ありがとうございました🙇‍♀️
綺麗な女優さんですよね🥰

アンディぴっと
アンディぴっとさんのコメント
2020年9月29日

kazzさん、はじめまして!
HOMELAND好きで観てますが、ナザニン・ボニアディ、何処で出てたんだろう?全く気が付きませんでした😅

アンディぴっと
kazzさんのコメント
2019年11月14日

yanekoさん、コメントありがとうございます。
yanekoさんのレビューにこの映画が見つけられなかったので、ここでコメントお返しします。

靴の考察、共感します。

この映画は群像劇になっているので、他の登場人物にも細かい演出がされていましたね。
観た人がそれぞれの個性で誰かに感情移入できるように仕掛けられていたと思います。

kazz
yanekoさんのコメント
2019年11月12日

靴。
アルジュン、義妹がいつも通りに来て、慌てることなく靴も落とさず出勤していたら、ロシア人の美女パーティの給仕をやっていたことでしょう。自分の代わりに行った同僚がその部屋の前で殺害されているのを監視カメラで知ることになるわけですが。
小さい靴で傷ついた足のシーンのあと、でもその靴の偶然から今自分はまだ生きていると知り、皆の運・命が紙一重の状況にあることや、そんな中でも自分の使命を全うしたいという思いを、アルジュンはあそこでさらにより強く感じたのでは。なんて私は思いました。

yaneko
Bacchusさんのコメント
2019年11月4日

すいません途中で送信してしまいました。

テロ事件については既知で、ホテルマンにスポットを当てた作品とは知らずに鑑賞しましたが序盤から明らかにホテルマンを讃えるべく描かれているのがみえみえで白々しく感じてしまいました。

Bacchus
Bacchusさんのコメント
2019年11月4日

コメントありがとうございます。
テロ事件については既知で、どこまでが実話かわかりませんが、序盤から明らかにホテルマンを讃えるべく

Bacchus