「時代背景が重要な映画」ワイルドライフ りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
時代背景が重要な映画
個性派俳優ポール・ダノの初監督作品。原作は、ピュリッツァー賞作家リチャード・フォードの同名小説。ダノとともに共同脚本を務めたゾーイ・カザンは彼のパートナーで、『エデンの東』などの名匠エリア・カザンを祖父に持つという。
1960年代はじめ、14歳のジョー(エド・オクセンボールド)はカナダに近い米国中北部モンタナ州の小さな町に両親とともに越してきた。
父親ジェリー(ジェイク・ギレンホール)は近所のゴルフ場でコーチをし、母親ジャネット(キャリー・マリガン)は専業主婦。
ジョーの成績は優秀であるが、まだクラスに溶け込めず、ひとりでいることも多い。
そんなある日、ジェリーがレッスン相手たちと賭けゴルフをしていたことがバレて、コーチの職を馘になってしまう・・・
というところから始まる映画で、家庭の崩壊劇を少年ジョーの視点から飾ることなく描いていく。
この手の映画は、近頃では珍しい部類にはいるのではなかろうか。
ジェリーはプライドが邪魔して、なかなか定職に就くことができず、代わってジャネットがYMCAでのスイミングスクールのコーチの職に就き、家計を支えるようになる。
なにかしらのもどかしい気持ちを抱えたジョーは、夏になると頻発する山火事の消火隊員に志願して家を出てしまう。
残されたジャネットは、心と肉体の隙間を埋めるかのように、スイミングスクールの生徒で、町で大きな自動車販売店を営む年かさのウォーレン・ミラー(ビル・キャンプ)と不倫関係になってしまう・・・
ま、よくある話といえば、よくある話なのだけれど、60年代はじめという時代設定がかなり重要な位置を占めている。
劇中でジャネットの口から語られるように、ジャネットは現在34歳。
ジェリーとはワシントン州の大学で知り合ったというから、ジェリーも同じような年齢。
ジャネットは20歳でジョーを産んだ計算になるが、そのころがどうだったかと逆算すると、第二次世界大戦・太平洋戦争の終結直後。
そして、ジェリーは先の戦争に参加していないことになる。
この設定が重要で、男らしさ=ファイター(闘う男)という価値観のなか、ジェリーには戦争に参加することができなかったという負い目がある。
このことが、山林火災の消火隊員への志願に繋がっている。
そして、ジャネットがウォーレンに惹かれる理由もわかってくる。
父親ほど年の離れたウォーレンは、先の二度の戦争(つまり第一次大戦も)に参加し、脚を負傷している。
その上、彼の息子は第二次世界大戦で戦死している(彼の家を訪れた際に、息子の軍服姿の写真が飾られていることからわかる)。
ジャネットは、ウォーレンのなかに、戦前の男らしさ(=ファイター)をみている。
ただし、それは幻かもしれないのだが。
と、こんなことを映画は、過多な説明をすることもなく描いていく。
この演出は、凡庸ではできない。
ポール・ダノが優れた監督であることを示している。
さて、少年ジョーは、父親から期待されていたフットボールもやめて、家計を助けるために、アルバイトを行うようになる。
バイト先は、町の写真館。
当時貴重だった写真を撮るのは幸せなとき。
その幸せな思いを忘れないように、と願って写真を撮るのだ、と館主がジョーに告げる。
だから、常に、笑っているように、とも。
なかなか、いい台詞。
ジョーは撮る側(まだ撮影することは許されていないが)にいる。
このポジションも、父や母をみる側、というのに通じている。
さらにまた、演じるエド・オクセンボールドが実にいい。
困惑した表情をしながらも、決して間違った方向にはいかないぞという強い信念。
ポール・ダノ本人のようだ。
また、ジャネットを演じるキャリー・マリガンが素晴らしい。
『わたしを離さないで』の少女が、10年もしないうちに、人生に疲れた中年入口の女性になってしまった。
はじめスクリーンに登場した際には、誰だかわからなかったほど。
少し前だったらミシェル・ウィリアムズあたりがキャスティングされていたような役どころだけれど、より若いのに、より疲れた感じがとてもよく出ていました。
最後になるが、なんやかんやあったのち、少年ジョーが写真館で両親とともに写真を撮るラストも心に沁みました。
ジョーが心のなかで言っている・・・
僕は二人から、人生のすべてを学んだ(謳い文句)。
ま、なんやかんやあって、不良になる暇なんてなかったけどね。