「かつて穏やかだった川に舟を出して、我々は何処へ向かうのか」ある船頭の話 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
かつて穏やかだった川に舟を出して、我々は何処へ向かうのか
オダギリジョーが脚本も兼ね、長編映画初監督。
撮影監督にクリストファー・ドイル、衣装デザインにワダエミ、音楽にアルメニア人の世界的ジャズ・ピアニスト。
国際色豊かな面々で描くは、古き良き日本。
時代はいつなのだろう。昭和初期どころではない。大正…いや、明治。明確ではないが、日本が近代化になる前。
山の中の、村と町の間に流れる大きな川。
その川で、渡し舟の船頭をしている老人、トイチ。
これは、彼の話…。
川の辺りの小屋で一人で暮らし、客が来ない時は魚を釣り、木彫りをし、客が来たら舟を出す。
客は様々。馴染み客や風変わりな医者、上品な老婦人や芸の若い女たち。時には、口の悪い偉そうな客も。
そんな全ての客に対し、トイチは川の流れのよう。
一人で船頭をする老人と言うと、無口で頑固で無骨なイメージだが、無口ではあるが低姿勢で穏やか。
トイチの人となりに魅了される。
きっと、彼に会い、彼の舟に乗りたいから、やって来る村人も居るだろう。
変わらぬ毎日。
そんなゆったりとした時は、少しずつ終わろうとしている…。
この大きな川に橋の建設が進められている。完成までもうすぐ。
完成したら便利になる。行き来が忙しくなり、村にとっても町にとっても、仕事や生活が豊かになる。
その一方…
渡し舟の仕事は無くなる。
建設関係者から、散々嫌味や悪口を言われる。役立たず、時間の無駄、時代遅れ、無用の存在…。
それに対してもトイチは、穏やか。そうなったら、そうなるまで。…一見は。
実際は心中、穏やかではない。複雑な心境。
皆の生活が豊かになるのはいいが、自分自身は…。今更他の仕事は出来ないし、他に居場所なんてない。
時折、川の先を見つめるトイチの佇まいがそれを表している。
そんなある日…
その日も舟を漕いでいたら、流れて来た何かにぶつかった。
すくい上げたら、思わず驚く。
怪我した少女。
小屋で手当てをする。
暫くして気が付いた少女。
が、何も話さない。怪我の後遺症で話せなくなったのか、元々話せないのか…?
トイチもそこまで詮索はせず、小屋に置いてやる事にする。
ずっと川を眺め続ける毎日の少女。
ある日の事、トイチは舟の客から物騒な話を聞く。
川上の村で、酷い殺しがあったという。
唯一生き残ったのは、少年もしくは少女。
この少女も川上から流れてきた。
ひょっとして、殺しと何か関係あるのでは…?
てっきり少女が殺しの被害者もしくは加害者で、関わったせいで、トイチにもあらぬ疑いが…という、集落あるあると思っていたら、少女と殺しに関係ナシ。
何も話さないでいた少女だが、次第に口を開く。
トイチと少女、孤独…いや、“狐独”な者同士の交流。
トイチを慕う若い村人の源三や馴染みの村人の交流。
それらを、静かに、淡々と。
本当に、静かな静かなヒューマン・ドラマ。
時々、意表を付く演出も。
物騒な殺しの噂話や、本当は穏やかではいられない発狂したトイチの心境イメージはサスペンスフル。
度々トイチの前に現れる謎の少年は、急にホラータッチ。
川の中に飛び込み、優雅に泳ぐ少女は、幻想的。
オダギリジョーの演出は正攻法でありながら、大胆でもある。
まるで俳優の監督デビューとは思えない、格調高く、名匠が撮ったかのよう。
何と言っても特筆すべきは、クリストファー・ドイルによる映像美。
これは本当に一見の価値あり!
川のせせらぎ、穏やかさ。
山々の緑。
青い空、白い雲。
ワンカット、ワンカットが画になる。
季節は夏。夕刻、この自然の中のひぐらしの鳴き声さえも“画”になる。
終盤、雪に包まれた白銀の画は、水彩画のよう。
外国人から見た日本とは、こんなにも美しいのか!
ドイルの監督作で主演を務めたオダギリ。
「ジョーが監督したら、必ず俺がカメラマンをやる!」
この美しい日本は、2人の美しい友情の賜物。
静かな作品なので、人それぞれ好き嫌いは分かれそう。
自分的には、この作品が、この古き日本の姿が、染み入った。
見ていたら、キム・キドク監督の『春夏秋冬そして春』を彷彿した。
大自然の中で孤立した人の営み、人の運命、人の業…。
最近は専ら助演が多く、何と本作が11年ぶりの主演作となる柄本明が、円熟の名演を披露。
オーディションで選ばれた若手女優の川島鈴遥も、難しい役所のヒロインを熱演。
劇中ではトイチの人となりだが、豪華なキャストはオダギリの人望か。
ワンシーンだけの出演者もおり、誰が出ているかは見て貰うとして、印象に残るは、村上虹郎、永瀬正敏、橋爪功。村上演じる源三の終盤での変わりようは、これが人なのだと思わずにいられなくなる。
冬。橋は完成し、皆がここを行き来する。トイチも医者へ行く時、橋を渡る皮肉。
終盤、思わぬ展開。源三が少女にある秘密を話す。少女はやはり、あの殺しと…。
トイチが帰ってきたら…。
あの舟場に取り残され、近代化していく日本の中に入れないトイチと少女。
自分たちの存在はもう、役になど立たないのか…?
自分たちには、居場所など無いのか…?
もう二度と、あのゆったりとした穏やかな川の流れはやって来ないのだろうか…?
近代化し、発展していき、何もかも便利になり、豊かになっていった日本。
その傍ら、蛍や2人のように、消え忘れ去られた存在も…。
今一度、この日本に問う。
我々は、かつては穏やかだった川に舟を出して、何処へ向かうのか。
今晩は。
”我々は、かつては穏やかだった川に舟を出して、何処へ向かうのか。”
流石のレヴューですね。
鑑賞当時のあの美しき映像が目に再び浮かびました。
有難うございます。
では、又。