劇場公開日 2019年10月4日

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ヒキタさん! ご懐妊ですよ : インタビュー

2019年10月4日更新

ヒキタさん! ご懐妊ですよ」で年の差夫婦を演じた松重豊北川景子 不妊治療を通して育んだ“夫婦愛”

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作家・ヒキタクニオ氏が自らの体験をもとに、男性不妊と妊活を描いたエッセイを映画化した「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」が、10月4日から公開となる。映画初主演を果たした松重豊、そして松重と年の差夫婦を演じた北川景子に、役どころへの思いや、不妊治療という本作のユニークなテーマについて、話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)

49歳の作家・ヒキタクニオ(松重)は、年の離れた妻・サチ(北川)と仲良くふたりで暮らしている。ある日、サチの「ヒキタさんの子どもに会いたい」という言葉を機に妊活に励むがなかなか結果は出ず、クリニックでの検査の結果、不妊の原因はヒキタにあることが判明。「やれることは全部やる!」と意気込んだヒキタとサチの、試行錯誤の日々が始まる。

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――実際に24歳の年齢差がある松重さんと北川さん。夫婦役に向かわれる時の心境や、演じた感想を教えてください。

北川「(松重さんと夫婦を演じることは)全然、難しくなかったです。松重さんという方は分け隔てなくスタッフの方にもキャストにも平等で、常にニュートラルに現場にいらっしゃる方。『松重さんとだったら絶対大丈夫だし、夫婦になれるな』と思って、何の心配もなく(現場に)入りました。夫婦役に関しては“ノンストレス、ノン悩み”で、普通にできました(笑)」

松重&北川:爆笑

松重「相手役が北川さんと聞いて、まず耳を疑いました。年齢的なもの、ビジュアル的なバランスがとれるのかなって、不安でした」

北川「(バランス)とれてますよ!」

松重「お客さんから『これ夫婦に見えないよ、ダメだよ』と言われたらどうしようって思いました。クランクインして(年齢差を)1番不安に思っていたけど、北川さんは堂々としていて。『大丈夫かな』って聞いたら、『そんなに(年齢差)ありましたっけ?』って、ものすごいあったかい一言をもらって、勇気づけられました。その後、(北川さんの)ご両親の年齢を聞いて、『聞かなきゃよかった』と思ったんだけど(笑)。役者の『えいや』という気持ちで、何とか乗り越えられた作品になったと思います。ふふふ(笑)」

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――松重さんとしては、北川さんの言葉や姿勢に救われた部分もあったのでしょうか。

松重「本当に北川さんは、年齢差で動揺していた僕に、『何を心配してるんですか』と言ってくれるくらい、懐が深いんですよ。いろんな作品でいろんな役を演じられていますが、(役を)冷静に分析した上で、『とにかく、私がやるわ』と引き受けていらっしゃる潔さがあります。また、『良い映画にしたい』という目標に向かう同志の関係になれる、本当に心強い頼れる人だなと思いました。僕は“北川丸”という大船に乗って、居心地の良い3週間を過ごさせてもらいました」

――不妊治療は夫婦間のナイーブな問題ということで、まだまだオープンに語られることが少ないトピックだと思います。最初にこの題材を聞かれた時の思いを聞かせてください。

松重「映画のジャンルで不妊治療というと、あまり触れられてこなかった題材なので、『面白いな』と思いました。でも、どういう作風になるのか着地点が見えなかったですね。コメディなのか、リアルなドキュメンタリータッチのものになるのか。細川徹監督なので、ある程度コメディ要素は残しつつ、映画としては面白く見られるようになるのかな、とは思いました」

北川「原作を読んだ時に、不妊治療について私が知らなさ過ぎたと分かりました。私も結婚して30歳を過ぎているので、サチさんと同世代。『自分がこの役をやることで、多くの人に不妊治療を知って頂けるきっかけになるのではないか』と、最初に思いましたね。やっぱり役者の仕事は、作品を通じて世の中に何かを投げかけられることが醍醐味なので、今この役が自分に来たことの意味をしっかり考えて、向き合いたいなと思いました」

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――不妊治療について、演じてみて新たに発見したことや、驚いたことはありましたか。

松重「(発見したことは)とにかく男性不妊は情報が少なすぎることと、産婦人科に1人で行かなきゃいけないハードルの高さ、居心地の悪さがあることですね。病院の指示でしか(不妊治療にまつわる様々なことを)判断できないやるせなさや、誰にも相談できない辛さを抱えているのと同時に、看護師さんの言葉1つ1つに『デリカシーがないんじゃないか』と思ってしまう。この役を演じてみて、周囲で『実は僕も(不妊治療を)やってたんですよ』という人が多かった。そういうことなら、この映画をきっかけにして、男性不妊に対する社会の理解を高めて、取り組む人を勇気づけられたらいいなと思いました」

北川「演じてみて1番驚いたのは、費用のこと。もっと子どもを増やさないと、日本がどんどん高齢化すると言われていますが……。自然に子どもができない人はお金がかかってしまう上に、女性は全身麻酔で治療をして、強いホルモンを打つので副作用も辛い。そういう費用と体の負担にびっくりしました。予算の問題で(治療を)やめる人が多い現実は、ちょっとショッキングでしたね。予算で『命をつくる、つくらない』ということを決めなければいけない現実の厳しさを感じました」

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――劇中では、夫婦の運命を動かすような出来事は、いつも桜の木の下で起こります。一般的に40週間と言われる妊娠期間を経て誕生する子どもと、厳しい冬を乗り越え1年かけて花を咲かせる桜を重ねているように感じたのですが、夫婦にとって、あの桜はどんな存在だったと思いますか。

松重「治療結果はどうあれ、夫婦の中に芽生えた感情という、墓場まで持っていける1つのものが生まれたと思います。治療を乗り越えたことは、夫婦にとって新しい命が生まれたことと同じくらい、すごく大きな宝物を共有した感覚があると思うんです。僕は桜を、結果じゃなくて過程を祝福しているというイメージで見ていました」

北川「桜に始まり桜に終わる作品で、ポスターにも桜が使われています。サチさんにとっては、泣くのも笑うのも桜の下だったんですね。桜はさっと散ってしまう切なさもありますが、パッと満開になると幸せな気持ちになるし、1本の木が皆の心を掴みますよね。今回(桜と)共演している感覚があって。(劇中では描かれないけれど)サチさんは何かあったら桜を眺めて勇気をもらったり、考えを整理したり、時々1人で泣きに行っていたのかもしれないし、拠り所のような場所だったのかな。自分にとっての安心できる場所、自分になれる場所だったのかなと思います」

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――最後に「子どもが欲しい」と思っている夫婦に、メッセージをお願いします。

松重「子どもは『欲しい』と思っても、簡単に授かるものじゃないということが現実問題としてあると思うんですが、今の世の中にはいろんな形でサポートする方法があります。少なからずお金や労力が発生するし、あるいは体が傷付いてしまうこともあるかもしれない。でも挑戦することが、おふたりにとってものすごく財産になることは間違いないと、僕は思うんですよ。結果はどうあれ、ふたりが思いをぶつけ合った時間は絶対に財産になるので。『おふたりのためにチャレンジしてみてはどうですか?』と伝えたいですね」

北川「不妊治療でも普通の方法でも、『欲しい』と思わなければ始まらないことなので、その気持ちが立派だし、すごい。欲しい、生もう、育てようという覚悟を既に持っていることが素晴らしいと思います。その思いがふたりの始まりで、道のりがどういうものでゴールがどこにあっても、ふたりの糧になるということを、演じてみて本当に感じました。『ふたりのスタートですね。どんなことがあっても頑張ってください』と思います」

劇中では夫婦として、そして作品と向き合う同志として共演した松重&北川。「子どもが欲しい」という純粋な願いを叶える不妊治療は、まだまだ十分な理解が得られていない側面もある。しかし、そんな現実を軽やかに乗り越えるように、ふたりは成功や失敗を繰り返しながらともに成長し、心を通わせていく夫婦の日常をユーモラスに、あたたかく演じた。本作は不妊治療に「夫婦のきずなが深まる時間」という新たな側面を見出し、世の中の治療に取り組む夫婦に力強いエールを送っている。

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